第76話「褒められるためにやってないから」
[美野里:今日は来てくれてありがとう]
やっぱりな。ここで変に返信遅くなったら勘ぐられそうなので、それっぽく返す。
[美野里:ところで、ちょっとお願いがあるんだけど]
[花咲:お願い?]
[美野里:そろそろ下の名前で呼んでほしいなって]
[花咲:オッケー]
ん? ていうか、美野里さんの下の名前って知らない。
[花咲:悪い。下の名前覚えてない]
[美野里:多分花咲君に言ったことないよ]
[花咲:謝り損だわ]
[美野里:ごめんごめん]
[美野里:下の名前は千和]
[花咲:可愛い名前だね]
[美野里:ありがと。じゃあ、今から名前でお願いします]
[花咲:了解です]
[美野里:ちょっと早いけどおやすみ]
[花咲:おやすみ]
千和ってチワワみたいで可愛い。
今度会ったときちゃんと言えるかな。
今から緊張してきたっ。
☆☆☆
翌日。朝。こういうときに限って時間経つのが早いんだよね……。
美沙といつも通り登校。
「どうしたの凪」
「別にいつも通りだぞ」
「ふ〜ん」
怪しまれてる。
ここで吐露したらめんどくさいことに発展しても困るし、なにがあっても口を割るわけにはいかない。
「まぁ、幼なじみだって言ったって言いたくないこともあるか」
「……」
多くは語らないようにしておこう。
朝のSHRが終わり移動教室の家庭科。
まさかの美野里さんと席がほぼ隣という。
「おはよう花咲君」
「おはよう千和さん」
「おっ、ちゃんと名前で呼んでくれたね」
「約束は守るタイプ」
「そうなんだ」
「はい、席に着け。授業始めるぞ」
良かった。タイミング良く先生が来た。
今日の一大行事終了。あとは、惰性でも大丈夫。
――昼食。肩の荷が下りたので、時間がゆっくり流れていた。
ずっとぐぅぐぅ腹の虫が鳴ってるから周りに聞こえてるかヒヤヒヤしたけど、なんとか平気だったらしい。
誰も笑ってこなかった。
「あー、腹減った」
「珍しいね。凪が空腹を大々的に宣言するなんて」
「たまにはな」
危ない危ない。あいにく本当のことを言ってしまうところだった。
「私のどれか食べる?」
「え、いいのか?」
「うん、ちょっと夏バテで入らないの」
「じゃあ、赤ウィンナーもらっていいか?」
「どうぞどうぞ」
ベンチから立ち、俺の前で膝を折ってしゃがむ美沙。
ちょっとドキッときてる自分が恥ずかしい。
ハーフパンツ履いてるのよ。なのになんでここまで良からぬことを考えてしまうか。
「サンキュ」
「凪だから」
「お、おう」
こっちが口を出すのを遮るように美沙はベンチに戻ってしまった。
世の幼なじみ(異性)持ちは、みんなこんな感情抱くのだろうか。
☆☆☆
今日はバイトのある日。
暑さからくる疲れを認識しつつ依頼主の自宅。
あのとき俺の家で高林さんがやっていた部屋の掃除。
依頼主は用があるらしく外出。二人きりですよ二人きり。
妙に意識してしまう。
「そういえば来週そっちの体育プール始まるみたいだな」
「……コク……」
頷く高林さん。覚えたてが一番危ないんだよね。
本人はいつも通りの感じだけど。内心までは読めない。
「ちょっと忠告しとくけど、無理して泳ぐなよ」
「……コク……」
「あいつらがいるから大丈夫だと思うけど」
「……ありがと……」
「俺は見てやれないから」
目の届かないところで事故るのだけは勘弁してもらいたい。
あと他人(男)に身体触られるのが嫌。
「……小堀さん……ついてて……もらう……」
「そ、そうか」
一安心……。そうじに集中しよう。
「……乾いてる……ぞうきん……取って……」
「分かった」
正直窓拭きは依頼のはんちゅう超えてると思うんだよね。
やってもらって嫌なんて人いないけど。
「……予想を……超える仕事……」
「お、おう」
見透かされてた? たしなめられてしまうとかまた一つ高林さんとの出来事増えたぜ。
「……次は……モップがけ……」
「りょーかい」
「……自分よりも……前から……」
「分かった」
なんか大掃除やってるみたいだな。
モップの後ろをついて行ってしまうと足あとがつくってよく先生が言ってた。
まさか年末よりも何ヶ月も前にするとは誰が想像したことか。
「……滑るから……」
「とか言って、自分が滑るなよ」
「……コク……あっ……」
見事にツルッと足を滑らせた!
すんでのところで高林さんの身体を支えることができたから良かったものの。
それが叶わなかったら頭を打ってた。
ほっとけないというかなんというか。
「大丈夫か?」
「……ありがと……」
「ゆっくり身体床につけるから」
「……コク……」
衝撃の無いように床に高林さんの身体をつける。
あー、びっくりした。
「……床……。冷たい……」
「そりゃそうだよ」
横たわる高林さんと目が合う。
どこから見ても可愛いな。
無法地帯だったら二人きりだし今ごろ襲ってるんだけど。
「……手貸して……」
「お、おう。ちょっと待って」
高林さんの言葉に我に返り、俺は頭付近から身体の横に移動する。
制服着てるからちょっと想像してしまうよね。
差し出してくる高林さんの手を手前に引っ張る。
強く握ったら折れてしまいそうなくらい柔い。
「二人は付き合ってるわけじゃないんだね」
「「……!? ……」」
二人で一緒に立ち上がったところで声が後ろから聞こえてきた。
シンクロして声の主を捉える。
「ごめん、驚かせちゃったね」
「い、いつから帰ってきてたのですか?」
「手を取って起き上がらせかけたあたりかな」
それ以前を見たって言われたら穴をほってしまうところだった。
暑さとは別のほてりを感じる。
「ん? なにかあった?」
「いや、別に」
「このあと他に依頼あるの?」
「……ないです……」
「ちょっと夕飯に付き合って」
「分かりました」
ちょうど腹が減った。
高林さんには悪いとは思ったけど。
「一人で食べるのって結構くるものがあるんだよ」
「分かります」
「やっぱり飯はみんなで食べたほうが美味しい」
コンビニ弁当でごめんねと言いながら俺らの前に置く依頼主。
断らなくてよかった。ていうか、拒否させる気なかったようだ。
――タダ飯という最高の夕飯を食べ、依頼主の家をあとにして高林さんの自宅前。
「ホント飽きずに送ってくれてありがと」
「当然のことですので」
「……ありがと……」
「褒められるためにやってないから」
「うちのお父さんもこんな人だったら良かったのに」
「……また……」
「お、おう。失礼します」
「うん、またね〜」
高林さんの助け舟ぽい言葉に乗っかり帰宅路に乗る。
「……」
少し前に美野里さんらしき人が歩いていた。
ちょっと高林さんの門を出るのが早かったら鉢合わせになってたかもしれない。
今日はバイト休みなのか。
「だ、誰?!」
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