第31話「屈託のない笑み」
「もう少し強く揉んで」
「余計に痛くなるぞ?」
「大丈夫大丈夫。そのときは凪のせいにするから」
「なにも大丈くないんだがっ」
「いいから揉んでよ」
「分かった」
「っもう。……いった! ストップストップっ」
嘆息して俺が手の力を強めたら凄い速さで逃走した。
距離を取られちょっとショックを受けながら「はいよ」と相づちを打つ。
「やっぱ痛かった……。ファムストやろう」
「一人用だけど」
「私のデータ作ってやるからやらせて」
「いや、俺はなにをしてれば良いんだよ」
「アドバイスをくだされ」
「このゲームにアドバイスもクソもなくね?」
「なんでも言うこと聞くが継続中」
「分かったよ。美沙のデータ作るってことは最初からだろ?」
「凪のデータコピってやる」
「うわ、セコっ」
それでもゲームをやってる人間かよ。
人のやった功績をコピーして自分のものにするとか。
「ちょっとやるだけだから」
「今のやつはチュートリアル飛ばせるぞ」
「それを早く言ってよっ」
「先に動くから」
「まぁいいや。お、雨降ってるね」
「R1で空見れるから」
「オッケー。……真っ黒ですけど」
シリーズで唯一空を見て天気の最終判断をする。
ちなみに完全に雨の場合には真っ黒になる。
「じゃあ、小屋行って。鶏小屋」
「左に行ったらあるんだっけ?」
「そう。エサ足らなかったらリュックの中に入ってるか――」
『……お腹減ったな……』
美沙が動かしているキャラがぼそりと呟いた。
このときは空腹時。
だんだんやる気? も無くなってくるのでなにか食べなければならない。
「その前に腹ごしらえをしよう」
「オッケー」
「多分まだサラダしか作れないけど」
「ハーブとトマトでできるんだっけ」
「あぁ」
「前のやつより料理シーンがリアルになったね」
「そうなんだよ。夜中にやったときは悲惨だよ。腹減って」
「分かる気がする。実際お腹減った」
「飯にするか」
「うん」
セーブをしてゲームをやめると、二人は一階へ。
リビングのドアを開けると、女性が一人部屋に入ってきた彼らを見据えた。
「あ、美沙ちゃんだ」
「お邪魔してます」
「どんどん邪魔していいよ」
「ありがとうございます」
邪魔していいよって言われて礼を言うのはなんか違くないか?
乾いた笑いをするのが正解でしょ。
「お腹減ったの?」
「はい、それで降りてきました」
「じゃ、一緒に作ろうかっ」
「お願いしますっ」
「お願いされます。さて、凪なに食べたい?」
「チャーハン」
「分かった。美沙ちゃん、ニンジンとピーマン細かく切って」
「分かりました」
「こういうふうに娘と料理するのが夢だったの」
「なんかごめんなさいね」
分からないけど、凄い罪悪感? とも違うが、申し訳なさが先行してしまう。
恐らく母親はそんなに重きをおいた言い方をしていないのかもしれないが。
「凪のこと女の子として育てようと思ったことあったよ」
「あははっ。そうなんですね」
ヤバいこと考えてたな、おい! 美沙もそこはせめて苦笑いでしょ。
なに屈託のない笑みを浮かべている。
楽しそうなことは結構なことだけど。
自分の幼なじみが男の娘になり得たことをもう少し危惧してほしい。
☆ ☆ ☆
ある日の放課後。
依頼主の元から帰ってきて無事に高林さんを自宅へ送り届けたと安堵した花咲に高林母が声をかけた。
「あ、ちょっと花咲君」
「はい?」
「そろそろ夏休みに入るじゃない。うち夏休みに一定期間全国に出張に行くからそのつもりでいてね」
「分かりました」
「それじゃお疲れ様」
大人な女性の微笑みを目に焼きつけ、花咲は自宅へ到着。
そしてすぐ自室へ入ってスマホを起こした。
[凪:話があるんだけど]
[美沙:どったの?]
[凪:今回の夏休みあまり遊べないかも分からん]
[美沙:なぜに? もしかしてバイトとか]
[凪:ビンゴ。なんでも出張なんでも屋らしい]
[美沙:へぇそうなんだ。土産ヨロッ!]
[凪:忘れなかったらな]
[美沙:そうしたらまた全国行ってもらうから]
[凪:その時はアンテナショップを利用します]
[美沙:そろそろご飯だから。楽しみにしてるっす]
[凪:りょ]
さて、俺も飯にするか。
――登校すると、明が先にいたのでバイトの一件のことを話したら出張行く前に遊ぶ話になった。
もっとも全国行くのに近い日に遊ぶことになり、それが現在となるわけだが。
明の家に来ること自体が久しぶりだった。
高校上がってから新川家の敷居をまたいでないかもしれない。
メッセで到着したことを告げると、明が出てきた。
「おっす。なんか久しぶりだな」
「恐らくほぼ一年くらいこっち来てない」
「だよな。なにして遊ぶか」
「あ、凪君!」
リビングから出てきたボーイッシュな女の子明の妹。
正直明に似ていない。
一昔前ならファンクラブができてそうな顔立ち。
「久しぶり」
「お久しぶりですっ。じゃーん!」
「お、スマホ買ったのか」
「はいっ」
「自分で買ったのか?」
「お年玉で買いましたっ」
「ウソつくな。買ってもらったんだよ。今どきなにがあるか分からないから」
「なんで言うの……」
「いつかバレるウソはつかない」
お前が言うな。今までウソついたことないならまだしも。
「人間ウソつく生き物だよ。第一ついさっきウソついたばっかじゃん」
「……」
ヤダ、この子。妹に論破されてるし。
まるで苦いものでも噛み砕いてしまったかのような表情を新川は浮かべている。
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