第66話「余計なことをいいよった!」
もうすっかり夏を感じる。まだ四月下旬というのに、朝から暑い。
ブルゾンなんて着れない。だが、ネクタイを緩めにしているから脱いでしまうとそれがバレる。
まぁ着てるよね。首周りが苦しいよりは暑い方が耐えられる。
「ほら、早く食べて」
「よく噛まないと」
「そんなこと気にするような年じゃないでしょ」
「いやいや、今のうちからやっとかないと」
早く食べるのは心臓に良くないとどこかで聞いたことがある。
血糖値も急上昇してしまうらしいし。良いことなんてないのだ。
恐らく美沙のことだからもう待ってる。
単純にあいつが時間よりも前に待っていたいタイプなだけ。
「それは、良い心がけ」
「褒められることじゃないよ」
もう少しイジってくるかと思ったらまさかの褒められるというね。
調子狂う。俺は、みそ汁で白米を飲み込むと、食器をそのままに洗面所で歯を磨いて休むことなく玄関を出た。
「あ、おはよう」
花咲が出てくると、美沙は笑みを浮かべてみせる。
不覚にも魅力的に見えてしまった。
快晴で朝日の効果があいまってるのかもしれない。
それが美沙にバレないように彼はつとめてチャリを美沙の横につける。
「じゃあ、行こうか」
「おう」
正直に言えば少し早い出発なのだが、飲み込んでおくのが賢明かも。
先を走る美沙の風でなびくスカートを目に焼き付けて走ること数十分。
我が高校に到着した。自転車を駐輪場にとめる。
「おいっす」
スタンドを立てるが早いか聞き知った声。
手際よくチャリから下りる明は俺になぜか笑いを我慢してるような仕草をしてみせる。
「人を見るなり笑いそうになるとか失礼だなっ」
「そうだよ? 習わなかった?」
「だってまさか知り合いが土手からコロコロ転がっていくのを見てしまうなんて誰が予測できると思う?」
「……な、なんのことかな」
「……?」
バレてたっ。彼女で死角になっていたはずなのに!
てことは、俺が高林さんの親の車に乗っていったのも分かってる?
「知らばくれたって無理だぞ」
「あんな公衆の面前で堂々とキスしてんじゃねぇよ! びっくりしたんだよっ」
「えっ!?」
「でかい声でそんなこと言うなっ。あっちから言い出したんだよ!」
凄い彼女だな。明を取られないためのマウントか?
「んで、そのコロコロ事件も気になる」
「あ、そうそう。それで、偶然にも誰かが通りかかって助けてもらってた。んで、車でどこか行った」
「……」
誰かは分かっていないようだ。このまま逃れることは可能かもしれない。
「知らない人ってことはないよね? 車でどこ行くくらいだから」
「知り合いだよ知り合い」
「まぁまぁそんなもったいぶってないで吐いちゃいなさいよ。高林さんでしょ?」
「吐く前に美沙が行ってるじゃねぇか」
クソ、明のやつ空気読めないっ。芋づる式に泊まったのもバレそうになってるじゃん。
「だから昨日高林さんからメッセージ来たのか。バイトで花咲君借りてるって」
「そ、そうだったのか」
なんと気の利く相棒なんでしょう。知り合って一年とは思えないね。出会うべくして出会った感じ。
「私以外の女子の家に泊まれるんだね」
「これは紗衣に密告っすわ」
「やめろよっ」
「言わねぇよめんどくせぇもん」
「……ていうか、紗衣ちゃんは?」
「友達できたらしいからそっちにいるんじゃないか」
「早いな〜」
俺なんて去年は顔見知り程度だったのに。
フレンドリーな人には分からないだろうけど、初対面の人にどう話しかけようかで一日考え込んでしまう。
なんで明と仲良くなってるのか不思議でしょうがない。
……話しかけられる分にはなんとかセーフなのかな?
