第73話「オシャレ上級者」

「どうしたの凪」

「撮られた」


「撮られ……どんまい」

「ひとごとだなっ」

「私は嫌じゃないし」

「そりゃどうも」


 身内にパパラッチいるとか最悪じゃん。

 あとでババアのスマホパスワード変えとこ。



 ☆☆☆



 ある日のバイト終わり。高林さんが俺の裾を引っ張ってきた。

 いつもよりも心なしか引っ張る力が違う。


「どうした?」

「……日曜日……休み……してもらった……」

「お、サンキュ。待ち合わせはどこにする?」


「……現地……」

「オッケー」


 例のプールのことだよな。今さら不安になった。

 また当日聞こう。最終確認とか言えばカモフラージュできるっしょ。


 ――高林さんと約束した日の前日。

 昼を食べようとリビングに入ったら美沙がテーブルを囲っていた。

 なんでいるし。


「あ、凪。お邪魔してるよ」

「一人でなにしてる」

「たそがれてた」


「自分ん家でもできるだろ」

「いやいや、そんなごむたいな」

「昼食ったか?」


「ご相伴に預かりに来た」

「……なに食う?」

「ん〜、私が作るっ」

「お任せってこと?」

「うん! 任せんしゃい」


 これだとご相伴に預かってない気がするけどまぁいいか。

 テレビでもつけよ。


「あ、そういえば明日プール行くんでしょ」


「……盗聴は良くないぞ」

「違うよ。高林さんからメッセ来た」


 珍しいことするな。あまりそういうこと報告するタイプじゃないのに。


「なんだ、そういうことか。練習に付き合うんだよ」

「なるほどね」


 おや? ここで私も行くとか言い出しそうなのに。

 微笑んだだけで終わってしまった。

 もの足りなさを抱いてる自分に驚きなんですけど。


 ――当日。町の温水プール施設。

 こんがり焼けてしまいそうな日差しに夜がえらいことになりそうと焦りつつ高林さんが来そうな方角を見やる。


 なんでここ駐輪場に屋根が設置してないのかっ。

 ジリジリと肌を焼く太陽を今日ばかりは悪く思えてしまう。


 あ、曲がり角からチャリが出てきた。

 タオルで汗を拭い高林さんを迎える。


「今日も暑いな」

「……コク……」

「よし、さっさと中入ろう」


 それぞれの更衣室で着替え、室内の休憩スペースで落ち合う。

 お、可愛い。スクール水着とは違う外向きの水着を着ている。


「じゃ、準備体操しようか」

「……コク……」


 思わぬ怪我をしたら大変だからな。

 一人娘を預かっている以上責任が少なくとも俺にはある。

 久しぶりに見た高林さんの生肌を間近で堪能しながら準備体操を済ませ、プールへ入ると、ぬるい風呂に入ったかのようなそれであった。


「……温水……プール……」

「忘れてたよね」

「……コク……」


 そう言いながら俺が手を差し出すと、高林さんは首を立てに振りつつ握ってきた。

 なんか恥ずかしいっ。


「じゃあ、足を浮かせてみて」


「……コク……」

「浮かせたら足をバタバタって」


 支持通り動くので、俺は後ろへ動く。

 この感覚を掴んで水を怖く思わなくなれば御の字。


「顔をつけてみよう」


「……」

「嫌か?」

「……コク……」

「じゃあ、水に慣れよう」


「……コク……」

「今から俺高林さんの顔にちょっとずつ水かけるから」

「……コク……」


 手を離し、少し上から高林さんの顔に水をかける。

 過去になにかあったようだ。

 恐怖がわずかに見て取れるわ。


「顔を水につけてみる?」

「……コク……」


 おー、克服はしたいらしい。

 めちゃくちゃ一瞬つけてすぐ自分の手で顔を拭った。パサリ。


「……髪……」

「え?」


「……解けたかも……」

「マジで」


「……直して……」

「お、俺がやるのっ」

「……コク……」


 たしかにさっきまで見えていた肩が見えてないけどっ。

 でも、高林さんが甘えてくるなんて早々ないし。

 ……やるか。


「触るぞ」

「……コク……」


 顔が熱い。周りの視線がこの際気にしないとして。

 問題は髪の毛の感触ですよ。

 美沙にすらやったことないから。

 意識しないなんて無理があるよこれ。


 ――水を弾く肌が目に焼きついて高林さんをまともに見れないっ。

 朝のHR前美沙達と駄弁っていてもずっと脳裏に高林さんのそれが再生されて身体が火照ってしまう。


「今日って過ごしやすい温度になるとか言ってたよね?」


「……コク……」

「まぁ、個人差あるか」


 新陳代謝が良いと少し暑くても暑くなるんだよ。

 ブブッ。スマホが振動したので見てみると、美野里さんからだった。

 なんでも依頼を受けてほしいらしい。


 ……俺美野里さんになんでも屋さんだって教えたっけ?

 バイトはしてるって言った気がするけど。

 まぁいいか。あとで、高林さんに支持を仰ごう。


 おそらく勝手には決めない方がいいだろうし。

 ――ということで、放課後になったので高林さんに報告しようと思う。

 一応二人きりになるタイミングを見計らって。


「ちょっといいか高林さん」


「……? ……」

「クラスメイトから依頼頼まれたんだけど受けても大丈夫か?」


「……コク……」

「今日はバイトある?」

「……ない……」


「オッケー分かった」

「ごめんな、呼び止めて」

「……大丈夫……」


 さて、美野里さんに報告しよう。

 ちゃちゃっと送ると、すぐ返信が来た。

 スーパーの前集合だとよ。


 ていうことは、美野里さんもバイト休みなのか。

 チャリを走らせ数十分。スーパーの前までやってきた。

 片足を立て、待機しようとしたらすぐチェーンの音。


 え、つけられてた?

 振り返ると美野里さんが近づいてきたところ。


「ストーカー?」

「え、なんでっ」

「冗談冗談」

「もう……」


 ショックを受けたような表情をしたのでシロだな。

 依頼は受けたけど、内容を聞きはぐってたのよね。

 どうしよ、変な依頼いだったら。


「ところで、依頼の内容って」

「服選び手伝ってほしいです」

「分かった。じゃあ、行こうか」

「うん」


 良かった。至って普通の依頼内容。


 デパートへ向かい服屋。

 オシャレとか疎いんだよね……。

 しかも、女子の服とかさっぱり。


「似合いそうとか思ったら言って」

「了解」


 顔に出ていたか美野里さんが荷を軽くしてくれた。

 これならね、独断と偏見で決定できる。


「どこ向きの選ぶんだ?」

「いや、普段着るものだよ」

「なるほど」


 陳列されているものを漁ってみる。

 美野里さんってオシャレ上級者のイメージなんだよね。

 都会の女子高生的な。お、これは紗衣ちゃんが頑張って着て来た肩が出るやつ。


「これなんてどう?」

「肩焼けちゃうけど……。うん、カゴに入れて」

「いやいや、無理に買わなくても」

「選んでくれたし」


 焼けちゃうとか考えてなかった……。


 ――終わるまでの数十分。

 なにも頭に入ってこなくて気づいたら美野里さんと分かれ道に差し掛かってるっていうね。


「今日はありがとう。これ報酬」


「……サンキュ」

「なにもそこまで落ち込まなくても」

「いや、ちょっとな」

「ポジティブに考えて?」


「努力するよ」

「じゃあ、また学校でね」

「あぁ」


 美野里さんの微笑みが身に染みる。

 ブブっ。スマホが震えた。

 ……あ、高林さんかも。


[莉音奈:近くにいる]

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