第39話「威嚇ですか?」

 バイトがなく、部屋にこもってゲームしようとしてスマホが短く音を奏でた。

 花咲は手に取り、送り主を確認すると美沙で暇であるかを問う内容。


「暇は暇だけど、どうすっかな……。ゲームやりたいし」


 彼はゲーム機に手をかけたまま思案し始めた。

 バイトしてからまったくゲームできていない。

 これで家が遠かったらワンチャン嘘ついて遊ばないんだけど。

 隣に家がある場合は出かけるとかも通用しない。

 困った。


「暇じゃん」

「っ!?」


 大きく肩をビクつかせ声のする方へ振り向く。

 それを見て美沙も予想以上の反応に驚いた。


「ふ、不法侵入」

「……そんなわけないでしょ。メッセ送る前に凪の部屋の前にいたの」

「あ〜、なるほど……。いや、だからどうやって入ったしっ」

「鋭いね。合鍵持ってます」


 そう言って美沙が鍵をプラプラさせる。


「ババァ!」


 聞こえる声で言ってやったぜ。身内ならこの暴言もセーフ。


「でかけたよ」

「マジか。ところで、なにか用があるんだろ?」

「もうそろそろ夏祭りでしょ。浴衣選びに行きたい」

「去年のあるだろ」


 眉をしかめ、扉付近まで来ていた花咲が部屋の中央まで戻ろうと反転。

 それをすんでのところで回避する美沙。


「いやいやありえないから。毎年トレンド変わるんだよ」

「なんか大変だな」

「人ごとみたいに言ってるけど、凪の浴衣も新しくしないとだから」

「それなら私服で行けばいいんじゃね?」

「却下。断じて却下」


 認められないってこんなにもやもやするんだ。

 自転車で最寄りのデパート。服屋。


「ほらいっぱいいるでしょ」

「でも、女子率高めじゃない?」


 見渡す限りの女子。心なしか甘い香りが渋滞してる気がする。


「そりゃあ年一だから。彼氏いる子は良いところ見られたいし」

「なるほどね」

「私は周りの目が気になるからだけど」

「でも、俺達って端から見たらカップルだよな?」

「……ま、まぁ」


 花咲の言葉に手が止まる。ぎこちない返事に彼はわずかにショックを受けた。

 気づいてないってそれはいくらなんでもあんまりでは……。


 しかも、この店にごく少数しか男がいないってことは、むしろ男を連れてない女の方が付き合ってないパターンなのでは。

 周りの目が気になってるとはよく言ったものよ。


「凪は幼なじみ」

「あ、えーと、そういうジャンルある?」

「多分ある」

「間違うやつは間違わせておけばいいか」

「う、うん。あ、これいいかも」


 美沙が手に取ったのは、派手なもので肩のところが切れて肌が露出してる浴衣。

 下もひざ丈のひらひらつき。


「止めてくれ」

「なにその斬新な言い方」

「あんま派手なの着られると狙われるから」

「私が?」

「あと誰がいるんだよ」


 二人で来て高林さんの話をするわけ無いだろ。

 そのくらい俺だって分かる。

 みくびらないでもらいたい。


「そっか。心配してくれてるってことでいいの?」

「守れる自信がない」

「……ヘタれ。分かったこれにする」

「おいっ」

「男二人で私達を警護すれば万事解決」

「精一杯護らせていただこう」


 花火大会の日バックレようかな。

 あ、強引に美沙を俺んちから出さない手もある。


「顔が怖いって。大丈夫。お父さんが後ろから見てるから」

「過保護っ」

「一人っ子だからね」

「いや多分女だからだと思うぞ」

「とにかくバックレるとか考えないほうがいいよ」

「なんでわかった……」


 美沙のアドバイスに似た忠告に花咲は目を逸らす。

 幼なじみって心の中も読めたっけ?

 声に出してないことが美沙から出てきた。

 実はメンタリストにでもなったとか?


