第10話「突っ込んだらダメ」

「どっか行くまでこのままでいるか?」


「うん」


「さすがにGは鳥肌立つよ俺でも」


「動きが気持ち悪い」


「急にガッって動くのがもうヤバいな」


「うんうんっ」


 強く頷いたことによってシャンプーの匂いがさらに香ってくる。

 取り返しのつかないことをしてしまう前に離れてもらわないとっ。


「よ、よし、もう近くにはいないぞ」

「……ありがとう」


 高林さんの肩を持って後ろへ力を加えると、思いのほかすぐ離れていく。

 温もりが消えた場所が冷っとした。


「また現れたら遠慮しなくていいからな」

「……コク……」


 超役得な出来事に味をしめた花咲は、またなにか起きないかと思いながら作業を続けた。


 ――なにも起きなかった……。


 おかげでなんとかリビングにいくまでの道のりはキレイにすることができたけど。

 これじゃ、また依頼が来るのもそう遠くない未来にやってくるだろうな。


「おーっ、凄い! この短時間にできるクオリティーじゃないよっ」


「ありがとうございます」


「また汚れてきたら頼むね」


「……はい」


「是非に!」


 高林さんは出来ればもう来たく無さそうな声色だったけど、俺は元気良く返事しといた。

 片方は良いイメージ与えとかないとね。


「あ、そうそう。近くのお店で夕飯どう? おごってあげる」


「いえ、遠慮しておきます」

「そう言わずにさ」

「ちょっと確認してみます」


 なぜか花咲を見る。腹が減ってたから頷いておいた。

 あまり表情の見えない顔して見られても、どっちだか分からん。

 もうねホントただ見てるだけ。


「今回だけお願いします」


「よし、きたっ。一人だと寂しくて。ファミレスでオッケー?」


「はい」


 そして徒歩で三分ほどにあったファミレスに到着。

 入ってすぐ食欲をかきたてる良い臭いが俺らを出迎えた。


 依頼主が対面に一人で座り、俺と高林さんが長いすをシェアすることになった。


「なんでも頼みんしゃい」


 このお店注文がタブレット式。これ非常に助かる。

 手を上げてスタッフを呼ぶのって中々コミュ不足の俺としてはレベルの高いことだから。


「はい」


「……ドリア」


「オッケー」


「俺ミートスパ」


「了解です」


 あれ、ちょっと待って? なんか俺がタブレット操作担当みたいになってない?

 まぁ、別にいいけどさ。なんかすごい自然だったから。


「超今さらなこと聞いていい?」


「はい」


「男の子初だよね」


「つい最近入りました」


「そうなんだ。付き合ってんの?」


 水を少し口にして依頼主は興味津々に俺達の顔を見てくる。

 え、ここは正直に言うところ? それともがっかりさせないようにその場限りの嘘をつく?

 ……いや、こういうときは真実を言ったほうが懸命か。


「いや、ペアになってるだけです。付き合ってないですよ」

「仲良さげだったからてっきり付き合ってるのかと思った」


 なんで仲良さげイコールカップルにする。


 ていうか、端から見て俺らが仲良くは見えない気がするんですけど。

 あと、高林さんには付き合うとかの意味で隣を歩く人物は別にいるだろ。


「俺には高林さんはもったいないですよ」

「そんなことないと思うけど」

「お待たせしました。ミートスパゲティです」


 今日初めて会ったのに俺のなにが分かるんだよと喉まででかけて店員がやってきた。


 マジ感謝。クレームになり得たかもしれない。


 気をつけよう。


「どうする? 待ってようか?」


「いえ、お先にどうぞ。冷めますよ」


「あ、そっか。ドリアが時間かかるもんね」


「はい」


「じゃあ、お先に」


 断ってから依頼主はフォークのみを手に取り、パスタの中にそれを入れ回す。


 スプーンを駆使していない。


 どうも用意してあるのに、スプーンを使ってパスタを巻くのは本場ではやらないらしいとどこかのテレビ番組でやっていた。


「じっと見てどうした?」


「あ、いや、スプーン使わないんですね」


「本当は使わないで巻くのが一般的なんだよ。本場では」


「そうなんですね」


 こういうときは知っていても知らないふり。

 話の腰を折られると嫌な気分になるからな。


「あと、実は巻く向きもあるから。半時計回りには巻かないこと」


「ん、なんでですか?」


「……前にいる人に……飛ぶから」


 高林さんに聞いていないのになぜか首を突っ込んできた。


 さすがに巻く向きまではわからなかったけど。


 なんでも屋だけあってそういう場面に出くわす機会があるのかもしれない。


「そう。タレ? が飛ぶんだよ」

「でも、普通は時計回りですよね」

「まぁ、そうなんだけどね」

「予備知識として頭に入れておきます」

「……私も」


 いや、あなたは知ってたでしょ。

 高林さんは、とりあえず話を聞いてますと言わんばかりに相づちを打った。


「にしても、どうしてそんなこと知ってるんですか? 部屋を見る限りそう言ったマナーには詳しそうに見えないんですけど」


「ストレートに言うね。実は俺マナー講師なんだ」


「……へ、へぇ」


 抑えろ抑えろ。突っ込んだらダメだ。


 この人はあくまで依頼主。


 ただ正直自分の部屋をきれいにできてない人にマナーをとやかく語られたくないとは思う。



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