第47話「お兄ちゃんと言う言葉」
「はいはい、傷ついた心に温かいけんちんでもどうですか?」
「なんかキッチン入ったなと思ったら」
キッチンから顔を出してきた。
ついて早々のキッチンはピンときていたけど、まさかけんちんとはね。
「身も心も温まるでありますよ」
「けんちんってなんですか?」
「……なぬ?」
顔を引つらせ、紗衣の言葉に反応した。
一年違うだけで分からない食べ物ってあるんだな。
「……醤油……野菜……煮込んだやつ……」
「へぇ、知りませんでした」
若さを自慢してきたわけではなかったようだ。
本気で分からなかった時のすっきり感が顔からにじみ出ている。
それを美沙も認識したか自分の髪を触り落ち着こうとしている。
年が一個しか違わないのになんだろこの変な気持ち。
温め直しが終わり美沙が人数分のけんちんを出してきた。
けんちん汁を食べたことのない紗衣からと美沙からの命令。
なにさまだよ。
「そんなに見つめられたら照れます」
「いいから味を答えて」
「……小堀さんには言ってませんけど」
「じゃあ、もう凪に言えば?」
「なんでだよ」
「分かりました。凪君に言います」
意味分からん。なんで美沙の作ったけんちんの味を俺が聞かなきゃいけないんだよ。
ていうか、言わない意味が謎。
実は仲良いんじゃないだろうな。
「具材に味が染みてて美味しいです」
「お、おうそうか」
ほらなにこの気持ちは。
なんて答えていいかもわからないし。
……本人はまんざらでもなさそう。
美沙に顔を向けると、口角を上げていた。
俺パイプ役じゃないですか。
「ホント美味いわ」
「うどん入れようか迷ったけど、夜中食べる人いるかもじゃん?」
「……っ……え、そばじゃなくて?」
危ない危ない。思わず吹いてしまうところだった。
美沙のやつ明の話をスルーするんだもんよ。
なんとか我慢できてよかった。
ていうか、年越しそばといえば? なんてきたらそばってなるよね? これはもう古い考えなのか?
そばを食うことに意味があるって聞いたことあるんだけど。
「私の家はうどんです」
「え、そうなの?」
「凪って時々年齢ごまかしてるように思うときがあるよ」
「ちゃんと同じ年です」
「……美味しい……」
マイペース……。周りにあまり染まらないの凄い。
……マイペース莉音奈って芸名のタレントさんいたら面白いな。
もぐもぐと食べる高林さんを見て俺も腹が減ってきた。
「じゃんじゃん食べて。いっぱい作ったから」
作った料理を食べてくれたときの親の実家の親戚の人みたいなノリで高林さんに笑みを浮かべる美沙。
お前こそ何歳だよ。その笑みは高一には出せないぞ。
見とれてしまいそうになる。
「年越しそばってむしろ食べるん?」
「私はね、食べない」
ウソである。毎年俺の家で美味そうに食べている。
ここで食べてるなんて言ってそれがバレることを回避したようだ。
「食べないのかよっ」
「……食べる……」
「仲間だ」
無表情に見つめてくる高林さんと握手を交わす。
流れで握手したけど、柔らかいことっ。
どうしよう。顔が熱いんですけど!
☆☆☆
ふぅ、なんとかバレずに済んだ。
色んな意味でぬくぬく温まって解散し、小堀家で年越しそばを食べることになった。
ほぼほぼ深夜の今。年越しそばを作るためキッチンに美沙と立っている。
「なんか毎年思うんだけど、俺らって幼なじみっていうより兄妹くらいの立ち位置だよな」
「ちなみに、どっちが上設定?」
「俺かな?」
「質問返しは無し」
「誕生日早いから俺で」
「ほうほう。じゃあ、ちょっとの間お兄ちゃんって呼んであげようか?」
なんか同い年の人に言われるとプレイ感が否めない。
ちょっと鳥肌立ったぞ今。
「いや、いいよ」
「遠慮しなさんな。お兄ちゃん」
「……自分から言っておいてなんだが、ちょっとプレイ感強いわ」
「最悪なんですけど……」
心底嫌そうに眉をひそめる。嫌がられても困るんだよね。
実際そうなんだから。
水気を切った野菜を煮立った鍋に投下する。
ちょっと量が多かったかもしれない。
溢れそうである。醤油で沸騰を抑えよう。
「おねぇちゃん。しょうゆ取って?」
「……なんか分かった気がする」
お返しにおねぇちゃん呼びしてやったらリズミカルに包丁で音を奏でながら複雑そうな笑みを浮かべている。
「だろ? 発端は俺だけど、ここから普通呼びな」
「オッケー」
「……ぁぇ? ……」
美沙を一瞥した花咲が海老の天ぷらを視認した。
またご立派な海老だことで。
スーパーの惣菜にこんな大きな海老の天ぷら置いていたっけ?
