第56話「ギャルゲーにはつきものがあるでしょ」

「たまに神風は吹かないかなって思うけど」

「やっぱりまじまじ見てるじゃないですか」

「いやいや、ずっとは見てない」

「お前それ以上言うとなにか失うぞ」


 なにかってなんだよ。

 紗衣ちゃんの俺への好感度だったら失っても構わないけど。


「じゃあ、注文しようかね」

「男はみんなそんなもん?」

「ラッキースケベは狙ってるかもしれない」

「ふぅ〜ん。普通ってことか」

「だろうな」

「俺決めたけど」

「早いな。腹減ってたのか」

「だってもう昼だぞ」

「あたし凪君と同じもので」

「じゃあ、俺も同じのにしよう」

「ドリンクバーは一つでいいからな明」

「あ、そっか」


 明がタブレットを操作しているので忠告しておいた。

 無意味なものでもたまにそのまま注文が通ってしまう場合があるからな。

 しばらくして注文した煮込みハンバーグがきた。美味いものは無言で食べてしまうもので大半を食すまで一言もかわさぬまま堪能。


「美味しかったですね」

「口元にタレ? ついてるぞ」

「ありがとうございます」


 紗衣は花咲の指摘に紙ハンカチで拭うと

「手ごねしてるって書いてあったので同じのにしたんですけど、想像以上でした」と彼に微笑んだ。

 笑顔って人をよく見せるな。ちょっとドキッとしてしまう。


「機械で作っててもそんな大差ないと思うが?」

「それは、冷凍のハンバーグばかり食べてるから差がわからないんだよ」

「いやむしろそればっかり食べてるから違いに気づくんじゃないのか?」

「……自分で自分の発言否定しないでよ」

「え?」


 あっぶねぇ。

 明の変な“え?”に吹き出してしまいそうになった。

 店で噴水してしまったら今後出禁になりかねない。


「まぁうまいのに変わらないんだから別にそんな深く掘り下げなくてもいいじゃないか」

「そうですね。ごめんなさい」

「別に謝らなくても」

「あ、小堀先輩」

「ホントだ。……」

「なんか仲良さげ?」

「この間の新人さんだね」

「……」


 急に心ここにあらずになった花咲は食べ終わった食器にナイフでギコギコしだした。

 その様子を見て新川が「お、おい凪。もう食べ終わっただろ」と彼の腕を掴み制する。


「あ、おう」

「凪君気にしないことですよ」

「そ、そうだよな」

「帰りましょう。お兄ちゃんお金出して」

「仕方ない。奢ろうじゃありませんか」


 早々に切り上げる一行。場所を変え新川家。

 テンションガタ落ちの花咲をなぐさめる会を立ち上げる新川兄妹。


「多分バイト仲間として話してるんじゃないか?」

「そうですよ。小堀先輩はフレンドリーですからね」

「美沙はそうなんだよな……。ていうか、なんで俺がこんな思いしなきゃいけない」

「でも、幼なじみなんですから好きじゃなければ応援するというのも一つの策ですよ」

「確かに言えてる」

「そんなことは分かってるよ」

「あたしはどうですか?」


 唐突に自己をアピールしてくる紗衣に「何が?」と訝しげな表情で花咲が答える。

 なんども言わせないでほしい。

 紗衣ちゃんは親友の妹っていう認識に変わりはないって。


「好きになってみませんか?」

「……斬新。気持ちは受け取っておくよ」

「ね、ネタじゃなかったんですけど?」

「ありがとうありがとう」


 まともに聞くからダメなんだな。

 何度も頷いて聞き入れませんと言わんばかり。


「お兄ちゃんっ!」


 そんな花咲をみて紗衣はバッと兄の明に顔を向ける。


「え、俺のせい!?」


 えん罪をふっかけられ、驚愕の表情の明。

 と、その時花咲のスマホが音を奏で始めた。


『もしもし?』

『おう、どうした』

『来てくれてたんだね』

『紗衣ちゃんが行きたいって言ったから』

『紗衣氏が言ったからか』

『休憩か?』 

『うん、休憩。今日ゲームしに行くから』

『……おう』

『じゃあ、切ります』

『おう、またな』


 やり取りを終了し、花咲が一息つく。


「「カップルかっ」」


 間髪入れずに新川兄妹が突っ込んできた。

 こういうとき息ぴったりになられても困る。


「踏み入るすきもありませんよ。でも、ふみいりますけど!」

「カップルじゃないから。あと程々にしてくれな?」

「それは絶妙なさじ加減に調整します」

「いや、やらないでもらえるとなお助かるけど」

「ちょっと無理な相談ですね」

