第49話「ズボン下ろす意味ー!?」
終始無言だった……と言ってもあまり口数のないに等しい高林さんだが、いつにもまして口を開かなかった。
違和感を覚える。かと言って指摘するわけにも行かず自転車に戻ると、「……あの……」高林さんの声が耳に入ってきた。
「ん? どうした、高林さん」
チャリにまたがり高林さんの方へ振り向く。
「……コク……新川君……の妹さん」
「紗衣ちゃんがどうした?」
「……二人で……行きたいんじゃないかな……」
あまり視線を合わせずにそう言った。
長く接してないのによく分かるな。
やっぱり女同士だから通ずるものがあるのかもしれない。
だが、そんなことは俺も認識している。
「だと思う。実は好意的なのは分かってる」
「……その気……ないなら……伝えた方がいい……」
「直接的なのは傷つけるから間接的にアピールしてるんだよ。上手くはいってないけど」
「……頑張って……」
「あ、ありがとう」
予想に反した言葉が来て花咲は拍子抜けしてしまった。
もう少し食ってかかってくると思ったからだ。
「凪寒い。高林さんまたね」
「……コク……」
なぜか後ろ髪を引かれてしまう。
紗衣のところへ向かうまでの間ずっと気がかりでならない花咲であった。
☆☆☆
温水プール施設へ向かうと、紗衣が花咲の存在に気がついた。
パァと笑顔になってシュッと訝しげな表情に。
忙しい子だな。
「なんで小堀さんがいるんですか!」
近づいてくるなり抗議の声を上げた。
人のこと指差したらいけないよ。
びしっと美沙を指差している。
頭をかいてしょうがない雰囲気を作り「いや、どうもついてきてさ」と激怒する紗衣ちゃんに詫びてみた。
「んもう、空気読めなさすぎですよっ」
「付き合ってないんだからデートじゃないし。私が来てもなんらいけないことじゃなくない?」
「ぐぬぬ……」
いけないことじゃないかもしれないけど、紗衣ちゃんに事前に伝えるのが普通だよね。
まぁ、分かってて美沙についてきてもらったんだけど。
「んなわけでさ、今日はどこへ行くんだ?」
「えと、年中無休のお化け屋敷に」
こんな身を縮めないと寒さをしのげない季節にお化け屋敷行くの……。
人が幽霊役やってると知っていても怖いものは怖い。
体感温度下がるからお化け屋敷行くのに。
真冬なんだからまさか暖房かかってるよな。
「この辺じゃないの?」
「いや、地元です。新しくできたんです」
「お化け屋敷が?」
集客望めるのか?
ちゃんとSNSを活用しないとオフシーズンはキツいだろ。
「最近町長が頑張りまくりで誘致してますから」
「なんかそういえば前に回覧板で見たかもそれ」
しかも、しっかりSNSを活用していくと書いてあったようなないような。
この間は某ディスカウントストアを誘致したらしい。
この町の未来は明るいぞ。
「へぇ、凪ってそういうの見る派なんだ」
「いや、たまたま見えただけ」
俺に聞いたことを無かったことにして美沙は紗衣ちゃんに向き直った。
「どのへんにあるの?」
「んと、そのお化け屋敷集合にしたつもりなんですけど」
美沙の質問に普通に建物を指差して紗衣ちゃんが答える。
やっぱり仲悪くない。
悪くないほうがいいけど、ケロッとされるとなんか分からないけどイラッとくる。
「え、マジで?」
「あー、俺らの幼稚園はお化け屋敷になったのか」
建物の形こそ同じだけどみてくれはそれはもうお化け屋敷そのもの。
まさか幼稚園がテーマのお化け屋敷じゃないだろうな。
「ショック」
「あまりに残酷だよな」
「どんまいです」
「とりあえず中に入ろうぜ寒い」
「そうですね。ていうか、やってますかね?」
「え、今さら?」
おいおい、誘っておいてそれはないぜ。
下調べはしておいてくれ。
休みだったらどうしてくれようか。
「大丈夫みたいよ。年中無休だって」
「良かった。というわけで、小堀さんはここでお引き取り頂いて」
そういえばさっき年中無休って言ってたな。
サービス業の方みたいなスムーズな動作で美沙を帰るよう促している。
思わず吹き出してしまいそうになったのをなんとかこらえ、横に首を振って帰らないでくれとアピールしておいた。
二人きりはなんとしても避けたい。
