第7話「肯定されると傷つく」

「あ、おかえり〜」


 凪が自室に入ったら、ベットに腰を下ろし足をバタバタさせている制服姿の美沙が出迎えた。


 無防備だな、まったく。


 人のことを信用してくれるのはありがたいが、勝手に部屋に入るのはどうかと思う。


「なんで美沙がいる」

「入る家間違えた」

「そんなわけあるか」


 ホントに間違えてたとしたらマジで心配なんですけど。


 家が隣って言ったって門が違うじゃん。


 それとも家の鍵が開きっぱなしになってたとか?


 お袋がほぼ家にいると思うんだけど。


「凪ん家のピンポン押したらおばさん出た」

「そりゃ出るでしょうよ」


 おかしなことを言うのな、この幼なじみは。

 いないほうがイレギュラーだから。


「バイトやるって喜んでて、いないから帰るって言ったらここを案内されたの」

「ババァ……」


 なんで息子が外出してるからって息子の部屋に通しちゃうんだよっ。


 リビングで引き留めててくれないと。


 年頃の男子は見られたくないものが一つや二つあるんだから。


「バイトどうだった?」

「まぁ、続けていけそうだよ」


 このセリフをまさかお袋よりも先に耳にするとは思わなかった。

 一緒のところに入ってきそうになったら全力で阻止しないとな。

 知り合いが同じ勤め先にいるとかやりにくいったらありゃしない。


「そうなんだ。今度ごちそうしてもらおうかな」

「たまにしてあげるよ」

「やった!」


 依然として立ちんぼの俺から見え隠れする美沙の白い布。

 目線をどこにおいたら良いか悩ましい。


「あと、スパッツ履けって」

「ルールは、破るためにあるんだよ?」

「守るためにあるの」


 そんなこと言うふうに育てられたようには見えなかったんだけどな。

 俺の注意を右から左へ受け流してる感じの「はーい」を耳にし、嘆息する。

 美沙は、続けて


「ムラムラくる?」


 含みのあるそれでいて少し羞恥心もはらんだ笑みをセットに尋ねてきた。

 恥ずかしがるなら言うなよ。こっちが体熱くなるわっ。


「男だからくるよ」

「え、キモ」

「はぁ!? お前が言わしたようなもんだろっ」

「冗談だよ。ちゃんと見てくれて嬉しい」

「……」


 本人の意思と関係無しにスカートがズレてきている。

 このまま黙って純白のそれを見ててもいいが、そうやって見れてもなにも嬉しくないというかなんか違う。

 花咲は、理性を保つため美沙のズレたスカートを彼女に近づいて直した。


「ありがとう」

「見られたくなかったらマジでスパッツ履けよ」

「うん!」


 肯定されると傷つく!

 しかも、大きく頷いたから気持ちこもってるし。


「凪は今彼女いるの?」

「……悲しい現実を思い出させるなよ」

「あ、そんなナイーブな感じなの」

「美沙はどうなんだよっ」

「いたら凪にパンツないよ」

「そりゃそうか」


 ん? 今ニュアンスおかしくなかった?

 気のせいか? 


「最近の若い男女の関係おばさんには分かんないわ」


 入り口付近からの声に二人は同時にそちらへ首を向ける。

 お盆を手にした花咲の母がドアのそばで眉をひそめ立っていた。


 なんか白米の臭いがするんですけど。


「い、いつからそこにっ」

「スパッツがどうのこうの辺りから」


 多分致命傷は負ってないと思う。思いたい。


 普通にしてたよな、俺ら。


 記憶が飛んでてチョメチョメしちゃったとかないか?

 怖くて聞けないけど、分からないのもモヤモヤする。


「ていうか、ノックしろよ」

「いや、最初から開いてたけど?」

「凪が締め忘れたんじゃない?」

「かもしれない」

「そんなことよりこれ。冷めないうちに」

「もうそんな時間か」


 やはり白米の入った茶碗がお盆に乗っていた。

 スマホに目を落とすと、18時半と書かれており日の入りが遅いことね?


「私帰りますよ」


 ベットから腰を上げて部屋を出ようとするもおふくろが大股を広げ立ち塞がった。 

 股の間通れば脱出できますけど?


「もう作っちゃったから食べていって。奈々には電話しといたから」

「根回しが早いな」


 拒否権は存在しないとか。ギャンブラーでも挑戦しないでしょ。

 ちなみに、奈々というのは美沙のお袋の名前。


「ありがとうございます」

「それじゃ、ごゆっくり〜」


 お盆をテーブルに置き、お袋は美沙に愛嬌を振りまいて背中を俺らに向けドアを閉めた。


 何がごゆっくりだよっ。


 ゆっくりさせる仕様のおかず。あんかけがかかった料理。

 なんて名前なのかは分からないが、なかなか冷めないから時間がかかるのは分かる。


「手作りかな?」


「こんな冷食あったら世のお母さん達はやる気が皆無になるぞ」


「そうだよね」


「制服汚すなよ」


「じゃあ、これ使ってもいい?」


 そう言って美沙が触ったのは花咲が使っている毛布。

 イタズラぽくない表情で聞いてくるので、彼は「ちょっ、バスタオル貸すから!」と真面目に制止した。

 俺の慌てぶりが面白かったかあははっと笑う。


「冗談だって。そんなガチで拒否んなくても」


「やりそうだからだよっ」


「いくらなんでも人の毛布を汚れ防止には使わないよ」


「……」


 先に床に腰を下ろしていた美沙の斜め前に座る花咲。

 小さいテーブルのため距離が近い。

 凄い食べづらい……。


「食べていい?」

「美沙はお客さんなんだから先食え」

「じゃあ、遠慮なく。おいしいっ」

「そりゃ良かった」



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