第81話「結局吟味してしまった!」

「凪なんて嫌い! もう話しかけないでっ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。突然来てそれはあんまりだってー!」


 ……。あ、あれ? 目の前にいたはずの美沙の姿がない。


 というか、上半身を起こした体勢。

 良かったー、夢だ。


 変な汗が背中を伝っている。

 ベットから降り、身支度を済ませて一階リビング。

 扉を開けると、俺のことを嫌いと言ってのけた(夢で)美沙の姿があった。


「あ、おはよう。凪」

「おはよう」


「ん? なにかあった?」

「いや、なにも」


 あった。ありましたよ。

 でも、本人に言ったら笑われそうだから言わないことにした。


 絶対バカにされるもん。


「もう少しで夏休みだね」

「だな」


「春から夏って早いわよね」

「あ、分かります」


「分かってくれる人がいるっていいわ〜」


 今日も平和であることはなによりだ。


 ――放課後。授業中気づいたのだが、夢って誰かに言わないと正夢になるんだよね。

 というわけで、打ち明けるべく適切な人物と考えたら高林さんしかいなかった。

 他のやつらは悪意なくバカにしてくると思う。


「あ、高林さん。ちょっと聞いて」

「……? ……コク……」


「今日夢で美沙とケンカしたんだよ」

「……そう……」ブブっ。


 相づちが短くてさすが高林さんと感心していると、スマホが震えた。

 話聞いてって言ったくせにスマホ見るとか失礼なのを承知で画面を見る。

 紗衣ちゃんからだった。俺の様子の変化を心配してくれたらしい。


「……花咲君は……小堀さんと……どうなりたいの? ……」

「……」


 どうなりたい……。

 正直今の幼なじみという関係をずっと続けていきたいって最近思うのが強くなった。


 よくアニメとか主人公で言っているそれである。


「……付き合いたい? ……」

「いや、今の関係が好き。崩したくない」

「……そう……」


 ん〜、なんで夢の話から俺が美沙とどうなりたいかの話になったのだろう。

 表情が変わらないので考えが読めない。


 ――夢に出てきて、高林さんの質問も相まって美沙を目で追ってしまう。


 こういうときってよく見えるんだよね。

 中学のときも一度周りからちやほやされたとき意識してしまうことがあった。

 新たな発見的な。でも、一時的なもので時間が経つとそれも薄れていく。


「今日ずいぶん見てくるね」

「気のせいじゃないか」

「そうかな。私の自意識過剰?」

「あぁ」


 まさかこんな意識してしまうとは思わなかった。

 俺のウソに「え〜」と首を傾げながらも美沙は自転車にまたがる。


 スベスベな足が伸びた。

 うわ、これを他の男子が……。嫌だな。


「……凪。エロい目してるよ」


「あ、ごめん」

「まぁ、凪も男の子だししょうがないか」


「もう見ないから」

「ちょっとだけならいいんじゃない」


「いやいや」

「まぁまぁ、幼なじみ特権というわけで」


 節度を守っていこうと思う。

 写メったら怒られるだろうか。

 変態チックなことを巡らせていたら正門をくぐっていた。


 ――昼食。早々と絶好の足を拝める時間がやってきた。

 ホントなら触れたいところだけど、そこは抑えることにして弁当箱のフタを開ける。


 やった。しょうが焼きだ。


「なんか良い具材でも入ってたんですか?」

「そう。好きなのが入ってた」

「良かったですね」

「ルンルンだよ」


「あ、そんなに好きなんですね」

「わりと」


「ルンルンとかどうした気持ち悪い」

「お前に言われたくない」

「おい、どういう意味だ」


「さぁ〜」

「ムカつく……」


 苦虫を噛む明。

 正面に紗衣ちゃんが座っているのだが、やっぱり美沙の方がツルツルスベスベ感強めだな。


 明から前に首を直したら見入ってしまった。

 美沙の彼氏が羨ましい……。


「でも、良かったな紗衣。好きな食べ物新たに分かって」


「味までは分からないから」

「いや、そこまでしなくていいよ」


「……凪」

「ん? ……」


 うわ、美沙のやつ明いること忘れたのかな。

 スカートの裾をまくりあげてきた。


 スパッツを履いてるといえど他の男子に見せたくない。

 あと第一紗衣ちゃんは素で見せてきてるんだから張り合うなよ。

 彼氏が可哀想に思えてきた。


「……」

「お兄ちゃん……。マジで気持ち悪い」

「え、ちが、美沙が見せてきたんだよ」

「新川君には見せてない」


 ニュアンス!

