第27話「悪目立ち」

「あるわよ。おかわり? 一気に飲むとダメよ」

「違います」

「あら、違うの」

「……花咲君が……」

「あ、そっか。君もいたっけ」

「はははっ」


 なんだこのおばさん!

 おもっくそさっき入り口で会話してたじゃないか。

 花咲はそんな不満を抱いたが、のどの渇きの方が勝ったため先生が差し出したペットボトルを受け取った。

 ぷはぁっ。たまにはスポーツドリンク美味いなっ。


「どう気分は」

「良くなりました」

「じゃあ、今日は下校しな。担任には、私から伝えておくから」

「……ありがとうございます……」


 いまいち信用できないな……。

 適当オーラがにじみ出てるのが分かるし。

 高林さんは信じてるみたいだからとりあえずは受け入れておく。

 保健室を出て、カバンを教室から持って学校をあとにした俺は、高林さんを家まで送ることにした。


「体調大丈夫か?」

「……コク……」


 自転車通学であるが、万が一のことも考え押している。

 走行中にプールみたいなことになったら大変なことになってしまうからな。


「今日依頼こなくて良かったな」

「……コク……当分は泳がない……」

「そうだな。止めておこう」


 賢明な判断だと思う。俺も反省している。

 泳ぐのが不慣れな人に詰め込んで教えすぎた。


「……でも、楽しかった……」

「なら良かった」


 本心なのか建前なのか読めないが今の俺としては救われる言葉だった。

 わずかに肩の荷が落ちてしばらくして高林宅へ到着。

 モンの内側に入ったことを確認し、チャリを疾走させること数十分。


 自宅の駐車場の駐輪スペースに自転車を止めていたらメッセ通知音が耳に届いた。

 スマホをイジりながら我が家へ入り、画面を見ると、美沙からのメッセ。


[美沙:高林さん大丈夫なの!?]

[凪:大丈夫だった。軽い熱中症みたいな感じ]

[美沙:そうなんだ。新川君から聞いたときはびっくりしたよ]


 明のやつ相変わらず口が軽いこと。

 友達だからってなんでもかんでも報告しないでもいいだろうに。


[凪:俺もびっくりしたよ。急にフラッとくるから]

[美沙:私も泳ぎ方教えてほしいな]

[凪:美沙は泳げてなかったっけ?]

[美沙:教えてほしいナ]

[凪:夏休みに行くか]

[美沙:わーい]


 なにがわーいだよ。プール行きたいだけじゃん。

 強引にこぎつけてきやがって。

 カタカタのナは怖すぎる。顔が見えないから余計に。


[美沙:夜ご飯一緒に食べない?]

[凪:どうした急に]

[美沙:一人で夜ご飯……]

[凪:一緒に食うか]

[美沙:うん!]

[美沙:カモンっ]


 美沙は本当に寂しがり屋なんだから。

 自宅を出て、小島宅へ入るとエプロン姿の美沙が出迎えてきた。

 ジャージにエプロンってある意味斬新じゃね?


「今日はからあげだよ」

「マジかっ」

「あとサラダ作るだけ。もう少し待って」

「怪我するから慌てなくて大丈夫だぞ」

「ありがと」


 微笑む美沙のあとに続き、リビングに入る。

 しょうゆと鶏肉の合わさった香ばしい臭い。

 ヤバい、一気に腹が減ってきたっ。

 ていうか、なんでからあげ作り終わってるんだ?


「凪」

「なんだ?」

「ゴマのドレッシングと和風ドレッシングどっちがいい?」

「和風で」

「りょーかい」


 素朴な疑問が浮かんだ花咲をよそに美沙がせっせとサラダを作っていく。

 彩りを意識してるのが素晴らしい。

 トマト・レタス・パプリカ(黄)・シーチキン。

 両親が共に働いていると、料理スキル関連が上がる。

 俺も人並に作れるし。


「よし、出来たっ」

「おー、美味そっ」

「いやいや、凪。美味そうじゃなくて美味いの」

「そうだった」


 俺としたことが。

 自宅でほとんど言わないであろう『いただきます』と手を合わせ、流れるようにからあげを一口。


「……」

「無言って恐いんですけど」

「ホントに美味いと言葉出ないんだよ」

「そうなんだ」


 ブブっと太ももに振動が伝わった。

 誰だろ。取り出してメッセージアプリを起動してみると、送ってきたのは高林さんだった。


[高林:依頼が来た]

[凪:もしかして今日か?]


