第71話「ミサッテダレ?」

 バイト中も離れたところにいてとりつく島もなかった。

 帰りに送るときもそっけなかったように感じたし。

 自分の家に到着し、自室に入る。


 すると、タイミング良くカバンから振動を感じた。


[莉音奈:今から電話する]


 高林さんなんですけどっ。ていうか、電話!?

 数秒後振動と共に応対か切るかの選択肢が画面に表示された。


『もしもし』

『……もしもし……』

『どうした?』


『……好意が無いなら……一緒に……二人でどこか……行かない方がいい……』

『あぁ、美野里さんの件ね。そうだな。次誘われたら断るよ』


『……それだけ……』

『わざわざありがとうな』

『……あと……朝……ウチのクラスに……来たらって……』


『分かった』

『……じゃあ、また……』

『おう、またな』


 ……ふむ。今の電話の内容を総合的に判断すると、ヤキモチを焼いていたって受け取っていいのかな?


 い、いや、そう思っておこう。


 ――朝のHRまで明達のクラスで談笑することになった当日。

 美沙はいつになくニコニコしていた。気のせいかもしれないが。


 いざ、来てみると、やっぱりなにかが違う。

 あ、美沙がじゃなくて教室の雰囲気の話ね。


 と、スマホが震えた。

 恐らくこれは美野里さんだと思う。


[美野里:今日休み?]


 ほらビンゴ。なんか席離れたら云々かんぬんこの間のやり取りしたわ。

 心配してくれるのは素直に嬉しい。


[花咲:幼なじみのクラスにいる]

[美野里:びっくりした……。お休みかと思ったよ]

[花咲:これからしばらくこっちにいるから]

[美野里:分かった]


