第55話「全ヒットする兄」
テーブルの上にラッピングされたチョコを置く。
いやいや、今年は良い年になりそうな予感。
「あれ、さっきのチョコじゃないよねそれ」
「……」
油断したっ。そういえば内緒にしておけって紗衣ちゃんから言われたんだった。
隠す理由が謎すぎて隠すこと忘れてたよ。
「新川君からもらったの?」
「だとしたらどう思う?」
「友達同士でも渡すんじゃない?」
「だったらさっきのチョコでいいだろ」
「……茶番はここまでにしよう。新川妹と高林さんでしょ」
急にまとめだした。気づいてるなら泳がせるのやめようよ。
信用問題よこれ。
「そうだよ。本人から内緒にしとけって言われたけど」
「凪君悪い子だ」
「油断したんだよ」
「隠す気だったんだ」
「内緒って話だったからな」
「じゃあ、誰が一番美味しく作れてるか食べ比べしよう」
「なにがじゃあだかいまいち分からないけど、堂々と食えるしいいぞ」
これは良い提案。やっぱり隠し事は苦手だ。
あとストレスで味が分からなかったかもしれない。
「答え言うまで長いよっ」
「まぁまぁいいじゃないか。早く食べようぜ」
「味分からなくなるから水飲も?」
言いながら美沙は立ち上がってキッチンに入る。
そんな彼女の動きに「まるで自分の家かのような機敏さだな」と苦笑いを浮かべた。
「幼なじみだから」
「隣同士に限ると思うぞ?」
「他の人なんて気にしない。早く食べようよ」
「誰のから食べる」
「それはもちろん私のから」
戻ってきてイスに腰を下ろす。
そう言って美沙は透明な袋に水色で文字の書かれたそれを開けた。
「強靭なメンタルだな」
「あとからだとドキドキして味分からないもん」
「そういうパターンもあるのか」
「いいから早く食べて」
「分かった。……」
「どう?」
美沙が不安そうに首を傾けてくる。
チョコって味の違いってそこまでないけど。
ただ言えるのはマズくはない。
「普通に美味しい」
「普通か……」
「……がっかりすることはないんじゃないか?」
花咲は自分の感想に肩を落とす美沙に疑問を投げかける。
美沙が用意してくれた水を一口含み彼は彼女の顔から次のチョコへ視線を落とした。
「喜んでいいのか微妙じゃん」
「喜んでいいんじゃね? 次は紗衣ちゃんのチョコだな」
「凪これ本命チョコだよ」
「マジで」
「本当に紗衣氏は凪君に好意抱いてるんだね」
「嬉しいけど、全ては受け取れない」
「お返しは義理を強調したほうがいいと思う」
「だな。他にいい人いっぱいいるもん」
「学校にいないもんかね?」
「いないんだろ恐らく。……あ、ちょっと苦い」
「ていうか、焦げてる」
「ごめん、紗衣ちゃん。気持ちは嬉しいから」
「いないんだから大丈夫だって」
「まぁそうなんだけど……。あ、美味しいっ」
美沙の一言に罪悪感を払拭できたか花咲は莉音奈のチョコを流れで口に含んだ。
よほど美味しかったようで驚いたような仕草を見せる。
「それは、高林さんの?」
「うん。さっきのとは違う」
「え〜、そんな違う?」
「違う」
「……うわ、美味しい。勝者高林さんっ」
「じゃあ、ホワイトデーでお返ししますか」
「いや〜、この味は中々すごい……」
あごに手を当てまるでパティシエが一般の人が作ったものを食べて唸ってるようだ。
お返しマジで適当には返せないな……。
中々に今からプレッシャー。
――美沙が帰って自室。
スマホをズボンのポケットから取ると受信を知らせるライトが点滅していた。
どうやら紗衣ちゃんのようだ。
[紗衣:チョコどうでした?]
[花咲:せっかくもらって言いにくいけど、焦げてた]
心を鬼にして。これは紗衣ちゃんのためでもあるんだから。
[紗衣:ごめんなさい]
[花咲:失敗して上手くなるんだから大丈夫だよ]
[紗衣:ありがとうございます]
[花咲:将来の彼氏にはいいチョコあげられると思うよ]
[紗衣:ありがとうございます。そういえば小堀さんのバイト先行きたいです]
[花咲:ずいぶん唐突だね]
この子は話題が尽きない子だ。
チョコのことはさほどメンタルにダメージを受けていないようだ。
羨ましい。その強いメンタル。
[紗衣;今度のバイトの休み一緒に行ってください]
[花咲;別に構わないぞ]
[紗衣;やったー!]
[花咲;ちなみにデートじゃないからね?]
[紗衣;はい、おでかけです]
[花咲;じゃあ、休み決まったらまたメッセ送るよ]
[紗衣;お待ちしてます]
「そろそろ夕飯だから降りて来なさいバカタレー」
「一言余計だぞ!」
下からのババァの失礼な呼びかけに注意し、俺は階下へ向かう。
ていうか、いつ帰ってきたんだよ!
さては、潜んでたなっ。
――バイトが休み。事前に紗衣ちゃんに報告して約束したので今紗衣ちゃんと落ち合うことになった。
そしてなぜか明もいた。
「なんで俺まで行かなきゃいけないんだよ」
「なんか緊張してさ。お兄ちゃんいたほうが落ち着くかと思って」
「嬉しいこと言われてるはずなのに嬉しくない」
「俺も明が同行してくれて助かってる」
二人きりはなにかとリスキーだからな。
誰かがいた方が抑制になる。
「二人してそんなこと言ったって奢らないからな」
「言わなきゃおごってくれるはずだったのか?」
「それは、ない。紗衣のは出すとしても凪のは絶対ない」
「ひいきだ」
「お兄ちゃん。おごって?」
秘技上目遣い! これは防御不可能な攻撃だっ。
そしてまんまと「しょ、しょうがねぇな〜。凪のもおごってやるよ今回だけは」全ヒットする兄がここにいる!
自転車で美沙のバイト先。店員に案内され、腰を下ろす。
「なんであんなにスカート短いんだろうな」
「うちの高校がちょっと長いから錯覚でそう見えるんだよ」
「あ、そうなんだ」
「凪君変態さんなんですね」
「……へんたい?」
まさか紗衣ちゃんからそんな言葉を受けるとは思わなかった。
しかも、なんて素晴らしい笑顔で言うのだろうか。
「そんなに詳しいってことはまじまじ女子を見てるってことですよね?」
「いや、美沙のを見てた」
「まじまじと?」
「それは違う」
「あ、違うんですね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます