第51話「レアパターン」
なんの変哲もない平凡な朝。
朝食をとり終え、いつもの美沙との待ち合わせ時間までの間ゆっくりしてるのだが、そういうときほど時間が経つのは早いものでそろそろとなっていた。
母親の方も毎日のことで日課になっているのか「あ、そろそろ時間じゃない?」と促してくる。
正直見れば分かるので黙っててほしいよね。
「分かってるよ」
「寒いんだから温めてあげないとだめだからね」
「ホッカイロ持ってると思うぞ」
恐らく母親が言いたいのは身体で温めてあげろというボケなのだろうが、ここはスルーするのが逆に面白いと思って真面目に回答しておいた。
「突っ込んでくれないと私のメンタルがっ」
「はいはい」
「朝からにぎやかでしょうがねぇな」
「いいじゃない賑やかのほうが」
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
夫婦で会話を始めたらチャンス。
この時を待っていた。
脱出に成功し、玄関を出ると、こっちを見るなりまるでお花がキレイに咲いたときのような見とれてしまいそうになる笑顔を見せてきた。
悪意のない笑みってこんなにも素晴らしいのか。
「あ、おはよう!」
「おはよう。俺が外出たら美沙も出てくればいいのに。風邪引くぞ?」
そう。俺を発見し、笑みを浮かべるということは、美沙のやつは結構な時間待っているはずなのである。
冷えは免疫を下げるらしいから風邪を引いてしまうリスクが上がってしまう。
「その時は看病してもらうから」
「いや、そうならないように頑張ってくれよ」
「今日ってバイトあるの?」
「話変えるなよ」
「今日ってバイトあるの?」
壊れた機械のように繰り返し問いを投げてくるので折れることにした。
短く深呼吸をして「……今の段階ではなんとも言えないな」と素直に返答しておく。
どちらかが折れればケンカにはならないとウチの親父が言っていた。
「分かった。凪ホッカイロ持ってない?」
「俺が手温めてやろうか?」
「自転車通学なのにどうやって?」
「あ……」
冗談で言ったつもりが誤算が大きな攻撃に。
急に恥ずかしさが身体を熱くした。
湯気が出てないといいんだがな……。
「気持ちは受け取っておくよ」
「今のはなかったことにしてくれ」
「ガッツリと記憶しましたので安心してくだされ」
「むしろ不安でしかない」
「どういう意味」
「自分で考えてくれ」
他愛もない会話しながらもう見慣れた学校に到着。
駐輪場にチャリを停め、美沙はまたがったまま屋根を見ている。
「髪の毛乱れてる?」
髪の毛を気にしていたようだ。
そんな乱れてないけどな。
「大丈夫じゃないか?」
「手ぐしでなおってる気がしない」
「安心しろ。俺が大丈夫だって言ってるんだから」
「いや、不安」
ひどい……。グサってきたよ。
花咲がショックを受けていると、「あ、あの」と見知らぬ男子が美沙に声をかけてきた。
二人は顔を見合わせ首を傾げる。
「小堀さん。付き合ってください!」
「……へ?」
「……」
公開告白っ!? 告白シーン初めて見た。
周りの生徒も突然のことに視線を送ってくる。
なるほど。目立てば断れないだろ魂胆か。
うちの幼なじみはそんなのには影響されないぞ。
「あ、あの誰かと勘違いしてませんか?」
「それはないだろ。小堀さんって言ってたぞ」
「あ、そっか」
「返事を聞かせてください」
「ごめんなさい」
「……答えてくれてありがとう」
切り替え早いな。
礼を言ってすぐ踵を返して俺達に背中を向けて去っていった。
「び、びっくりした。ていうか、誰なの彼」
「多分クラスメイトではないと思う」
あんな打たれ強い子見たことない。
公開告白なんてたいそれたことは我がクラスの男子には無理である。
「だとしたら名字知ってるの怖いよね」
「いや、名札があるだろ」
「まぁ、いずれにしてもさきに友達から始めてくれないとじゃん」
今どきなのかその考え?
