第52話「新たな一面を垣間見た」
放課後になり、学校を離れて自転車で依頼主の元へ走る。
先を行く高林さんのシャンプーの香りを楽しみながら数十分。
赤信号で止まったら高林さんがこっちに肩ごしに振り向いた。
「……今日は……小さい子の子守……」
「そうなんだ。やっぱり平日だと目届かなかったりするもんな」
共働きが多いらしいからな。
いわゆる鍵っ子も必然的に発生するわけで。
それが不安材料になるのは分かると思う。
かくいう俺も鍵っ子だから。
「……今回は……小学生……」
「最近物騒だからな。いい判断」
まぁ、一番いいのは身内にお願いするのがいいわけだけど。
ものすごく極論を言えば、完全に安全な人なんて夫婦以外いないっていうオチもあり得たりするが今回はなかったことにしよう。
「……女の子……」
「……マジか。高林さんが主に対応してな。俺はサポートに回るから」
「……コク……」
「身体触られたとか言われたらバイトどころか人生が終わっちゃうから」
「……分かった……」
青信号に変わり走ること数分依頼主の家に到着した。
インターホンでやり取りをし中から扉が開くのを待つ。
ガチャ「……どうも」
ドアから首だけを出し会釈。
怪しくないと高林さんを見て思ったのか中へ入れてくれた。
「今日はよろしくね」
「はい、よろしくお願いします。リビングへどうぞ」
ひょこひょことポニーテールにした髪が歩くたび左右に揺れる。
ツインテールもいいけど、ポニーテールもまた捨てがたいな。
「お母さん来るまで俺達いるから」
「分かりました」
「……なにか……やる? ……」
高林さんがスクールバッグをまさぐりだした。
だが、「おままごと」と依頼主の子どもはそう言って部屋の隅へ移動する。
「おー、やろうやろう」
「……設定は? ……」
「お兄ちゃんとおねぇちゃんが付き合っててあたしが浮気相手」
凄いマニアック。
説明しながら振り返る依頼主の子どもの手には薄い本みたいなものがあった。
あれ、小道具は?
「なんかやけに生々しいけど」
「……最近は……主流……らしい……」
「マジで……」
「名前はお兄ちゃんがゆうたで、おねぇちゃんがいおり。あたしがのりで」
「了解」
「今日のために台本も作ったから」
「凝ってるね」
「じゃあ、少しだけ時間作るから覚えてください」
そう言ってさっきの薄い本を渡してくる。
覚えてくださいって一冊だけなの?
「……コク……」
「覚えられるかな……」
二人で一つの本を見るとか近くなるじゃん。
美沙とは違っていつもこの距離じゃないから胸がドキドキしてるっ。
聞こえないといいんだけど。
そんなこんな身に入らないまま時間だけが過ぎ本番になってしまった。
「え、一回本読みやらないの?」
「……ほん読み?」
「うん、なんでもない」
そうでしたそうでした。これはおままごとだったですな。
マニアックな内容だったからそれも知ってるのかと思ったわ。
「じゃあ、始めます」
女の子は短く手を叩く。なんか緊張してきた。
俳優の人凄いな。
「その子誰よ」
「あ、えと……」
「……」
「カット! おねぇちゃんちゃんと演じてっ」
どこぞの監督を彷彿とさせるカットのかけ方をして女の子は高林さんにクレームを言う。
この子は大きくなったら凄い監督になりそうな予感。
「じゃあ、もう一回行きます」
ホントにこの子小学生か?
中身が違う説あるんじゃないだろうか。
なんてバカなことを思っていたら女の子はおままごとをスタートさせた。
「その子誰よ」
「あ、えと……」
「あんたこそだれよ」
高林さんがまともに喋った!?