あと仮に置いてたとして高いよね絶対。
「美沙の家って地味に金ある?」
「なんでそんな話を出すの?」
「いやだってさ、この海老の天ぷらって惣菜の天ぷらだろ?」
「違うよ凪。お母さんが揚げてくれてたやつ」
「これはこれは申し訳ない」
「お母さんいなくてよかったね」
むしろなんでこんなときにいないのよ。
年越しにいないっておかしいよね。
しかも、年頃の娘を残して。
「にこやかにキレられるところだった。……ん?」
安堵している花咲をスマホの振動が一抹の不安を抱かせた。
……やっぱり紗衣ちゃんだ。
眉間にシワを寄せたため美沙は察知し、「新川君の妹?」と問いを投げる。
「逆に名前のいろんなバリエーション出てくるのが凄いわ」
「あの子積極的だよね」
「だいぶ積極的だわな。好意を持ってることは伝わってくる」
「あれじゃあね。分からない方が無理があるよ」
やっぱりそうか。自分の勘違いだったらどうしようかと思った。
自意識過剰扱いは心をえぐるから。
[紗衣:なにしてますか?]
[花咲:年越しそば作ってる]
[紗衣:すみません、作業してる最中でしたか]
[花咲:ごめんな]
[紗衣:いえいえ]
真実である。なんら嘘などついていない。
自分をそう納得させ、スマホをしまうとすでにそれは出来上がっていた。
黒いお椀から湯気。美味そう。
「出来たよ。初詣みんなで行く?」
「せっかくそば食って温まったのに自分から冷やしに行くとか俺嫌だけど」
「じゃあ、紗衣氏に凪が結婚したいって言ってたって言っておく」
「どんな脅し方してんだよ!」
それを本気に捉える可能性のほうが高いんだからっ。
なんて恐ろしいこと言いだすんだ。
ていうか、個人メッセでやり取りしてるのかよ。
「冷えとかは私も同じでしょ」
「女子ならなおさら冷やさないほうがいいと思うけど」
「あっちでおしるこ売ってるから」
「……行く」
「甘いものにつられるとか乙女心持ち過ぎか!」
バシッ「ぐふっ! ゴホッゴホッ」
「あー、ごめんごめん」
そばをすすってるときに背中を叩くか普通!
擦ってる位置も今度はリバースしそうな位置だしよ……。
「突っ込むのは言葉だけにしてくれよっ」
「だからごめんって」
「まったく。年越しそばっていって年越せずに食ったなんて他のメンバーには言えないよな」
「えー、別に大丈夫でしょ」
「食い意地張ってるみたいじゃないか」
「気にしすぎだって」
美沙はもう少し周りの目というのも気にしたほうがいいと思う。
花咲の不安を一蹴する美沙に彼は引き下がらず
「そんなこと言ったってな、まだ二十三時を少しまわったばかりだぞ」と反論。
「いや、そもそもみんなそばもうどんも食べないって言ってたから」
「あ、そうか」
だが撃沈。そういえばそんなこと言ってたな。
そばをすする。
やっぱり美味いな。手作りってなんでこんなうまいんだろうか。
「そろそろメッセ送ろうかな」
「雪残ってるからマジで防寒していかないと風邪引くぞ」
「心配性だな、凪は」
「美沙はそんなに寒さに強くないだろ」
「そんときは看病してもらうから大丈夫」
まるで活発少女のような笑顔を向けてきた。
信頼を置かれすぎて重い。
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