 だとしたら不機嫌になる自信がある。

 バイトとはいえ、タイミングは考えてほしい。

 夕飯時ってなにさっ。


[高林:大丈夫。明日]

[凪:了解]


 ですよね。良かった明日で。

 高林さんにイラ立ちをぶつけたくなかったから。


 ――翌日。今回の依頼主のもとへ。

 あんなことがあったのによく嫌がらずにできるよな。

 俺だったら無理。トラウマになる。


「今日は、来てくれてありがとう。風呂場のカビを取ってほしい」

「分かりました」

「男手があるの頼もしいな。カビって手強いから」

「そうですね」

「じゃあ、よろしく」


 背中を向けた依頼主を尻目に持ってきた掃除道具を高林さんが手渡してきた。

 にしても、こんなにカビるかってくらいカビてる。

 元の壁が見えないほどである。


「天井から落としていく」

「オッケー」

「カビは……上から下に……落ちてくる。……泡が……目に入らないように……気をつけて」

「ありがとう」


 まぁ、少なからず泡は落ちてくるんですよね。

 ゴーグル持ってくればよかった。

 そんなことを思いながらカビ取り剤を吹きかける。

 お、泡が天井にまとまってる。


「……花咲君……」

「どうした?」

「……ゴーグル……」

「お、ナイス」

「……コク……」

「これある程度放っておくタイプか?」

「……確か……そう」

「じゃあ、天井まんべんなく吹きかけるから外出てくれ」

「……分かった……」


 ヤバ、ハマりそうっ。

 花咲は莉音奈が外に出ると、シュッシュと楽しそうに泡を吹きかけていた。


 ――天井をクリアし、横壁も最後の一区画となった。

 黒かったところがきれいになっていく様子は素晴らしい。

 クセになりそう。


「終わったな」

「……コク……」

「終わったんだ。昼食べていきな」

「……ありがとうございます……」


 断らない主義らしく一般的な押し問答はバイト中まったくない。

 さて、リビングまで通され、テーブルに湯気のたった中華どんぶりというのが正解なのか不明だが、それが置いてあった。

 支那そばのいい香り。てんやもんだろうか。


「グス。……ぅ」

「高林さん!?」

「え、どうしたのっ」

「……この間の人……違って……グス」


 どうやらこの依頼主の優しさが身にしみたようだ。

 ていうか、今が普通であってあの一件がイレギュラーなんですけどね。

 あわあわしている依頼主にことの経緯を説明すると、なぜか俺の監督不行届と叱られてしまった。

 今回は甘んじて受け入れよう。


 ――食った気がしなかった昼食を終え、作業が片づいていたことから撤収。

 解散するのも良かったが、高林さんの目が充血していてこのまま送り届けたら俺がなにかしたように取られかねなさそうな気がしたので、美沙のバイト先で休憩することにした。

 いかにもカフェレストランなカランカランという来客を知らせる音にホッとしながら美沙のウエイトレス姿を目に入れる。

 素晴らしい生足。


「どこ見てんですか。お客様」

「幼なじみの……ね?」

「二名様ですね……。って、高林さん泣いてない!?」

「声が大きいっ」


 華麗に俺の話をスルーした美沙が高林さんの目の赤さに気づいた。

 ウエイトレスの大声にみんなこっちを見てくる。

 悪目立ちしてるぞ、おいっ。

 メニューで顔を隠し、注意するが美沙は眉間にシワを寄せたまま。


「お、俺コーヒー」

「……小島さん……メールする」

「わ、分かった」

「あたしもコーヒーを」

「かしこまりました」


 高林さんのフォローにより、美沙が離れていく。

 チャンスっ。後ろを向いた隙きに写真を!

 これはトップシークレットに値するぜ。

 スマホをしまい、高林さんに礼を言ってなにごともなかったかのようにウエイトレスの再登場を待った。

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