 それだと違う誰かには見せてる言い方だからっ。

 紗衣ちゃんが分かったらどうするんだよ。

 めんどくさいことになりかねない。


「……虫が入った……」

「え、新川君!」

「お、俺のせいっ」


 高林さんナイス。今のはハッタリで虫は誰のにも入っていない。


 こういうこと長けてるよな……。

 アンテナが人より敏感なのか?


 ――高林さんに救われた昼から数時間後。

 バイトを終え、自宅に戻ると美沙が待ち構えていた。

 しかも、今にも泣きそうな目をしている。


「どうした?」

「特別ってこと?」

「急にどうしたんだよ」


 開口一番にそう言われても答えが返せない。

 ポジティブな内容でないことは確か。


「高林さんから聞いた。凪の様子が変だったからなんでだろうと思って」


「……マジか」

「で、どうなの? 特別ってことだよね?」

「もちろんそうだよ。特別も特別だよ」

「……そっか。幼なじみって大変だね」

「そうだな」


 良かった。この件の本筋は美沙の耳には入っていないようだ。

 水滴のついたまつげが外灯でキラキラ光る美沙の笑顔を少し眩しく思いながら安堵する俺であった。



 ☆☆☆



 翌日。放課後。

 今日はバイトが休みだったのでのんびりしていたら美沙が侵入してきた。

 勝手に入ってくるなって言ってるのに。


「ノックしろって」

「え〜」


「なにかやってるときだったらどうするんだよ」

「なにかって?」


 無知ってヤバいな。

 首を傾げて問うてくる美沙。

 勝手に入ってくるなって言われてるんだからピンとこないと。


「んで、なにしに来た」


 なにかの細かいところを突っ込まれないうちに話を変える。

 説明するなんて顔から火が出てしまう。


「特に用があるわけじゃないんだけど」

「……おい」


「凪の隣にいたくなった?」


 勘違いさせそうな内容だが、疑問系でちょっとソワソワしてるだけで済んだ。

 まともな感じで来られたら顔の色がヤバいことになるところだったぜ。


 〜♪。スマホが鳴った。紗衣ちゃんから電話だ。

 通話をタップすると、紗衣ちゃんの顔が映る。

 よく画面見ないで出てしまったっ。


『びっくりしま――ちょ、小堀先輩っ』

『ヤッホー』


『どうして凪君の部屋にっ。彼氏いますよね! ていうか、くっつきすぎですっ』


 そうなのである。さっきから身体を寄せてきて暑い。

 美沙の臭いが鼻を刺激している。


『幼なじみだから』

『理由になってないです!』

『立派な理由だよ。幼なじみは特別なんだから』

『なんか深いこと言ってます?』


『んー、分かんない』

『ところで、紗衣ちゃんはなんで電話してきたの?』


 話に終わりが見えたので紗衣ちゃんに尋ねてみた。

 まぁ、薄々なんでかけてきたのか分かっているのだが、早く切りたかったので話題作りというやつ。


『特に要はありませんよ』

『じゃあ、切っていいよね』

『あー!』


『んもう。なに』

『最後に一つだけ』

『言うてみ』


『二人は付き合ってないですよね?』

『付き合ってないよ』


『彼氏いるから』

『……考えすぎたあたしがバカでした。切ります』

『じゃあな』

『……はい』


 通話が終了し、美沙をひっぺがえした。

 冬ならいいけど夏は熱いっ。


 ――ある日の昼食。美沙のボディータッチがエスカレートした。

 俺の横に腰を下ろし、二の腕を密着させてくる。


 食べづらい……。


 彼氏ができてから日を追うごとにそうなっているから困惑してたところだった。

 ギャーギャー吠える紗衣ちゃんなどお構いなし。


「……本当に……付き合ってるの? ……」

「うん。付き合ってるよ」


 たまらず高林さんが聞いてくる。

 美沙は交際が続いてると示した上で俺に身体を預けてきた。

 やっぱり変だよね。


