第6話「とんだクラッシャー」

 莉音奈の言葉に甘え、立ちがって熊手を持とうとしたら、彼女が大きな悲鳴をあげ尻もちをついた。それに驚き莉音奈の元へ駆け寄る花咲。


「目の前に……虫がっ」

「苦手なのか」

「大嫌い」

「そ、そうか」


 そこまでっ。なんか自分に嫌いって言われてるみたいで傷つくな。


「っ! ひっ」

「高林が草熊手で集めたらいいじゃないか?」

「うん」


 頷くの早っ! 虫見ても無言かと思ったら、超怖がるとかキュンときちゃうじゃないの。莉音奈は、花咲から熊手を受け取ると、小さい虫にビクビクしながら草をまとめだした。


「こういうの苦手だったら断ったらどうだ?」

「今日はそうもいかなかった」

「なるほどね」


 いつもは断ってるんだ。今日が俺の初バイトだったから受けたのか。近場だし。疲れないようにしてくれたんだな。


「……」


 なんか申し訳ないことをしてしまったかな。そう思いながら草むしりに勤しんでいると、さっきのおばぁちゃんの足元が視界の隅に見えた。

 顔を上げると、手に封筒のような物と缶を持っている。え、まだ終わってないよ?


「ありがとうね。こんなにきれいにしてくれて」

「……いえ……」


 依頼者のおばあさんの感謝の言葉に首を振り、反応する莉音奈。それに対し、おばあさんはニコリと笑みを浮かべたあと


「あとは息子にやってもらうからいいわよ。これお金とジュース。明日も学校あるだろうからね」


 莉音奈に封筒と缶のジュースを二本渡した。


「ありがとうございます。ホントにあと少しですけどいいですか?」

「いいのよ、契約は一時間だから。そういうのはきっちり守りたいの。ルールはルール」


 真面目な人なんだな。俺だったらちょっとオーバーしてしまうかもしれない。見習いたいけど、出来る自信はあんまりない。


「わ、分かりました」

「ゴミは、その手押し車に置いといて」

「……かしこまりました……」

「またお願いね」

「はい」


 草の入ったビニール袋を手押し車に置き、おばあさんの家を出る。さて、ちょっと高林に聞いて置くことがある。


「ちょっと疑問なんだけどいいか?」

「……? ……」


 わずかに視線をこちらに向け、首を傾げる高林。走行中にこっち向くなよ。呼びかけたのは俺だけど。


「俺が来るまで誰とペア組んでたんだ?」

「一人。基本一人。家族経営だから」

「マジか」


 お金もらってるのに一人はハイリスクでしょ。美沙じゃないけど、ボディガード的に父親と行くとかさ。そんなことを花咲が思っていることを気づく様子もなく赤信号で止まったタイミングで、北を指差した。


「次はこっち」

「え、もう一件あるのか」

「そう」

「聞いてないぞ?」

「言ってない」


 てっきり事務所に戻って走ってるのかと思った。始めに言ってほしかったな……。まぁ、別にこのあと用があるわけじゃないけど、気持ち的な問題?


「ついた」

「近っ。ほぼ徒歩圏内じゃん」

「最初だから近場にしてくれた」

「それはありがたい」

「あら、見かけない顔ね」


 チャリを止めて制服を整えると、お上品ぽい女性がやってきた。そばには中型犬がお座りをしていた。可愛い。


「新しいバイトです」

「へぇ〜、そうなの。よろしく」

「よろしくお願いします」


 笑顔も素敵だなこの人。あと、家が大きいこと。


「はい、これ。この子の散歩お願い」

「かしこまりました」


 依頼主からリードを受け取る莉音奈。おばあちゃんのあとのこの人だと対応に差があってきつく感じるわ。なんというか、笑顔なのに口調が強い。


「それじゃ、お金先に渡しておくわ。あと、終わったらさっきのところにつなぎ直しておいて」

「かしこまりました」


 依頼主が去っていく。その後を追いかけようとしてリードにより強制停止。


「……しっぽふってない。気をつけて」

「え、警戒されてる?」


 主人が来ないのを察したか、こっちを向きお座りした。指摘通りしっぽが動いていない。高林を見ると「うん」と頷いて、犬の鼻に手を近づけた。


「マジか」

「散歩用リードあらかじめつないでもらってて助かった」

「つなぎ直すことから始めるんじゃ大変だったな」

「噛まれてたかも」

「ありえる」


 ありえるけど、あなた。今さっき犬の鼻に手を近づけたよね? 凄いひやひやしたんですけど。


「行こう」

「そうだな。初体面の俺らでもちゃんと歩いてくれるかな」

「初対面なのは花咲だけ」

「え?」


 衝撃的真実! まさか今の話の流れだと高林もこの犬と初めて対面するみたいな感じじゃなかった?


「私は、何度か会ってる」


 そういうことは、先に言ってよ。急に悲しい気持ちになったわ。犬の目が花咲を捉えてるのを彼は気づき、慌てて目を逸らした。人の飼い犬を野に放す訳にはいかないと最もな理由をつけて自分を納得させた。


「じゃあ、ずっと高林がリード持っててくれ」

「分かった」


 頷いて莉音奈は、動き出した。その後を並走する犬。それまたその横を歩く花咲。

 だいぶ普通に散歩じゃないか。何度か会ってるだけはある。俺だけ見知らぬ不審者。いやまぁ、まだ威嚇されないだけマシか。


「おおー! ちゃんとついてきてる」

「いつもならしっぽ振ってるから、今日は緊張してるのかもしれない」

「いや、警戒してるんだろ」

「なんか違うかもしれない」


 優しさが逆に辛い……。ストレートに言ってもらった方が楽である。


「あら、見ない顔ね。引っ越してきたの?」


 ショックを受けている花咲をチラッと犬が一瞥した時前方から声が聞こえてくる。そこには、四十代くらいの女性が犬に手を振り、首を傾げていた。


「いえ」

「ふ〜ん。犬も可愛いけど、彼女も可愛いわね〜」

「か、彼女じゃないですっ」

「いやいや恥ずかしがらなくてもいいじゃない」

「恥ずかしがってないです」

「はいはい、ちゃんと大事にするのよ〜」

「それは、しますよっ。って、行っちゃった」


 とんだクラッシャーだったな。犬も自分はついでですかって顔してるよ。


「ああいう人もいる」

「もう出来れば会いたくない……」


 でも、悪い気分ではない。まぁ、高林はどう思ってるかは差し置いてるが。こうして初バイトはこれ以上のトラブルなく終了した。続けていけそうな気がする。


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