 既読をつけ、スマホをしまう。

 視線を上げると高林さんと目が合った。


「どうした。高林さん」

「……なにも……」

「お、おう」


「そういえば凪はそっちで友達できた?」


 美沙が失礼なことを聞いてきた。

 そんなもの聞かずもがなだろうに。

 そう喉まででかけたのを飲み込んで問に答えた。


 ――バイトの帰り道(依頼主宅からの帰り道)。

 高林さんが青になった横断歩道を渡らず俺のチャリのブレーキを掴んできた。

 漕ぎ出しそうとしてただけに驚きを隠せない。


「なにゆえですかっ」

「……話がある……」

「話?」

「……コク……」


 高林さんが俺の自転車の前ブレーキから手を離した。

 ネタでちょっと進みたいがここは我慢すべきだよね。


「……今度の……日曜日……プールの練習……見てほしい……」

「あ、もうそんな季節か。いいぞ」

「ありがとう」


「集合は高林さんの家でいいか?」

「……いいの? ……」

「大丈夫」

「……コク……? ……」


 頷いたあとスマホを取り出した。

 数秒画面を眺めて高林さんはこちらを見る。


「……夕飯……」

「ん? 夕飯がどうしたの?」

「……食べていって……だって」


「お母さんが?」

「……コク……」

「行かせてもらいます」

「……分かった……」


 なにかした可能性もある。

 俺は、背中に変な汗が伝ってるなと思いつつ高林宅へチャリを進めた。



 ☆☆☆



 結論から言おう。ただの招かれただけだった。

 あとなぜか靴が一組多かったのだが、聞いてみてもどこか様子がおかしく。

 少し後味の悪い感じで帰宅となってしまった。

 これは見なかったことにしておくのが最善かもしれない。


「そういえば今度の休みいつだ?」


 ある日の朝。朝のHR前に美沙のクラスでダベっていたら一つの間を盗んで明が問いかけてきた。

 高林さんに目線を送る。


「……土曜日……」

「だって」

「分かった。じゃあ、その日は空けといてくれ」

「了解」


 そういえば明と遊ぶの久しぶりだな。

 やっぱりバイトすると距離ができちゃうな。


「あ、凪そろそろ時間」

「お、マジか。戻りまーす」


「またな」

「……お昼に……」

「頑張って」

「いや、なにをっ」


 美沙のボケにツッコミを入れ、自分の教室に戻った。


 ――明と約束した土曜日。やつはまだ寝ているらしい。

 こいつの親が言っていた。枕元で突っ立っていよう。


 約束してるのに寝てるなんてよく彼女出来たな。

 俺が彼女だったら鼻押さえて水飲ませる。


「……んん……」


 眉を動かしたのでちょっと違和感を覚えたようだ。

 念を送ってやろう。


「……お母さん?」

「……」


「ん? ……誰だ?」


 ゆっくりとまぶたが上がった。

 侵入者だとしたら間違いなく今が狙いどき。

 視線が合う。


「よっ。おはよう」


「な、凪っ。うげ、もうこんな時間?!」

「ルーズやろう」

「すみませんでしたっ」


「謝らなきゃいけない相手はいるだろ他に」


 実はあのあと彼女も同行すると言い出しやがった。

 先に言えって話だよな……。


「そうだったっ」


 スマホを取って電話をかける。なにも脱ぎながらかけなくても。

 スピーカーにしたら聞かれたくないこと聞こえちゃうぞ。


「ちょっと紗衣とたわむれててくれ」

「紗衣ちゃんがここにいるわ――けがあった!」

「ぷふ。おはようございます」


 明が見る視線の先に振り向いたら紗衣ちゃんがいた。

 俺の驚きぶりが面白かったのか吹き出している。

 おちおちグチも言えないわ。


 ――たわむれもほどほどに明と共に明の彼女の元へ向かった。


「ルーズルーズ。ルーズルーズ」

「ルーズルーズ」

「いいね、花咲君」

「ホントすみませんでしたっ」


 面白い彼女だ。テンションが高い。

 だが毎日一緒にいたら疲れそう。


「よろしい」

「許してしんぜよう」

「ていうか、胡暖実。凪に謝らないと」


「あ、そっか」

「謝る?」


 明の彼女に謝られなきゃいけないことされてないよ?

 そっちで勝手にすすめるの止めてほしい。


「土手のこと」

「あ〜、あのこと。謝られると逆にキレるよ」

「えぇ!?」


 明をケガさせてしまうかもしれなかったので忠告しておいた。

 明の彼女がオーバーに驚く。

 親友のそういうシーンを目撃してコロコロ土手から転がり落ちて、それを当事者から謝罪されるとかある意味むごいだろ。


「だから言っただろ」

「……じゃあ、どうしたら」

「気にしないことだな」


「え、無理」

「いや、そう言われても」

「いいって言ってるんだから下がるべきだぞ」

「よし、じゃあ明がおごってくれ」

「はい!?」


 突然の話の飛躍にこれまたオーバーにリアクション。

 好きな人って行動似るの?


「うん、分かった」

「分かっちゃうのっ」

「しかも、高いやつ」

「やったぜ」

「胡暖実……」


 彼女の悪ノリにどうしたものかとため息をつく明。

 そのくらい寛容に受け入れてもバチは当たるまいよ。


「付き合ってるんだから」

「理由になってるようでなってないし」

「分かった。こうしよう。美沙のところで許してやる」

「リーズナブルだからってこと?」


「もちもち」

「分かったよ……」

「ミサッテダレ?」


 ギャア! 目が笑っていない!? しかも、なぜに片言!

 知らない女の名前に反応したようだ。

 鳥肌ものだわ、今の。


「凪のファーストレディ」

「えっ……」

「違う違うっ。明っ」

「よし、行こう」


 というわけで、美沙のバイト先。

 最近ご無沙汰だったから丁度いいや。

 案内された席に座る。


「林君。そっちお願い」

「はい」


 美沙の声だ。……林君? あ、この間の新しい子か。

 なんか仲良さげだ。あと距離が近い?


「凪目が怖いっ」

「あ、悪い。なに食うかな〜」


「高いので」

「やっぱりそうだよな」

「程度にしてくれ」


 中の上なら文句ないだろうとステーキ定食を注文した。

 なぜか二人も同じ。しばらくして美沙と林君がそれを持ってきた。

 この量だと二人になっちゃうよな。


「お、お待たせしました。ごゆっくり」

「ごごごゆっくり」


足早に去っていったんですけどっ。

怪しすぎるぞ!

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