第82話「美味そうじゃなくて美味いのです」
プールをやった感じがしない。
今年はほんの数回しか入っておらずなんとも残念である。
夏休みに突入してすぐ美野里さんからメッセが来てスーパーにたまに顔見せてと催促された。
まぁ、否定的な答えは出さないでおいた。
どうせ何回か行くことになるだろうし。
さて、外は暑いし、ゲームでも進めますかね。
「私もやる」
「うわっ」
まるで気配を感じなかった。
ゲームを起動すべくコントローラのホームボタンを押してまもなくの声に思わずコントローラを落としそうになる。
せめて物音をたててくれ。
ニコニコな美沙に少しマジなトーンで注意した。
だが、効き目があまりない。隣に座り、俺が持っていたコントローラをひったくってきた。
「なんでわざわざ俺が持ってるコントローラパクるんだよ」
「凪のものは私のもの」
「うわ〜……」
出たよ。始まったよ。なにその理論。
美沙の口から聞きたくなかった。
俺の冷たい視線が耐えられないのか訂正してきたがあれは冗談ではない。
「今日は、凪のお母さん達夜中くらいまで帰ってこないって」
「あ〜……。美沙がきたから余計な気を回したんだろう」
「気なんて遣わなくていいのに」
どこか考え方のニュアンスが違うのか?
美沙は少し寂しそうな顔をしている。
さすがみんなでなにかをしたい派だ。
「それでねゲームが一段落したら買い出し行こう? 冷蔵庫の中ほとんどないんだって」
「……分かった」
「じゃあ、ささっと協力しよ」
主導権はない。自分の家なのに仕切られる。
幸先の悪い夏休みだ。
――ホントにささっと協力ゲーをしてジリジリと夏の太陽に肌を焦がされながら美野里さんがバイトしているスーパーへひとっ走り。
「ひゃー。涼しい」
「生き返るな」
「んで、どうしようか?」
「逆になにが食べたい?」
こういうときアンサーは出さない。
だってこの場合却下もしくはなんだかんだ理由をつけて断ってくるのが目に見えている。
俺が生きてきた中では1〇〇%そうだった。
「冷凍食品以外だったらなんでも」
「そういえば美沙添加物苦手なんだっけ」
「というか、お腹下っちゃう」
「美味いのあるんだけどな」
「ごめんね」
「よし、焼きそばにするか」
「え、あ、ホントだ。安い」
無理なものを強要するのは良くないからな。
ルート的に焼きそばゾーンを通ることを見越した判断である。
これなら美沙が納得してくれる。
「具材はどうする?」
「ピーマンとニンジン。あと肉入れればいいんじゃね?」
「じゃあ、取ってくる」
「俺肉選んでるよ」
「オッケー」
小間切れの方が良いだろうか。
バラ肉も美味しいんだよね。ヤバい、迷う。
「すみません。取りたいんですけど」
「あ、ごめんなさい」
優柔不断が出てしまった。
気づかぬうちに後ろにいたらしい主婦に注意されるという。
この人が気配消すのが上手いのか?
横に移動して主婦を見ていたら腰を突かれた。
「凪は年上が好みなの?」
「いや、違うよ」
(……見つめてたけど?)
にわかには信じがたかったか近距離まで近づいて耳元でささやく美沙。
生温かくてくすぐったいっ。
「あ〜、どれ選ぶかなと思って。その人の取った方の肉にしようと思って見てたんだよ」
背中を見せる主婦を目で追いながら弁明する。
ウソではない。
「ふ〜ん。で、なんだったの?」
「小間切れ」
「二人分ある?」
「ん〜……。あった」
「え、多くない?」
「意外と食えるって。屋台の焼きそばもこのくらい入ってるじゃん」
「あれは雰囲気。また違うよ。食べるけど」
「食べるのかよ」
和気あいあいと肉を選んで帰宅。
アイスを買っておいた。
……が、半分溶けてるのは夏は致し方あるまい。
それを食べながら買ってきたものを冷蔵庫に収納していたらスマホが震えた。
恐らく美野里さんだと思うけど。
悟られることはなかったけど、いつ見よう。
「今日は私が作る」
「いや、そうもいかんだろ」
「いやいや、ダメ。リビングでくつろいでて」
今しかないな。大人しく従っておこう。
リビングのソファに座り、スマホを見る。
[美野里:早速来てくれたんだね]
はしゃぐスタンプとセットだった。
まさに美野里さんを想起させる。
[花咲:都合でな]
[美野里:ありがとっ。あと女の子誰?]
[花咲:幼なじみだよ]
[美野里:仲良いんだね]
[花咲:わりと仲良いと思う]
[美野里:そうなんだ。もしかして今一緒なの?]
[花咲:親の都合で一緒に飯を食うことになった]
[美野里:じゃあ、そろそろメッセやめるね]
[花咲:気遣いありがとう]
美野里さんとのやり取りが終わったくらいで美沙がリビングにやってくる足音。
焼きそばの臭いも一緒についてきた。
「出来たよ」
「美味そぉ!」
「いやいや、なにをおっしゃいますか。美味そうじゃなくて美味いのです」
「いただきます」
腰に手を当てて胸を張る女子は放っておいて早速食べよう。
まぁ、作ってくれたから食べるというのが最大のお返しになるわけ。
やっぱり美味いわ。
「美味い」
「ソース入れるタイミングと隠し味が決めて」
「なるほど」
深堀するとめんどくさそうなので相づちだけで留めておいた。
――完食してしばらく自室にて美沙とゲームをしている。
「あ、そうだ」
「どうした?」
ゲーム進行度合いが一段落して美沙がなにかを思い出したらしく声を上げた。
なにか忘れていたのかね?
「髪がさっきから邪魔だから結わえて?」
「……お、俺が?」
「嫌?」
甘えた声を出してきたっ。
彼氏持ちの髪触るとか大丈夫かな……。
「拒否権はないはずだよ。私知ってるんだから。高林さんの髪結わえたの」
「……」
おいおい、まさか高林さんか。
どうして話しちゃうのっ?
俺が返答にちゅうちょしていると、ヘアゴムを差し出された。
「優しく触るんだね」
「雑には扱えない」
「鳥肌立つ」
「我慢してくれ」
うなじが見えてきた。
彼氏はこれから見られるのだから今日くらい許してください。
「おし、できた」
「ありがと」
「おさげにしてみました」
「え、似合う?」
「うん、可愛い」
「……そう」
しまった。思わず本音が。
後ろ姿だからあれだけど、顔赤くなったかもしれない。
自分も多分赤いから見えなくてよかった。
だが、そろそろ腹が限界。
「そゆわけで座るぞ」
「いや、ダメとは言ってない」
「……確かに」
「膝痛かった?」
「それもそうだけど、腹が苦しくて」
「あ、食べすぎちゃったの?」
「あぁ、美味くてな」
彼氏はプクプクになってしまうなこりゃ。
結構スラッとしてたけど、時間の問題かも分からん。
「そういえば彼氏と一緒にいなくていいのか?」
「うん、大丈夫」
随分淡白な答え方だった。
言うなれば少し拒否を交えてる感じ。
表情はいつも通りだが。
「そうか」
「夏休みにいっぱいデートするから平気」
「あー、はいはい」
どうやら俺の気のせいだったらしい。
少し複雑な気分が余韻として残ってしまった。
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