第11話「真顔プラスローテンション」

「お待たせしました。ピザとドリアです」


「ありがとうございます」


「ごゆっくりどうぞ」


「食べづらいだろうから気にせず食べな」


「わ、分かりました」


「……いただきます」


「い、いただきます」


 何年ぶりにいただきますって言っただろうか。

 高林さんがしっかりやるもんだから流れでやらなければなるまい。

 ……ちょっと待て。そういえばこの依頼主マナー講師の割にいただきます言ってなかったな。


「あ、ちょっとトイレ言ってくるね」

「はい」


 席を立ちトイレへと消えていく依頼主を最後まで見送り、視線を再び料理へと戻す。

 すると、高林さんが横目の端にうつった。


「ふぅふぅ……ふぅふぅ」


「もしかして猫舌なの?」


「……コク……」


「でも、食べたいんだよな」


「うん」


「分かる。俺も猫舌だから」


 人より何倍も時間がかかってしまうから極力このような場面では熱々のものは避けるようにしている。


 でもね、やっぱり人間なんすよ。


 食べたいの。猫舌なんかこの際都合よく忘れてあの味を堪能したい欲が出てきてしまう。


「……さっきはありがとう」


「さっき?」


「……G出てきたとき」


「誰も好きな人なんていないし。気にしない気にしない」


「……抱きついたのは……二人だけの秘密……あちゅ」


「お、おう。分かった」


 ぎゃー!! 可愛いっ可愛いっ可愛いすぎるっ!


 あちゅって、ヤバくない!?


 狙ってやってないのが分かるからなおのことキュンとしたわ……。



 ☆ ☆ ☆



 とある休日。日中のなにをしたらいいか分からないと思っていた矢先のメッセージ。

 相手は美沙。図ったかのようなタイミングだが、偶然であろう。


[美沙:高林さんと三人で遊びたいです]

[凪:休みは休むためにありますです]

[美沙:ちょっとなに言ってるか分からない]

[凪:なんでだよっ]


 この話の内容的に偶然を装ってる可能性がある。

 とんだブラック企業並みの返しに突っ込まないわけにはいかなかった。


[美沙:今凪の家の前]


[凪:お引き取りください]


[美沙:まぁ、そーいうと思って侵入してる]


[凪:はぁ!?]


[美沙:君の部屋のドアを開けてみそ]


[凪:いよいよそこまでするようになったのかっ]


 スマホをテーブルに置き、自室のドアを乱雑に開ける花咲。

 開けられたそこから見えたのは本当に美沙が程よくオシャレした姿で立っていた。


「アニメをパクっただけよ?」


「マジでいるし」


「ていうか、小さい頃から凪ん家の鍵持ってるでしょ」


「あ……。執念が凄い感じして気が動転してたわ」


「高林さんと遊びたいぃ」


 俺の腕を取り、ゆさゆさ揺らしてくる美沙。


 小さい子がお菓子買ってほしくて親にすがってるみたいじゃん。

 腕をもぎ取るつもりではないのかもしれないが、やられてる方は凄い痛い。


「駄々っ子かお前は」


「高林さんと遊びたい」


「うわっ。急に真顔プラスローテンションになるなよ怖いっ」


「じゃあ、いいって言ってくれる?」


 そんでもって笑みを浮かべる美沙に、武者震い。

 どんなホラーよりも背筋が寒くなった。


「分かったよ。高林さんの予定があった場合は諦めろよ?」


「それは、しょうがないでしょ。凪はダメだとしても」


「意味が分からん」


「特別だよ?」


「そんな特別受け取りにくいわっ」


 特別扱いするなら理由をもっとまともなものにしてくれ。


 そんな特別は少しばかり寂しい。

 拒否権を行使すれば特別扱いはしないとか。


「受け取らないわけじゃないんだね」


「そりゃ、俺の中でも美沙は特別ポジにいるからな」


「嬉しいこと言ってくれるじゃん。おし、その流れで高林さんを誘ってくれたまへ」


「……はいはい」


 仕方ない。送っておくか。すまんな、高林さん。

 君の大事な休日は今を持ってして自由はなくなったぞ。


[凪:休みの日に悪いな。今日遊べるか?]

「あー、緊張した」


 後ろめたいことがあると気が引ける。

 胸に手を当て、ホッとしている花咲に美沙が「そこまで?」と疑問を呈してきた。


「美沙は、慣れてるから緊張しないけど、高林さんはついこの間会ったばかりだから」


「ポジティブに受け取っていいんだよね?」


「ネガティブではない」


「真ん中ってことね」


[莉音奈:大丈夫]


[凪:美沙も一緒だけどいいか?]


[莉音奈:平気]


「なんだって?」と、高林さんからの返答が気になる様子。


 少し意地悪したくなる気持ちになるんだよな。

 まぁ、実際には行動しないけど。


「大丈夫だって」


「じゃあ、凪ん家に来てもらお」


「え、わざわざ?」


「だって、ここで集合した方が近いから」


「遊ぶってデパート行くことだったんだ」


 遊ぶっていう言葉があまり適切でないのはこの際置いておこう。

 指摘しては先に進まない。


「そゆこと」

[花咲:とりあえず俺ん家に来てくれ]

[莉音奈:分かった]


 しばらくして高林さんがやってきた。

 部屋に招くと、美沙が高林さんを見るなり「高林さんて可愛いの好き?」と質問を投げかけた


「……コク……」


「良かったぁ。ここまで来て今さら不安になってさ」


「俺傍観してるわ」


「出会った記念におそろのアクセ買うの。凪もちゃんと参加して」


「……りょーかい」


「高林さんは、犬と猫の動物系とイルカとシャチみたいな海の生き物系どっちがいい?」


「なぜ花系がない」


「凪に聞いてないし」

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