第75話「ちょろくて助かった」

 今日も暑かった。カラカラしていてほしいよね。

 ジメジメしてるとまとわりついてくる感じがして気持ち悪い。

 夕飯を摂り終え自室。冷房をつけ、ゲームをしようとしたら扉がノックされた。

 ノックするなんて珍しい。


「はい?」


「なんで疑問系よ?」

「……なんでここにいるの?」

「そりゃここ自分ん家だから」

「お母さんに言ってないからっ」


 入室を許すと、なぜか紗衣ちゃんが母の隣にいた。

 真面目に問いかけてるのにボケてくる母に声を荒らげる。


「あら、そう」

「んで、どうして紗衣ちゃんがここにいるの?」

「……遊びに来ました」


 少しの間が気になるが、単純に遊びに来たことにしておこう。

 忍びで来ようと思ってきたはいいが、先に母にバレた説濃厚。


「こんな時間に?」

「いいじゃない。お茶入れてくるから」

「「……」」


 沈黙っ。お互い目をチラチラ合わせてしまう。

 ここは男の俺が口を開いていかないとだよな。


「とりあえず座ろうぜ」

「……ありがとうございます」


「なんかごめんな」

「こちらこそ夜に来てすみません。お茶飲んだら帰ります」

「遊んでいくんじゃないのか?」

「大丈夫です」


 少し食い気味な気がする。なんかウチのババア言ったか?

 様子が変だ。前に美沙以外の人は受け入れないとか言ってたし。

 凄いあり得る。


「お待たせ〜」


 母が戻ってきた。笑みをまともに受け取れない。


「ずいぶん早いな」

「いや〜、それほどでも」

「別に褒めてないから」

「あ、そう? はい、お茶。ごゆっくり」

「……ありがとうございます」


 なんかお茶の色が俺のと違う。別のメーカーとかかな。

 俺が心配してるのをよそに紗衣ちゃんは母が持ってきたコップをあおぐ。


 そしてすぐコップを離した。


「に、苦いです……」

「え、ちょっとごめん。……うわ、ホントだ。苦い!」


 普通のお茶じゃないなっ。間接キスを気にしてる場合じゃない。


 これは、キレるべきだ。


「あたしそろそろ帰ります」

「……なんかごめん。今度来るときはババアがいないときに誘導するから」


「……」


 薄く笑って紗衣ちゃんは立ち上がり、俺の部屋から姿を消した。


 よし、ちょっとケリをつけに行きますかね。


 母がいると思うリビングに向かう。


 こんなイビリみたいなことされたらいつになっても結婚できない。

 リビングに着くと案の定母がいた。


「あら、もうあの子帰っちゃったの?」

「帰っちゃったの? じゃないから。なんだよ、あのお茶っ」


「センブリ茶」

「イビるの止めてくれよ」

「それは、無理なお願いだね」

「……もういい」


 高校卒業したら一人暮らししよう。

 実家にいては埒が明かない。

 そう思いながら部屋に戻った。



 ☆☆☆



「んぎゃ!!」


 就寝していたらもの凄い衝撃が腹部に生じた。


 強制的にまどろみから現実に引き戻され不愉快に思いながらまぶたを開ける。

 かすむ視界の中見えたのは、恐らく美沙が布団の上から俺に覆いかぶさっていた。


 なにしてくれてるだ、こいつはっ。


「おいこら、なにしてる」

「覆いかぶさってる」


「そういうことを聞いてるんじゃないんだよっ」


「うるさいな〜」


 耳を押さえ、俺から離れていく。

 なんで俺がいけない感じにするか。

 上体を起こし、ベットから降り美沙と対じ。

 夏仕様の制服はやっぱり薄いな。


「おはよう」

「はいはい。着替えるから下で待っててくれ」

「分かった」


 今日はボケないのかよ。

 と心中で突っ込み、着替えを済ませてリビング。

 美沙の隣に腰を下ろした。


「あ、凪。おはよう」

「……」

「あ、そうだ」

「どうした?」


 なにか思い出したか美沙が少し大きな声を上げる。

 親の前で言えることだと信じておこう。


「うちのクラスそろそろプール始まるみたい」

「マジか」


 わざわざ大きい声で言わなくてもいいじゃん。

 高林さんの話は出してこないからいいけど。

 他愛もない話をしてなんとか家から出てきた。

 美沙はそこまで空気が読めないわけじゃないらしい。


 ――俺のフォローを真に受けた紗衣ちゃんが先日メッセしてきた。

 自宅は止めとくことにしてどこか行こうと言ったらなぜか紗衣ちゃんは美野里さんがいるスーパーを選択した。

 できれば他のところが良かったが詮索されたくなかったので二つ返事で答える。


「ここのお惣菜のデザートが美味しいんですって」


「あ、そうなの?」

「フレンチトーストがヤバいみたいです」

「へぇ、ヤバいんだ」


 イマイチ味が分からない。

 普通のフレンチトーストのレベルよりも凄い特徴があると思っていいのかな。


「あとお菓子も買って帰りましょう」


「オッケー」

「また公園で食べます?」

「そうだね。紗衣ちゃんのためにも」

「ありがとうございます」


 というわけでやってきたデリカコーナー。

 目的が違っていたらいっぱい買ってしまう自信がある臭いが鼻を刺激してきた。


 コロッケとかメンチカツ・からあげ。

 腹が反応してヤバい。


「なにか買っていきます?」


「いや、大丈夫」

「じゃあ、こっちです」

「おう」


 小走りで進む紗衣ちゃんの背中を追う。

 数秒後立ち止まった紗衣ちゃんは、ある容器を手に取ってそれを俺に見せてきた。


 ホイップクリームがスイーツ好きを捉えそう。

 少しテカテカしてるからハチミツでもかかってるのかもしれない。

 これは確かにヤバいな。


「ホイップクリームの量ヤバくないですか?」


「これ多いの?」

「はい、他のはほぼ入ってません」

「へぇ、そうなんだ」


 紗衣ちゃんの話を右から左に受け流し、購入して公園に足を運ぶ。

 美野里さんのレジで買うというね。

 プチ修羅場をくぐって背中が冷たい。


 ベンチに屋根を作ってくれたのはありがたい。

 なんの休息にもならなかったからな。


「さっきのレジの人と友達なんですか?」


「ていうか、クラスメイトだよ」

「クラスメイトよりも仲いい感じがしました」

「そう見えただけじゃない? 早く食べないとクリーム溶けるぞ」


「そうでしたっ」


 慌てて袋から容器を取り出す紗衣ちゃん。

 ちょろくて助かった。


「セーフでした」

「良かったな」


「それじゃ、せっかくですから花咲君から食べてみてください」

「紗衣ちゃんは食ったことあるんだっけ?」


「ありますよ」

「じゃあ、お言葉に甘えて」


 クリームをフレンチトーストにつけて口に含む。

 ふむ、どうしよう。想像通りの味だった。

 嚥下したのを確認して紗衣ちゃんがキラキラした目で俺を見てくる。

 本当のこと言えるわけないよね……。


「美味いな、これ」

「ホイップが軽いですよね」

「そうだな」


 全部肯定しよう。うん、そうしよう。

 そうすればめんどいことにならなくて済むだろう。


 ――なんとか乗り切って帰宅。

 変な気を張っていたのか体がもの凄く重い。

 ラフな格好に着替え、ベットを背もたれにくつろぐ。


 思いを寄せてくれるのは嬉しいんだけど、それをぐいぐい出されると困ってしまう。

 ブブっとテーブルに置いていたスマホが動いた。

 美野里さんかな。さっきプチ修羅場になってたし。


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