「ま、マジか……」


 アピール宣言されてしまったよ。

 ――そろそろ夕飯時ということで、帰宅の都についたら問題の美沙が手を振っていた。


「来た来た」

「どうした? まだバイトのはずじゃないのか?」

「なんかいつもの男の子が様子変って聞いたから」

「見られてたのか……」

「顔われてるからね。あと新人君と話してるの見てからおかしくなったって言ってた」


 あー……。もうあのお店行くのやめよう。

 筒抜けじゃないですか。


「そうか。気のせいだろ」

「本当に?」

「寒いし、中入ろうぜ」

「それもそうだね」


 ほぼ美沙の言葉を無視した。

 だが、身体的には無視できず、俺は美沙を自分の家に上げることになってしまった。

 ちゃっかりココアを飲んで温まる自分がいたり。


「流れでこうなったけど大丈夫なのか?」

「全然平気。まだ夜ご飯まで時間あるし」

「ゲームくらいしかないけど、なにやるか」

「これなんていいんじゃない?」

「なんでよりによってギャルゲー選ぶ。見てるだけになるけど」

「選択肢アドバイスできるじゃん」

「いいなら別にいいけどさ」


 女子とギャルゲーやるって……。

 起動してロードする。

 ちょうど二人と同じようなシーンが展開していた。


「なんか私達みたいな流れ?」

「ほぼまんまだった」

「一瞬びっくりした」

「ていうか、取材してやったのかと思うくらい」

「盗聴されてるとかないよね?」


 あるわけ無いだろそんなこと。

 フィクションだから。

 部屋を見渡す美沙に冷静に心中で突っ込む花咲。


「知り合いしかここに入ってないし」

「まぁ、そうだよね」

「そもそも幼なじみとやるようなゲームじゃないよな」

「そう? 別に普通じゃない?」


 普通ではないだろ明らかに。

 ギャルゲーにはつきものがあるでしょ。

 それを女子と二人で見るとか誰も想像してないと思うんですけど。


「絶対出てくるだろ。エッチなシーンが」

「コンシューマ版でも最近際どいのあるよね」


 なにを冷静にしみじみココアを飲んでるんだ。

 ていうか、それもうぬるいだろ。


「どうせなら年齢制限つけて出してほしい」

「凪買えないけど?」

「……ちっ」


 うっかりしてた。舌打ちをする花咲に「そういえばさ、バイトのときのあれってやきもち?」と苦笑いを早々に切り上げ探るような表情になった。


「……違う」

「えー、さっきこのゲームとさっきまでの私達似てるって言ったよね?」

「ち、違う部分もある」

「へぇ〜。そういうことにしとく。さて、私もなんかゲームやりたい」

「じゃあ、格ゲーやろうぜ」

「もっとなんかないわけ?」

「いや、あるけど。美沙好きじゃないじゃないか」

「困ったことにね。アクションの方が性に合ってる」

「だろうと確信しての格ゲー」

「私のことよく分かってるってことか」

「そういうことになるな。喜んでいいぞ」

「喜ばないという選択肢を選ぶ」

「はいはい。言っとくけどあまり熱中しすぎないようにな」

「分かってるって。私だってお腹減ったもん」


 と言ったが早いか、腹の虫が隣から聞こえてくる。

 格ゲーをセットしていざ対戦スタート。

 序盤は五分五分の戦い。

 先に戦況を有利に持っていったのは花咲。

 美沙が徐々に壁へ追い込まれていく。


「今までは肩慣らし」

「そうは見えなかったけど?」


 流れるように追い込めた印象だったけど。

 美沙は人一人を殺めてしまいそうな目つきで防御に徹している。


「……五本先取に変更」

「長いってっ」

「うるさいな」


 機嫌が悪くなりました。

 美沙さん負けず嫌いだからな……。

 わざと負けないと夕飯抜きになってしまう。


「そろそろ夕飯だよ」


 扉を閉め忘れていたか母上が邪魔をしてきた。

 普通こういうときに声かける?


「こんにちは。すみません勝負中なので」

「あ、そうなの。じゃあ、決まったら食べてね」

「? ありがとうございます」

「多分美沙のも作ってあると思う」

「私が来たって言ったっけ?」

「靴じゃないか?」

「なるほど」


 表情の柔らかくなった美沙を眺めていたら、自キャラがダメージを負った声を上げた。


「あ、せこい! 油断させといてっ」


 こうなりゃ手加減なんてしてやらん!



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