第15話「笑顔を見るためにオッケーした」

「今日は今のところ依頼が来てないの」

「そ、そうなんですか」

「こういうのがたまにあるから」

「分かりました」


 マジか……。まぁ、幸いにもアットホームなところだから苦痛ではないけど。

 緊張を免れるためテーブルにあるお菓子を口にしてみる。

 お、旨い。見た感じ手作りっぽい。


「おいしい?」

「はい、凄く」


 微笑みを浮かべ高林さんのお母さんが俺を見ていた。

 優しい笑顔になんとも言えない気持ちになる。

 高林さんの笑顔もこんな感じなのかな。


「嬉しいこと言ってくれるね。スイーツは全部行ける口?」

「苦手なものは今のところないです」

「そっか。嫌じゃなければ作っておくから」

「ありがとうございます」


 え、依頼がない時毎回ってこと?

 とりあえず礼を言ってしまったけど、期待してもいいのかな?

 高林さんを見ると小さく頷いてきた。

 良いところにバイト入ったんじゃね。


「花咲君は、彼女いるの?」

「唐突ですね、いません」


 お茶を飲んでいたら壮大にぶちまけてるところだった。

 俺が至って自然に答えると、高林さんのお母さんは眉をピクッと上に上げる。


「いるように見えたぁ」

「そ、そうですか?」


 キラッキラっした瞳をしてキャッキャッされても正直困る。

 ……もしかしてこの人空読めない人なのか。

 というか、そんな事言われたことないけどな。


「なんか雰囲気がそうだった」


 ますます言われたことない。色恋沙汰に興味あり過ぎ系の人なのかな。


「あ、ちょっと待って。スマホが震えてる」

「依頼ですか?」

「うん、この震え方は仕事用のスマホの振動だから」


 まさか二台持ち! てか、スマホを依頼受付に使ってるんだ。

 危険じゃないのかな。わりと道端でスマホの電話番号載せてるところ多いけど。


「そんなわけで依頼です。莉音奈のスマホに依頼主さんの場所載せたから二人で行ってきてください」

「分かりました」

「……コク……」

「あ、ちょっと待って。先にスーパー行ってきて。お子さんがいて家から出られないから材料買ってきてほしいって」

「……コク……」

「これ買い物リスト」

「……コク……」

「じゃあ、お願いします」

「行ってきます」


 手を振り、見送る高林さんのお母さんに頭を下げる。

 なんか仕事してる感じしないな。

 スーパーへ到着し、買い物リストに目を通す。


「小さい子がいるだけあってカレーもヒーローが描かれた容器なんだな」

「……一般的なカレーの甘口のやつは……ハチミツが入ってるの……」

「それで甘いんだ」

「あとハチミツは……赤ちゃんには食べさせちゃいけない……身体がまだハチミツの中にある菌に対応できない……」

「なるほど。知らなかった」


 さすがなんでも屋の娘。なんでも知ってる。

 やっぱり知識がないと臨機応変に対応できないもんな。


「あれ?」


 聞いたことのある声が耳に入った。凄くこのタイミングでは会いたくない人物。

 シカトしちゃおうか。


「なんだ二人水臭いぞ」

「……?」

「付き合ってるなら教えてくれても良かったのに」

「違うから。付き合ってない」


 スルーできなかった。

 ていうか、してしまったら肯定になるから声を上げざるを得なかった。


「……バイト……」

「え、バイト?」

「あぁ。依頼した人に買い物頼まれたんだよ」

「そういうこと。…………」


 信じてないが、知ったことではない。こっちは仕事をしてるんだ。

 構ってる場合ではない。花咲はジト目の新川を無視して買い物を続行した。



 ☆ ☆ ☆



 朝と夜の気温差が徐々に出てきたある日の昼休み。

 弁当のフタを開け、一際存在感を放つからあげに箸をつけようとしたらその上からフタを閉められた。

 どういう風の吹き回しだ。白く小さい手から察するに明じゃない。


「なんだよ、美沙」

「食べる前に聞いてほしいことがあるの」

「聞いてほしいこと?」


 箸を弁当の縁にかける花咲を見て「ありがとう」と礼を言うと美佐は体勢を整えた。

 おかしな雰囲気を感じ取った新川は、席を立とうとするが、それは花咲が阻止。

 勘違い野郎か、こいつは。


「この間バイト私もやろうかなって言ってたじゃない?」

「あぁ、言ってたな」

「それでね、その面接が今度の日曜にあるの」

「ポンポン話進むのが早いなしかし」


 ついニ・三日前の話で面接まで段取るとかもはやこれを長所と呼ぶべきだろう。


「ホント小堀って行動力あるよ」

「ありがとう。でね、凪についてきてほしいなって」

「してやれることなんてミジンコよりもないぞ」

「いやいや、いてくれるだけで全然違うから」

「そ、そうか」


 万策つきた。美沙の中で明と行くという選択肢はないらしい。

 さり気なく否定してみたが、見事に返されている。


「お礼は必ずするから」

「分かったよ。今度の日曜って来週の日曜か?」

「うん、来週。ついてきてくれるの?」

「あぁ」

「ありがとっ」


 まぁ、この笑顔を見るためにオッケーしたということにしておこう。

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