「なにやってるの?」
「あ、ごめん」
自分のクラスを通り過ぎるとかどんだけ思案してるんだって話よね。
「眠いの? それともなにか考え事?」
「どっちも違う」
手をあげ、気にするなと美沙に合図して我がクラス。
室内に入ると、美野里さんが俺の席にいた。
「おはよー」
「おはよう。美野里さん」
「花咲君ってモテる?」
「どうした。朝からヤブから棒に」
「この間スーパーで見たんだよ」
「信じてもらえないかもしれないけど、前の人もこの間の人もなにもないよ」
「そういうことにしておくね」
まるで彼女が彼氏の浮気の疑惑を見てみぬふりをしているかのようなものいい。
べつに誤解されていても害はない。
わざと広めたところで美野里さんにもメリットなどないだろうし。
――ランチタイム。いつもの面々。
今日ばかりは一人で食べたかったけど、どこへ行くにもあいつらが来れそうなところばかりで諦めた。
「そろそろGWじゃない?」
「確かに」
「俺は無理だぞ」
「彼女優先にすべき」
「俺は、依頼次第かな」
「私は三日がNG」
「……多分五日は平気……」
余計なことをいいよった!
高林さんめ無表情でなんてことをしてくれる。紗衣ちゃんがめっちゃ顔明るくなったぞ。
「じゃあじゃあ、五日は平気と?」
「……コク……」
「数少ない休みなんですから空けてくださいね」
「わ、分かった」
「夏休みについては私も空けといてと前もって言っておく」
「了解」
マジでなんなの。俺が気づかないところで高林さんになにかしてしまったか?
心当たりがまるでないから変に謝るのは違うと思うし。
あと表情の変わらないお人だから判断のしようがない。
「午後は授業なに?」
「俺は数学だった気がする」
「数学か……」
「なんだったら変わってやるぞ」
「いや、無理だから」
「え、ウィックがあればなんとか行けるって」
「いやいやいや、胸ので具合が……言わせないでよ」
「なにも言ってねぇよ俺。勝手に自爆したんだろ」
我が幼なじみはいつからそんな人に冤罪をふっかけるような感じになってしまったのでしょう。
自分の胸を片手で触りながらシュンとしている美沙を尻目に今日のメインディッシュであるプチトマトを頬張った。
☆☆
GWは例年決まって明達と過ごしていただけあって、一人でいることに違和感を覚える。
休みだというのに変な感じだ。さて、休みといえどもバイトはあるわけで。
今回のバイトは、町が運営している図書館の本整理。
そんなもの職員いるのではないかと思うが、近年耳にする人手不足はどこも同じなようである。
「ごめんなさい。放課後に来てもらって地味な作業は苦痛かもしれないね」
「いえいえ、お気になさらず」
「悪いわね。二時間後には終わりにしてもらっていいから」
ニ時間は譲歩したことになるのか。いやまぁうん。ありがたく受け取っておこう。
「……」
「高いところは無理しないでこっちにお願いな」
「……コク……」
たかが本といえども頭に当たれば痛い。
たくさん芋づる式に落ちてきたら怪我を負う可能性だってある。
そんなことになったら高林父になにされるかわかったもんじゃない。
「……あ……」
「え! 言ってるそばからっ」
莉音奈の父親の顔を思い浮かべていた矢先のアクシデントにとっさに彼女に覆いかぶさる花咲。
背中に本の衝撃が数回。痛いんですけど。
血が出ないまでも青あざにならんこともないレベル。
目前に高林さんの顔。目はこちらを見据えている。
「……大丈夫? ……」
「痛かったけど大丈夫。高林さんこそ怪我は?」
「……フルフル……」
髪を揺らし、莉音奈が首を横に振った。
それはそうだろうけど、良かった。
……仕事は増えてしまったが。高林さんから離れる。
小柄だな、改めて。俺の身体にすっぽり覆われてた。
「……終わったら……背中……」
「大丈夫だよ。気にしないで」
「……フルフル……手当てしないと……」
「いや、いいよ」
美沙になら平気だけど高林さんには身体見られたくない。嫌とかではなく。
「……分かった……」
「高林さんに手当されるのが嫌とかじゃないからな?」
「……コク……」
なんかわずかに傷ついてるような気がしたから補足しておいた。
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