第4話「ナギニトッテホシカッタノ!」

 この間我が幼なじみと遊ぶ約束をしていたのを覚えているだろうか。

 その幼なじみこと小堀美沙と共に、家から一番近いゲームセンターにやってきた。


 開店直後ということもあってガランとしている。


「開店してすぐだから貸し切りみたいだね」


「そうだな」


 歩みを進める美沙の後を適当に相づちを打ってついていく花咲。

 ゲーム機自体の音がいつも以上に大きく耳に入る。


 特別感を抱いたところで、彼女が足を止めた。


「この間取ろうとして中々取れなかったミニキャラがあってね? 凪に取って欲しいの」


「あぁ、なるほど。それで開店選んだのか」


「いや、違うよ。別に今どきアニメ好きなの隠す時代じゃないじゃん」


「まぁ、そうか」


 ひと昔前はひた隠しにしなきゃいけなかったらしいから、驚きを隠せない。

 今なんかむしろこの間のドラマ観た? と同じノリで、あのアニメ観たに答えられなかったら空気が凍る。

 ん? 昔の方が大勢で共有しない分あまりコミュが苦手な身としては、こっちの方がいいかもわからん。


 自己解決した花咲の背中を美沙が押し始めた。


「そんなことより早く取って!」


「分かった分かった。だから押すなよっ」


「だって、ごちゃごちゃ言ってるから。人気なんだからね。このキャラ。無くなったらどうすんのっ」


「大丈夫だと思うんだけど」


 俺と美沙以外店員しかいないけど。


 その状況下でどうやって無くなるかよ。


 このゲーセンにマジシャンがいない限りは絶対無くならないって。


「なんか言った?」

「言ったけど、なんでもない。やります」


 美沙の声色の変化に花咲はズボンのポケットから財布を取り出し、クレーンゲームに目を移す。

 言い返すのは更にめんどくさいことになり得るから止めておいた。

 美沙の言葉通りミニキャラの置かれた場所は、取れそうで取れないところに設置されている。


「よろしい」


「ほんとに絶妙な位置だな」


「そうなんだよ。……意地悪でしょ」


「でも、そう簡単にポンポン取られたら商売あがったりじゃん」


「朝イチに来た人には取りやすくするとかさ」


「そんなゲーセン日本中どこ探してもないだろ」


「分かんないよ?」


 絶対無いって。そんなところあったら今頃ネットで話題になってるから。


「ていうか、美沙。いくら持ってきた?」


「私は出さないよ」


「そうかそうか」


 出口へ向け、踵を返そうと花咲。それに美沙が彼の腕を掴み制してきた。


「あー、ごめんなさいっ。いくらでも出しますっ」


「いや、そこまではかからないと思うけど」


「え、もう取れるの!?」


「そうとは言ってない」


「なんだ……。あとどれくらい?」


「たぶん。ニ・三回」


「おー!」


 自分の顔の前で指先だけで拍手する美沙。

 ヤバい。ハードル上げてしまったかもしれない。


「多分だよ、多分」


「ハードル下げてもがっかりはがっかりだよ?」


「普通さ、こっちのモチベーションを上げること言わねぇか?」


「イッツジョークよ」


「はいはい」


 こいつにそういうことを求めるのはやっぱり無理なのかな。


 それとも分かってやってる策士なのかしら。


「むぅ……。凪はこのアニメ観てたっけ?」


「全部は観れてない」


「なら観てっ。なんなら今度ウチで観ていいから」


 ぜひともそうさせてもらおう。一人より二人で観たほうがいいもんな。


 ……というのは、嘘で。


 録画されてるのを観たほうがコスパが最強。

 なにせタダで観れる。これに勝るものはないべ。


「お、おう。分かった」


 小堀家訪問が決まってすぐガコンっと落下音。


「よし、取れた」


「凪凄いねっ!」


「コツさえ掴めればいけるのよ」


「そうなのね。取りすぎで出禁にならないでよ?」


「大丈夫大丈夫。ゲーセンの方も試行錯誤してるから。次は取れづらくなってるよ」


「へぇ〜。あ、そうそう。凪」


「なんだ?」


 二人で来たというのに、何故か改まって俺を呼ぶ美沙。


 なんか思い出したような感じだけど。


「実はさ、店員さんに言えば取れやすくしてくれるか物くれるらしいよ? 多分」


「……なんだお前」


「ナギニトッテホシカッタノ!」


 渡していたミニキャラを胸に抱き、上目遣いでカタコトで本当なら嬉しいことを言う。


 思ってもいないことを言いやがって……。


 あと、ぬいぐるみを抱っこしての上目遣いする女子のキュートさハンパないなっ。


「そういう仕草は好きなやつにだけにしろよ」

「分かってるからそのくらい。本気じゃないし」


 本気じゃないのにその破壊力。


 本気verの破壊力となれば、さぞ凄まじいだろうな。


 ていうか、分かってんならやらないで欲しかった。


「ならいいけど」


「次シューティングゲームやろ」


「ゾンビ系だったら辞退するわ」


「最初からやりたくないって言ってよ」


「いや〜、どうも苦手で」


「じゃあ、やろう」


「ちゃんと聞いてたか、美沙さんよ! 新しいパワハラすんなよっ」


「だって、ゲーセンにいる時間短すぎだよっ。せめてあと十五分くらいは居よう?」


「……分かったよ」


 充分な時間滞在したと思うんだけど。我が幼なじみには短く感じたらしい。


 まぁ、付き合うけど。


「あ、良かったね凪。ゾンビ系じゃなくなってた」


「お、これならワンチャン」


 見た感じ普通の協力系シューティングゲーム。

 これならポンコツにならずに済む。


「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる」


「玉無くなるけどな」


「このゲーム玉無限にあるタイプだから」


「さすが」


「なにがさすがなのか意味分からないけど」


「うん。俺も分からないから安心して」


「始まったからね?」


「ちょっ、勝手に進めんなよっ。まだデモムービーかと思った。って、ぎゃあー!」


「うるさい、凪。どうしたの」


「敵ゾンビじゃん!」


「あ、ごめん。いたね」


 脳裏にゾンビ特有の顔が焼きついちゃった。瞬きするたび残像が薄っすらと!


「いたね、じゃねぇよ。あー、夢に出てくるわ」

「とか言って、あっという間に朝だって」


「まぁ、そうなんだけ――」


「凪っ。そっちにゾンビ行ったよっ」


「なに!? キモキモッ」


「全然当たってないからっ」


「キモいもんはキモいっ」


 下手な銃さばきで画面を見ないというスペシャルな技を発動させる花咲。

 動きがキモい。肌質がキモい……。全部キモい! キモいキモいキモキモッ……。


「せめて画面は見て! あー……」

「……」


 画面には大きく赤文字でゲームオーバーとテロップ。

 恐らく序盤は序盤のステージで終了したのではないだろうか。

 このゲーム史上最速ゲームオーバーかもしれない。


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