第54話「言葉だけ引き抜いたら初々しいカップル」

「お兄ちゃん余計なことしないで」

「してないけど分かったよ」

「……そろそろチョコ……」

「もう大丈夫かな」


 お湯の張ったボウルにボウルを入れ、刻んだチョコを温めること幾分。

 美沙がプラスチックのヘラでかき混ぜる。


「……コク……」

「このチョコ使って型に流し入れて」

「おー、こうやって作るんだ」

「中々作るところなんて見られないからな」

「良い経験と言えば良い経験か」

「ていうか、明は彼女いたよな」

「……覚えてなくていいよ」

「忘れるわけないだろ。衝撃的だったんだから」

「そんなに?」

「そんなに。縁遠いと思ってた」

「ちょっと失礼な気もする」


 気のせいじゃなくて失礼だろ。

 自分でそう言っといてなんだが。


「いや、気のせいだよ気のせい」

「あ、そうだ。これ彼女にあげようかな」

「斬新なバレンタインになりそうだね」

「え、ダメ?」

「ダメではないんじゃない? ただ斬新にはなりそうだけど」

「これは友チョコ用だから新川君彼女の分はないよ?」

「え、あ、そうなの。じゃあ、友情優先にするよ」

「嬉しいこと言うね」


 食べあって新しいバレンタイン。

 終わって片付けをしていると、紗衣ちゃんがさっと近づいてきた。


「あ、あの。凪君」

「どうした?」

「今作ったチョコとは別にあたしからチョコです」

「さ、サンキュ」

「他の人には内緒ですよ」

「もちろん言わない」

「ホワイトデー楽しみにしてます」


 ホワイトデーを催促して紗衣は微笑む。

 プレッシャーになるとは思わないかね?

 片付けが終わって解散となり、高林さんを送り届ける。


「待って……」

「どうした?」


 帰ろうとして高林さんには珍しく声を張り俺を呼び止めてきた。

 なんだろうか。チョコはさっき渡しあったし。


「……チョコ……」

「さ、サンキュ」

「……コク……」

「ホワイトデーちゃんと返すから」

「……分かった……」

「じゃあ、また学校でな」

「……コク……」


 まるで言葉だけ引き抜いたら初々しいカップルじゃね?

 そんなふうに思いながら自分の家に帰還する花咲。

 彼がチョコを冷えてる部屋におこうとリビングに入ると美沙が右往左往していた。


「うろちょこじっとしてねぇな」

「ほぼ私の家のようなもんじゃん」

「鍵は合鍵だから。あとなんでまだいるんだよ」

「友チョコじゃなくて義理チョコもあげる」

「サンキュ。ホワイトデーちゃんと返すから」


 なんでみんな影で渡してくるんだ?

 義理なんだから見られても困るものでもないと思うんだけど。


「了解。きちんと覚えたからね」

「忘れたくても忘れられないから」

「なんか記憶の仕方が嫌だけど、大目に見よう」




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