第26話「頑張り過ぎは禁物」
とりあえず今は往復するのが優先か。
なに気にこれ疲れる。
みんなが泳いだり歩いたりして流れができてきたから歩くのがキツい。
「疲れてないか?」
「……大丈夫……」
大丈夫なのか……。
意外と高林さんタフだな。
中学時代は運動部だったのか?
花咲は前を歩く高林さんのうなじを見ながら思案する。
「おし、そろそろ自由時間」
中々世の中うまくいかない。
もう少し考えるふりして高林さんの身体を目に焼つけていたかった。
でも、収穫はある。
やはり高校でもプールの授業に自由時間は存在した。
「ちょっと休憩」
「……コク……」
「じゃ、まず顔つけてみようか」
「……」
フリーズした。
よほど水が嫌いなんだ……。
小さい頃にアクシデントでもあったのかな。
「高林さーん。戻ってこい」
「……コク……」
「ゆっくりつけてごらん。怖くないから」
「うん」
ぎゅっと目をつむり、水面へと顔を近づける莉音奈。
花咲がそれを見ていたら視界に彼らに体を向けている人物がいた。
明のやつ遠巻きになにやってんだ?
「……できた……」
「お、凄い。次はゴーグルつけて目を開けてみよう」
「……分かった……」
きめ細やかな頬から水滴が落ちていく。
触れてみたい。
そう思うのは変態だろうか。
「……水色……」
「おし、次は潜ってみようか」
なるほど。
少なからず水に苦手意識があったらしいが、それは思い込みのようだ。
「……コ、コク……」
「じゃあ、こうしよう。一緒に潜る」
「……分かった……」
「せーので潜るオッケー?」
「……うん……」
「じゃあ、行くぞ。せーの」
頷かれたため花咲は莉音奈の顔が目前に来ると思っていた。
だが、それは紺色が情況認識させてくれており、潜ったことにより彼女の下半身を見る形となってしまう。
しまったっ。水飲んじゃった!
「ぷはぁ!」
「……めん……」
「びっくりしたけど、大丈夫」
こっちとしてはミラクルもミラクル。
できたらもう一回見たいくらい。
鼻血出ないタイプで良かった……。
「次は平気」
「……コク……」
「せーの」
水に入ったとき独特の音を聞きながら高林さんを見る。
目が合った。
親指を立ててやると、高林さんは首をわずかに縦に振る。
そろそろ戻るか。
上昇し、水から出ると遅れて高林さんが顔を出してきた。
凄いスピードで水に対する拒否が薄くなったな。
これならワンチャン泳げるようになるかも。
「次は泳いでみよう」
「……コク……」
「俺が手取ってるから足をバタバタする」
「分かった」
「それじゃ、手貸して」
差し出した手に高林さんが自分の手を乗せてきた。
小さい手っ。あと、指が綺麗。
後方へ足を動かすと、莉音奈が腕を伸ばし、足をバタバタ。
あ、顔は上げるんですね……。
「高林さん。顔つけてやってみよ?」
「……コク……」
頭を下げ、顔をつける高林さん。
飲み込み早いな。
やっぱり食べず嫌いならぬ泳がず嫌いだったみたいだ。
「ビート板持ってきたぞ」
「おう、サンキュ」
「……ぅはあ……」
「高林さん。お疲れ」
「……コク……」
「ラストだ、高林さん。ビート板で泳ごう」
「……一人で? ……」
「うん。高林さんなら平気」
「……コク……」
ビート板を明から受け取ると高林さんはさっそく泳ぎだした。
羨ましいくらいの上達ぶり。
少し先生の気持ちが分かったかもしれない。
「ところで、ずいぶん仲がよろしくなったんだな」
「バイト仲間だしそりゃあな」
「端から見ればそうは見えてないぞ」
「どう見えてんだよ」
「カップル」
「勘違いしてるやつらに言っとけ。それは、今のところありえないって」
どうしてワンツーマンで教えていただけで付き合ってる認定になる。
こういう場合にははっきり否定しておくべきだ。
じゃないと、のちのち取り返しのつかないことになってしまう。
「信じてくれなくても俺は責任持たないぞ」
「構わない。抑止にはなる」
「分かった」
そう言って器用に水の流れを利用して疑惑を発信した集団へ溶け込む。
これだから集団で行動する人らは苦手だ。
「そろそろ水から上がろうか」
「……」
自分の目前を通った莉音奈に声をかける。
彼女は聞き取って泳ぐのを止めた。
頷いてプール端の段差に登ろうとして莉音奈はよろめいた。
「お、おっと!」
かろうじて花咲は反応でき、後ろに倒れそうになった莉音奈の腕を取り引き寄せる。
これは事故によるものこれは事故によるもの。
「大丈夫か?」
たまたまこちらを見ていたのか心配そうに声をかけてきた。
この間のサッカーと同じ人とは思えない。
「大丈夫ではないです」
「じゃあ、保健室連れて行ってくれ」
「分かりました」
「ごめんね花咲君」
「気にすんな。歩けそうか?」
花咲の胸の中で莉音奈は彼を見上げる。
なにこの状況っ。上目遣いに水着プラスハグ。
冷静でいれてる自分に驚きだわ!
「……多分平気……」
「一応肩貸すから」
「……ありがとう……」
立ち上がり支えながらタオルで高林さんの身体を隠し歩くこと数分保健室に到着した。
扉を開け、室内。
消毒のニオイのそこはあまりいい心地ではない。
「失礼しまーす……」
「どしたー?」
ここに人が来るのが普通ではないためか、現れた白衣の女性は驚いた表情を浮かべている。
これまたお綺麗な先生だこと。
「ちょっと脱水みたいで」
「プールって意外とやられるのよね……」
「へぇ」
「スポーツドリンクで良ければどうぞ」
「ありがとう……ございます……」
「手とか痺れたりしてない?」
「……コク……」
頷き高林さんは保健の先生から受け取ったスポーツドリンクを口にする。
俺も飲みてぇ。
花咲の視線に気づいた莉音奈が「もう一本ありますか」と先生にたずねた。
よく分かったな高林さんっ。
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