「他の男の人と付き合ってるならそれ止めた方が良いです」

「いや、凪は幼なじみ枠だから」


「なにしても良いわけじゃないでしょ」

「くっつくのは大丈夫」

「ダメだと思うんですけど」


 紗衣ちゃんがまともに見える。

 それに比べて明は食べながらスマホを操作し、こちらなど興味がないみたいだし。

 薄情ものめ……。


 ――今日のバイトは、徒歩で移動できるところらしく今絶賛散歩中である。


「肩濡れてないか?」

「……大丈夫……」


 夏といえばゲリラ豪雨。

 昼晴れていたのに今滝のように雨が降っている。

 そんな中相合い傘とか。高林母のいたずら心が透けて見える。


 程なくして依頼された書店に到着した。

 良かった、思いのほか近くて。


「いらっしゃいませ」

「あ、すみません。なんでも屋っす」

「よろしくお願いします」


 クールな店員さんだこと。

 バックヤードに導かれ、単行本の梱包を頼まれた。

 店員さんは別の仕事があるとかで去っていった。


「……梱包機……身体の前に置いて……」

「こう?」


「……コク……」


 ひょこんと俺の後ろに腰を下ろし、高林さんは背中をくっつけてきた。

 ちょっと濡れてるのがヤバい。


「……声が通った方が……作業が楽……」

「それはありがとう」

「……」


 これ見られたら誤解されないか?

 さっきの店員が知り合いじゃないことを祈るばかりだ。

 普通この作業するときこんな格好にならないと思う。


「なんかこれ楽しいな」

「……好きなの? ……」

「わりとそうだな」


「……背中……気持ち悪くない? ……」

「全然気にならないぞ」

「……そう……」


 むしろ気持ち良いまである。

 口には出さないけど。


 ――とある休日。美沙から遊びの誘いが来た。

 いよいよ彼氏の存在がないと疑念を抱きかけたが、彼氏のへのプレゼントを選ぶのを手伝ってくれと言われ絶賛今落ち込み中である。


「今日はありがとう」

「どいたま」


「なにがいいかな」

「誕プレか?」

「まぁ、そんなところ」


 にごす理由が分からない。男が喜ぶプレゼントか……。

 俺的にはそばにいてくれるだけでもう充分プレゼントなんだけど。

 形に残る系のプレゼントって喜ばれるってどこかで読んだ気がする。


「財布とかいいんじゃないか?」

「う〜ん。この間買ったって言ってたんだよね」

「じゃあ、アクセは?」


「あ、そっか。おそろのいいかも」

「……いいかもな」


 そうよ、そうだよ。

 こいつそういえばことあるごとにおそろのアクセとか買いたがりだったわ。


「そこ行きましょう」

「へーい」


 適当に選ぼう。じっくり考えてもしょうがないし。

 美沙には悪いけど、逆の立場になったら分かるときがくるはずだ。


 ――結局吟味してしまった!

 今ごろニコニコで見せあってるだと思うとモヤモヤする。

 この間のお礼してくれるとかで美沙宅に今いるが、いつから美沙はこんなに相手の気持ちを理解できなくなってしまったのだろう。


「この間はありがとうね」

「どうだった?」

「うん、喜んでた」

「ならよかった」


「お礼と言ってはなんだけど、凪の好きな食べ物作ってあげる」

「じゃあ、ハンバーグを」

「オッケー」


 そう言って冷蔵庫からパックを取り出した。

 よまれてるっ。さすが幼なじみというべき?


「手伝う?」

「いいのか?」

「うん。なんか今は一緒に作るんだって」


「やっと分かったか」

「すんません」


「ていうか、彼氏としろよ」

「てんで出来ないんだもん」

「今どき珍しいな」

「ねぇ〜」


 手際よく作業していく美沙。

 苦笑いの美沙にやっぱり彼氏の存在が虚像ではないんだと改めて認識できてしまった。



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