「なんでよっ。せっかくここまできて大人しく引き下がれないから」
「はぁ。しょうがないですね」
「ため息つかれるのは心外もの凄く」
「はいはい、三人で楽しめばいいじゃんか」
アピールが伝わってよかった。
逃がすまいと花咲は美沙の服を掴み引き寄せる。
これならもう逃げられまい。
「分かりました」
「しょうがない。新川さんが先に行ってね」
「俺からも頼む」
「え、えぇ……。それだとお化け屋敷のだいごみが」
「だいごみ?」
なんだだいご味って。お化け屋敷のだいご味……。
あ〜、きゃーからのムギュか。
「なんでもないです」
「そうと決まればさっさと行こう」
今度は美沙が俺を引っ張ってきた。
どうやら早く帰りたいらしい。
お化け屋敷に入ると、足元にわずかな明かりはあるもののほぼ真っ暗。
「おー、本格的ですね」
「なんでそんな冷静?」
「怖い怖いって言って実は怖くない人だから」
「いやいやいや、怖いですから」
「あー、怖いっ。幼稚園跡地に幼稚園のお化け屋敷は考えた人ヤバいのかっ」
苦手じゃない人の話など信じない。
それよりもお化け役の人じゃないのが出てきたらどうすんだよ。
今後変なこと起きだしたらお祓いに行こう。
「落ち着きなよ凪」
「落ち着けるところじゃないだろ」
「小さい子の霊って大人の人の霊より扱いにくいらしいですよね」
「紗衣ちゃんなんで余計怖くなること言うの?!」
もうヤダこの子! 絶対何があっても好きになってやらないっ。
「あ、すみません。……花咲先輩。ズボン掴んでます?」
「す、すまん。ここズボンか」
「できれば他のところを持ってもらえると嬉し――」
「……ねぇ、あ……そ……ぼ……?」
「ぎゃあー!!!」
「花咲先輩ズボン下ろす意味ー!?」
お化け屋敷に似つかない叫び声が建物内にこだました。
今のが最後の驚かしだったようで、先のほうが明るい。
「良かったね、暗くて」
「そういう問題ではないですからね。あー、びっくりしました」
「本当にごめんなさい」
こういうときは謝罪あるのみ。
屋敷から出てくる人の視線なんか気にしないで頭を下げる。
「行動的セクハラだからね、凪」
「今回は目をつぶっておきます」
「感謝っ」
好かれていてよかったと頭を上げて胸をなでおろす花咲であった。
☆☆☆
一行は花咲宅に戻った。
すると、家の前に一人の男の子が彼らの目に映る。
「よ、朝ぶり」
「この度は申し訳ありませんでした」
「……なんのこっちゃ」
瞬きをぱちくりして新川は花咲の謝罪の心意を読み取れないでいる。
しまった。あまりの罪悪感で兄にも謝っちゃったわ。
「いや、まぁ妹から聞いたら早いと思う」
「あ、そうなん?」
「お兄ちゃんには関係ないから言わない」
「なんか傷ついたんですけど」
「うん、どんまい」
「んで、明はなんで家の前にいるんだ?」
「それは、あれよ。……なんだっけ?」
「いや、知らんし」
「帰る?」
「いや帰らないし。んー……あ、思い出したかもしれない」
「家まで一旦帰ればちゃんと思い出すんじゃないか?」
「二人して……。まぁいいや」
花咲と美沙の渾身のボケに怒りを深呼吸でごまかす。
ちゃんと突っ込んでくれないと。
なに飲み込んでるんだよ!
「早くしてくれね? 寒いんだからよ」
「……春かそこらにバイトやりだしたろ?」
「そうだな」
「それやりだした理由ってなんだったっけ? って話ですよ凪くん」
「早くしろって言ってるのに……。確か……ゲームが発売されるから……あ……」
「そうなんです。ゲーム欲しくてバイト始めたのよ」
思い出した花咲になぜか得意げ。
腰に手を当ててまでいる。
「なのにゲーム買ってないな」
「もしかしてマスターアイドル?」
「そうそれ!」
「てっきりもう買ってるもんだと思ってた」
「よし、今から買いに行くか」
「やってるか?」
「年中無休だから大丈夫」
「行きましょう」
「私は待ってます」
「……凪の部屋で待ってる」
なにかする気だな。美沙の表情から察するに。
俺の部屋で待ってるのは妥当であろうが、急に無表情になって言われたら怪しむだろ。
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