第32話「トラウマスイッチ」
「花咲君っ」
「……っ……。びっくりした。大きい声出さなくても聞こえるから」
「ごめんねごめんね。メッセのID交換して」
「いいぞ」
「やった。バイト頑張って」
「サンキュ」
部屋に入り床に腰を下ろすと、花咲がゲームのハードを見て思い出したような素振りを見せた。
「そういえばこの間美沙と対戦した」
「どうだった。勝てたか?」
「負けた」
「まぁ、ガチャ勢じゃあな。ストレート負けとか?」
「いや、二対一」
「マジかっ。俺もガチャってみようかな」
「やめとけ」
「大丈夫。冗談だから」
「む、ムカつく……」
――楽しい休日というのはあっという間に過ぎゆき、世は特に小・中・高生は夏休み期間へ突入した。
そんな中俺はバイトで北海道。これをプラスと捉えるべきなのか。
荷物をホテルに置き、やってきたのはとある牧場。
牛小屋独特のニオイがすごい。
「一日目は見てのとおり牛の世話をしてもらう依頼」
「……コク……」
「そういうわけだからまた夕方来るから」
「分かりました」
依頼主に会うことなく高林さんのお母さんは車を走らせた。
逃げたな。まぁ確かにこのニオイは苦手だとキツいかもしれない。
「……行こう……」
「そうだな」
事務所らしき建物に向かうと、中から見えていたのか男の人が出てきた。
恐らくこの人が依頼主だと思う。
「お、来た来た」
「こんにちは」
「……コク……」
「こんにちは。遠いところからありがとう」
たまたま来た誰かだったらどうしようかと思ったが、依頼主で良かった。
誰もいないのは分かっていても恥ずかしいからなこういうとき。
「今日は、牛のブラシがけをしてもらいたい」
「分かりました」
「ホントちょうど二人欠勤出てたから助かったよ。SNS万々歳」
「……」
まるで強初めて依頼したかのような言い方。
事前に依頼があったから北海道まで飛んできたんじゃないのかもしれない。
「じゃあ、案内するからこっち来て」
「はい」
「……」
ついてくるよう背を向けた依頼主を一瞥し、高林さんが俺の服を優しく引っ張ってきた。
仕草でそれに応えると、高林さんは「……ついてから……SNSで……募集かける」元々小さい声をさらに小さくして言う。
やっぱり俺が思ったとおり。
だからホテルからここまで時間がかかったのか。
いや、北海道の広さを考慮しても長い時間を要したと思う。
普通依頼された人から近いところにホテル借りるし。
「おし、着いた。北海道の牧場にしては牛少ないから全頭よろしく」
「全頭っ」
「ナイス突っ込み。ウソウソ。十頭くらい。さっきも言ったけど、他にバイトがいるから大丈夫」
十頭も中々な数ですけど。
ていうか、他にバイトいて大丈夫なら俺らを呼ぶことなかったんじゃないだろうか。
二人欠勤が出たとか言ってたけど。
ブラシを手渡しした依頼主は、軽くやり方を指南して去っていった。
「あ、どうやって牛見分けるんだ?」
「……耳に……番号の書いた……札がついてる……」
「なるほど」
「……きをつけて……。油断してると……危ない……」
「分かった」
近くで見ると大きいな。高林さんの助言を受け入れ牛の身体を洗っていく。
毛並みもしっかり見て取れるし。
イメージだとツルツルしてるかと思っていた。
「モー……」
「っ! びっくりした」
「……あたしも……びっ――ゴッ!
「グファ!」
「!? ……」
急なことに花咲が地面に転がり悶える。
牛が彼の腹へ蹴りをくり出した。
となりにいた莉音奈が数歩後退る。
「おお……。腹痛い……」
幸いにも瞬間的な強烈な痛みは薄れてきたので骨は折れてないと思う。
俺普通にブラッシングしてただけなのに……。
若干のトラウマスイッチが入ってしまったので、周りのバイトさん達に事情を話し、牛の部屋みたいなところの掃除をさせてもらうことにした。
――牛舎の時計が十二時をまもなく差す。
……長針が動き建物内に音楽が鳴った。恐らく昼食を意味するのだろう。
「みんなお昼にするよー!」
程なくして依頼主がやってきた。
それにバイト生が反応し、牛舎を後にしていく。
右にならえで俺らもついていくことにした。
「君達はこっち」
と思ったら依頼主が誘導してきた。
ありがたい。人見知りする俺としては別の場所で食べたかったりした。
「ありがとうございます」
「牛を世話して嫌かもだけど、ウチの牛と牛乳が昼になるんだけど……」
「だ、大丈夫です」
「良かった。断られたらどうしようかと思ったよ」
テーブルにカセットコンロとその上に鉄板が乗っけられていては答えがワンパターンになってしまう。
火はまだついていなかったけど、ご厚意によるものなのか良くないことを考えての行動なのかイマイチ読み取りにくい。
あと、牛を世話した後の肉としていただくとか凄い複雑なんですけど!
――とかなんとか思いながら空腹には勝てず美味しく頂いちゃったよっ。
一つ今日のところでは普段の自分を見つめ直すきっかけにはなった。
ちゃんといただきますを言おう。
意外と言ってなかったと思って。
さてと、部屋に備え付けのシャワーを浴び、テレビをBGMとしてつけ、スマホを起こしてみた。
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