第77話「そういうところ好きです」

「……っ!? ……」


 一定の距離を保持して歩いていたのに。

 突然振り向く美野里さんに思わずビクッとなってしまった。

 街灯に照らされているからさぞや間抜けな顔していたのだろう。

 美野里さんがふいた。


「……はー、お腹痛い。花咲君こっちだっけ?」


「あ、いや、バイトの帰り」

「あ〜、バイトの。びっくりしたよ。足音がずっとついてくるから」


 俺としたことが見誤っていたらしい。

 これは人によって距離を変えていった方が良さそうだな。


「それはすまん」

「花咲君だったから良かったよ」

「違かったらヤバいからな。ヘタをすれば無事じゃ済まないかも」


 顔を見られるのが最大のリスクだからな。

 そういう奴らは。知り合いが被害にあってほしくない。


「痛いのは嫌だ」

「じゃあ、そんなわけで」

「あ、うん。またね」


 少々強引だったけど、引き止められなかった。

 やっと帰れる。安堵して俺は家路についた。



 ☆☆☆



 プールくらい三組合同でやってくれてもいいのに。

 高校のクラスは一学年の生徒数が少ないと三クラスしかない。

 しかも、そのくせ三組だと体育は先生が監督しきれないという。


 仕方ないといえば仕方ないんだけど。

 高林さんの水着が見られないのがどうも腑に落ちない。

 目覚ましの鳴る前に目が覚めちゃったので、鳴るまでの間まぶたを開けていない。


 なんかもったいない気がして。

 〜♪。そんなことを思っていたら目覚ましが鳴った。

 ……起きるか。


「……」


 目を開け、上体を起こすと、視界の隅に人影があった。

 そこへ目をやると、もはや日常と化しつつある美沙と目が合う。


「毎度どうも〜」

「あ、セールス間に合ってます」

「毎度って言いましたけどっ」

「うるさい」


 朝から元気だな。眉をあえて中央に寄せながらベットから降りる。

 着替えのおなじみのやり取りを挟み、階下へ向かうと、リビングにはなぜか美沙しかいない。


「なんか用事があるんだって」

「それで美沙が来たのか」

「まぁ、結果的には」

「なるほどね」


 ウチの親の美沙に対する信頼度は異常の域に達してるな。

 今から意地悪姑になりそうでヒヤヒヤしている。


「今日ウチのクラスプールだよ」

「マジか。いいな〜」


 高林さんの水着姿見れて。

 玉子焼きを口に入れて心中でグチる。

 スクール水着と一般水着ってそれぞれ良さが違うのよ。


「私が監督するから高林さんのことは心配しないで」

「無理はするなって言っといてくれ」

「分かった」


 さっきまで高林さんの泳げない云々すっかり忘れてたとは言えまい。


 ――高校生活をそつなくこなし放課後。

 バイト中高林さんが裾を引っ張ってきた。

 高林さんにしてはレアな行動である。


「どうした?」

「……プール……」

「そういえばそっちプールだったな」

「……コク……」

「どうだった?」

「……泳げた……」

「え、マジかっ」


 この間練習見てたときは正直言っててんでダメだったのに。

 声が大きかったのか人差し指を自分の口元に寄せる高林さん。


 誰のせいよ誰の。


「ごめん」

「……あと……溺れかけた……」

「言ってるそばから……」

「……近くに……小堀さんいた……」


 だから安心でしょとでも言うような語り口だな。


 無事であるから良かったものの。

 なにかあったらどうしてくれるよ美沙っ。


「……経験……」

「そうだけどさ」

「……次は……気をつける……」


 表情が変わらないからなんとも言えないけど。


 多分心配しすぎと思っているに違いない。

 気をつけない人が言うじょうとう文句を口にしてる。


 最悪明が救ってくれるだろう。


 だけど、いまいち腑に落ちなかった。

 高林さんの家からの帰り道もずっとモヤモヤが取れない。

 自宅でくつろいでもそれを払拭叶わず。


 ブブっ。スマホが震えた。


[美沙:ねぇ、聞いて聞いてっ]


 ハイテンション美沙さんだった。想像できるくらい。


[花咲:くつろいでて忙しい]

[美沙:高林さんが可愛いっ]


[花咲:なにを今さら]

[美沙:え、なに。二人ってハグしまくりなの?]


[花咲:なんの話だよ?]


 言葉のキャッチボールが上手くいってない。

 俺が取り落としたのかな。


[美沙:今日高林さんにハグされたから]


[花咲:あ〜、そういうこと]

[美沙:めっちゃ可愛かった!]


 俺はなんて返すのが正解なんだろうね?

 ヘタなことを言って思わぬ地雷を踏む可能性が大。

 ここは一つスタンプを駆使するか。



 ☆☆☆



 ときたまやってくる紗衣ちゃんのアピール。

 今日は夏ということで、涼しさを求めて森へやってきた。

 虫よけスプレーをかけ、楽しんだあとの痒みともおさらば。

 二人でのBBQ。肉食いたさが勝ってしまった。


「そんな薄着で来たら焼けちゃうよ?」


「日焼け止め塗りましたから」


「あとが大変だって」


「しょうがないですね」


 そう言って紗衣ちゃんが上着を羽織った。

 なんか渋々感がげせないがここは抑えておこう。

 寛容になろう寛容に。


「さぁ、さっそく作りましょう」

「ここにきて火をおこさないんだ」

「まぁ二人ですし」

「あ~、そんなもん?」


 大人数のときに火をおこすのは盛り上がるのは経験上知ってるけど。

 二人って未経験だからなんとも言えない。

 ライターで木炭に火をつける。


「焼き加減とかうるさい感じですか?」


「いや、まったく」

「じゃあ、ゆっくり食べられますね」

「自分の前で焼けばいいんじゃね?」

「そうですね」


 さぞや「それだと一緒にBBQ来た意味がない」とか言い出すかと思ったらまさかの肯定。

 調子狂うわ。


「みんな家族連れというかグループの人数多いですね」

「そりゃあな。BBQって二人でやるもんじゃないし」


「やっぱりそうですか?」


「うん」


「……食べましょう」


「だな」


 周りからの視線が気になるが、肉が焦げるから耐えよう。

 一瞬のすきが命取りになる。


「牛肉って少し赤くても大丈夫ですよね?」

「気にならなければ大丈夫」

「じゃあ、食べます」


 別に宣言しなくてもいいんですけど。

 ていうか、このスタイルなら焼き肉屋で充分じゃん。


「知ってます?」

「ん? どうした急に」

「焼き肉屋に行くカップルは最後までいってるんですって」

「……へぇ~」


 心の中読まれてるっ。

 表情に出さないようにしてたのに。


「そう思われるのは良くないのかなと思ってBBQにしました」

「そうか。サンキュ」

「いえいえ」


「ホルモンは食えるか?」


「苦手です」

「じゃあ、俺が食うよ」


 正直俺も苦手だが、話を変えたかった。

 ホルモンってどこで飲み込んでいいか分からないんだよね。

 飲み込むタイミングを迷ってる間に腹がいっぱいになってる。

 だから最後にした。それが吉と出てなりより。


「大丈夫ですか? 飲み込めます?」

「正直飲み込めないと思う」

「なら止めましょ?」


「いや、これも料金に入ってるから」

「そういうところ好きです」

「サンキュ」

「あたしも食べます」


 こうして俺達はホルモンどの戦いに挑んだ。

 ――改めてそしゃくが満腹中枢を刺激するんだと再認識した。

 帰宅して美沙が自室にいるのも気にしていられないほどの満腹具合い。


「なんか今にも吐きそうな感じだねっ」

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