しかも、普段聞いたことのない声。
演技って凄いっ。
「ふん、ゆうたの女だから」
「どういうことゆうたっ。私は遊びなの?」
クワッと振り向きざま睨まれた。
ちょっとクセになりそう。
不安そうな表情に「ち、違う。本気でいおりが好きだ」思わずくちごもりそうになる。
ごまかそうと高林さんの目を見据えて肩を掴むと、耳まで真っ赤にされてしまった。
カァーと体が熱くなるのを感じる。
「ちょっとあたしは!?」
「遊びに決まってんだろ」
「今後一切近づかないで!」
もはや演技に見えない。
女の子に向かって吠える高林さんが別の誰かに見える。
「嫌よ。あたしはこの人が好きなのっ」
「私は死んでもこの人と結婚するわっ」
「させないわよ絶対に!」
普段もこのくらい話してくれると嬉しいんだけど。
ガチャリ。「なにごとかと思ったら」
ドアが開いた。依頼主が笑みを浮かべて入ってくる。
あ、もうそんな時間なんだ。
熱中してたから時間の経過が早いんだな。
「あ、おかえりなさい」
「ありがとうございます。お付き合いいただいて」
「いえいえ」
「この子のおままごとリアルって友達から評判で」
「はい、とても。まるで昼ドラか夜のドラマを彷彿とさせる内容でした」
「ふふふ。ありがとう」
特段褒めたつもりはなかったんだけど、それを指摘するのは水を指すようで悪い。
俺は、礼を言われたので帰るタイミングは恐らくここと思いリビングから玄関へ向かう。
「それでは、俺達はこれで」
「あら、夕飯食べていかない?」
「いえいえ、大丈夫です」
なんとなくだけど続きをやりそうだから断る。
女の子はゆっくりと手を振っているが、表情は浮気相手役。
「分かった! これからデートなのねっ」
「んまぁ、そんな感じです。それでは失礼します」
「またお願いね」
「ばいばい」
目が死んでるばいばいほど怖いものはない。
玄関を出て、自転車。クイッと裾を掴まれた。
「……これからデート? ……」
「いやいや、肯定しとかないと帰れないかなと思って」
「……冗談……」
「冗談かいっ」
「……帰ろう……」
「そ、そうだな」
中々思ってることが読めないな……。
高林さんの新たな一面を垣間見たバイトだった。
個人的に今日の高林さんも良いかもしれない。
☆☆☆
ある日の放課後お互いのバイトが休みというのが美沙にバレており、服選びを付き合ってくれと誘われてしまった。
せっかくゆっくりしようと思ってたんだけどな。
「服選びなんて女子友達と行けばいいじゃないか」
「なんか趣味が合わないんだよね」
「多分美沙がズレてるんじゃないか?」
「おしゃれは自由だよ」
「それを言われたらなにも言えないわ」
「そんなわけだからそそくさと行くよっ」
「はいはい」
安全運転のはんちゅうでデパートまでこぎを早くした。
「さすが月曜日。混んでる」
デパート二階。洋服屋さんへ到着した。
中高生の部活が月曜日は休みということもあり、学生服で店内はいっぱい。
「知り合いいたらなんて言い訳するんだよ」
「そんなもん幼なじみだからっていう」
「返されるだろ。幼なじみイコールどこでも一緒ではないと思うぞ」
世間では疎遠になってる人多いというのに。
井の中の蛙とはこのことか?
「前にもいったけど、いま普通だから」
「……美沙が言ってくれよ」
「分かったいいよ」
花咲の意見が気に食わないのか、代弁するのを了承するもその表情はいいものではない。
だいたいこういうときに限って知り合いに遭遇するのだ。
「にしても男性の服よりも女性の服のほうが売場面積広いよな」
「女性には色々あるんだよ」
「ふ〜ん」
勉強になったことはなった。
将来女性の服選びに同行する際は寛大な心を持っていよう。
「あ、偶然ですね花咲先輩っ」
「うわぁ!?」
「っ!? 新川妹!」
突然の呼びかけに花咲と美沙が飛び跳ねる。
本当に知り合い来ちゃったぞおいっ。
「名前がありますっ」
「なんで紗衣ちゃんがここにいるんだよ?」
「いていけないところではないと思います」
「そんなのは分かってるから」
「買い物にきたのです」
「嘘だね」
「嘘?」
しらばっくれた様子の紗衣。
どうしよう。俺このままだと人を信じられなくなりそう。
「お兄ちゃんからリークされたんでしょ」
「はて、なんのことやら」
「隣にいたから新川君」
「バカお兄ちゃん……」
「はい、ビンゴ」
「もう一緒に見ていけばいいじゃんか。揉めてると目立つしさ」
修羅場の当事者になるにはまだ早いんだよ。
二人と距離を開けて仲介に入る俺であった。
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