「私のは決まったから次は凪のね」

「ジンベイがいい」

「いやいや、浴衣にしようよ。男の浴衣もあります」


 店員さながらグイグイ美沙が花咲を誘導。

 男性の浴衣売場に来ると彼の目に今流行りの文字が入った。


「ゴリ押しですやん」

「ほら言ったでしょ?」

「まいりました」


 ジンベイが良かったな……。

 似合うと微笑んでくる美沙にわずかばかりのむかつきを抱かずにはいられない花咲であった。



 ☆☆☆



 花火大会当日。なぜか俺の家で集合することになった。

 まだ十時を少し過ぎたところ。どうして昼間から遊ぶ必要がある。


「夕方集合で良くないか?」

 み「いやいや、何言ってるの。祭りのときは起きたときから祭りだから」


 誰もがそう思ってるわけじゃない。美沙のこういうところは苦手だ。自由参加にしてくれ。


「そうやって強要しちゃいけないんですよ」

「強要してないし。呼んでないし」

「あ、久しぶりですね。威嚇ですか?」

「……新川君前から言ってるよね。ついてこさせるなって」


 あおるような紗衣ちゃんの問を眉間にシワを寄せつつもスルーし、兄である明に美沙が問い詰める。

 知り合ってすぐこの調子なんですわ。

 正直なにがそうさせるのか皆目検討もつかない。

 ほこ先が自分に向き焦りの色濃くなる明に思わず吹き出しそうになった。


「兄としては見捨てるわけにはいかないんだよ」

「シスコン。メリハリつけてよ」

「返す言葉もありません」


 なにげにこの二人仲いい。ちょっとやきもきしてる自分がいる。幼なじみってこんなもんよね?


「まったく……。ていうか、友達と行けばいいじゃん」

「いないので」

「そんな哀しいこと言わないで」

「まぁ、いなくて寂しく思ったことはほとんどありません」

「たくましい子……」

「さて、今から料理バトルと行きましょう」


 パンっと手を叩き、突如紗衣ちゃんが仕切りだした。

 なんか新川家は料理したがりだな……。

 まぁ食べる側ならなんでもいいけど。


「いいね。丁度お昼の時間になるし」

「……材料は? ……」

「そういえばそうだよ。仮にも凪の家だから食材を使い切るわけにはいかないか」

「俺が良くても親がね」

「マザコン」

「え、それだけでっ?」


 冷蔵庫の中身の使用許可がおふくろにあるといっただけでマザコン呼ばわりされ、素っ頓狂な声を上げる花咲。

 この程度でマザコンってことなら世の大半の人物はマザコンになる。大体これは、大人になってから親に聞いてみないとわからない的なこと言うタイプに該当する話でしょ。


「……買い出し……」

「それが一番妥当だよね」

「凪君とお兄ちゃんはここで待機」


 女子達で話がまとまり、男子達は待機を命じられた。

 いつの間にやら紗衣ちゃんが仕切ることに受け入れてしまっている。

 まさか高林さんがこんなにのりきだとは。

 参加する気持ちがあるような発言し、リビングを出ていく高林さん。それを追いかける形の美沙達。そして取り残された男二人。


「めちゃくちゃ静か」

「麦茶でも飲むか」

「サンキュ」


 俺達は落ち着くため麦茶を飲んだ。

 その後は他愛のない話をして時間を潰し、女子達が戻って調理を進めて結果として今回の料理対決は高林さんが勝利をおさめた。

 夏にオムライスをチョイスするのが素晴らしいね。

 他のメンバーは、思いっきり夏のメニュー。冷やし中華はまだしもそうめんって茹でるだけじゃんな。

 言い出しっぺがそれってことで評価を低くつけた。


「次こそは選ばれるようになります!」

「……」


 俺に向かって決意表明をする紗衣ちゃんに微笑む。

 あまり多くを語らないほうが身のためである。


「まさかオムライスでくるとは」

「……お昼……オムライス……」

「あーたしかにそっかぁ。食事処にもオムライスあるもんね」


 何度も頷いて納得したと言わんばかりの美沙。

 よく今の単語でそこまで読み取れる。

 俺より親密になるの止めてほしいな。


「美味しいです。高林さん」

「……コク……」


 褒められても表情を崩さない莉音奈は頷いてケチャップのいっぱいかかったところを口に入れる。容量が多かったのかケチャップを口の端につけた。


「高林さんケチャップついてるよ」

「……コク」


 美沙ナイス。

 俺がそれを言うと、高林さんをまじまじと見つめてるみたいに誤認されてしまいかねない。

 莉音奈は、飲み込んでから指摘された箇所についたケチャップをハンカチで拭う。

 ていうか、結構高林さん口元に液体つけるな。口小さいからか? 

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