人によるから一概に言えないかもしれないけども。
この間似たようなこと俺が言って今どきじゃないって誰かが言ってたんだよな。
誰だっけ?
「そうだな」
「友達から始めてくれるならワンチャンあった」
「初見の相手で?」
「……無いか。寒っ」
身体を震わせ、昇降口へ歩き始める。
そんな美沙の後ろ姿から少し焦燥感を抱く花咲であった。
☆☆☆
聞いてる風を出すこと四時間とちょっと。
昼食タイムに突入した。
いつもの中庭のベンチで女子二人の間に挟まれている。
こんな座り方だっけ?
「ねぇ、聞いてよ高林さん」
「……? ……」
高林さんは美沙の呼びかけに人間の言葉が分からない犬の首の傾げ方をして応える。
箸にはたまご焼きが挟まっていた。
俺の前に身を乗り出してくるからちょっと身体が当たってくるんですけど。
弁当箱落ちたらどうする気だっ。
「今日の朝さ告白されたの」
「……どこで……」
「うーんとね、駐輪場」
「……人だかりあった……」
「あ、やっぱり。返事は断ったんだけどね」
「……コク……」
「かわいそうに」
地面に腰を下ろしている明が男子の肩をもった。
本当にこの子は彼女いるのか?
まさか二次元の彼女とか言わないよね。
ていうか、なんで今日はここにいるんだ?
いつもは他のやつらと食ってるはず。
「好きでもないのにオッケーしたらそれこそかわいそうじゃん。愛してないんだから」
「まぁ確かにな」
「あと告白するならもっと人気のないところでしてほしいね。まぁ目立ってしょうがなかった」
「うんうん。断らせないやり口では今回無かっただろうけど」
「……食べよう……」
中々終わらない俺達の話にしびれを切らしたか高林さんが玉子焼きを食べ始める。
口の中がたまご焼きっぽい味になった。
「そうだな」
「あ、凪のお弁当にタコさんウインナーっ」
「あげないぞ」
「……からあげあるよ?」
「も、もらおうかな」
「やった!」
小さい子のようにはしゃいで俺の弁当箱からタコさんウインナーを拉致っていく。
唐揚げ唐揚げ〜♪
それを食べようとして高林さんがこちらを見てることに気がついた。
「どうした高林さん」
「……それ……止めたほうがいい……」
「モグモグ……。どれ?」
美味そうに味わったあと美沙が高林さんを見る。
ま、まさか高林さん対美沙?!
レアパターンは起きないでくれ。
「……食べ物の……交換……」
「どうして?」
「……他の……人に勘違い……される……」
「実際俺は未だにお前らが付き合ってないのを信じてないからな」
高林さんの意見に明も上乗せしてきた。
付き合うことになったらちゃんと報告するし。
振る舞いがそう見えてしまうのはお互いを信頼してるからだと言っても認められなさそうなので言わないでおく。
「幼なじみだし男友達のはんちゅうよ?」
「俺も」
「まぁさすがに急なラブコメ的な出来事起きたら平静ではいられないかもだけど」
「それはやっぱり男と女だから」
「だけどそれいかでもそれ以上でもない」
「うんうん」
「交換こも姉弟みたいなもんだから」
「なんか美沙が上っぽい言い方だな今の」
「気のせい気のせい」
「幼なじみってなんだかなぁだな」
俺達のやり取りを見て複雑そうな顔を見せる。
こっちがなんだかなぁだよ。
ブブッと振動音。俺ではない。なんか隣から聞こえたような気がする。
そこに振り向くと、高林さんが俺を見ていた。
「……花咲君……バイト……」
「オッケー」
「……また今度にするか」
「また今度?」
「うぅん、こっちの話」
気になる……。ていうか、聞かれたくなかったら声に出して言うなよ。
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