第2話「一緒に寝るよう指示を受けております」
「ありがとうございます」
「このくらいは。いただきます」
「はい」
極力高林さんの顔を見ないようにケーキへ視線を落とす。
そしてすぐさま一口。す、スポンジが柔らかいっ。
お店のものかと思ってしまうほどしっとりしている。
ホイップもさっぱりと飽きのこなさそうな後味。
くせになりそうだ。
「お口に合いましたか?」
「合いまくりだった。凄く旨い!」
「ありがとうございます」
礼を言うのはこっちの方なんだけど。
こんな美味いもの食べさせてもらえてるんだから。
なんでも屋の人って凄いな。他にどんなことするんだろうか。
「なんでも屋ってどんなことするんですか?」
「……」
ハンカチで口元を拭い花咲を一瞥し、莉音奈が口を開いた。
あら、お上品。ちゃんと口元を拭いたよ。
俺の周りの女子は覚えてる限りではそのようなことする人物に心当たりはない。
「お留守番や小さな子の子守。ペットのお散歩など色々です」
「へぇー、そうなんですね。楽しいですか?」
「色々体験できますので」
「なるほど」
バイトするならなんでも屋だな。
話を聞く限りなんか続けていけそうだし。
工場とか毎日同じ人と何時間も一緒のところにいるのと、不特定多数の人とその場かぎりの出会いなら俺は後者の方を選ぶな。
変な気疲れしなくていい。
「おかわりもありますが?」
「さすがにニ個は食べられないですよ」
「……そうですか」
わずかにショボンとしたような。
莉音奈がトングを一ピースからゆっくり離す。
表情は変わらないけど、声色は少し変化が出るのか。
「明日も食べるから冷蔵庫に入れておいてもらえますか」
「分かりました。ついでにお皿もお下げします」
食べ終えて空になったお皿が目に入ったのか、高林さんがイチゴのホイップホールの乗ったお皿と俺の皿を手に取った。
両手塞がってるじゃん。
「何から何までやってもらうのは悪いので、皿洗いやりますよ」
「大丈夫です」
「いや、でも、両手塞がってますよ」
「ご依頼主には手伝ってもらってはいけないことになってますので。花咲さんは居間でくつろいでいてください」
あらまぁ、すごい真面目!
ルールはルールパターンですか。
花咲は、莉音奈のお願いに素直に従うことにして居間のソファに寝転んだ。
無理に手伝っても悪いからな。ふわぁ〜……。
あ、ヤバ。キッチンから聞こえる水の流れる音が子守唄だわ。
数秒後花咲は眠りについた。
☆ ☆ ☆
「……さん。お……ください」
「……」
まどろみの中花咲は、聞き馴染みのない声に困惑していた。
どうしてうちに知らない女子がいるんだ?
あぁ、夢かこれは。そうかそうか。
「起きてください、花咲さん。お風呂湧きました」
「……? ……」
揺さぶられている。
ということは、夢ではない?
あまりにこれはリアルな手の温もりを身体に感じて――は!? そうだったっ。
「す、すみません。俺いつの間にか寝てましたっ」
ようやく寝ぼけた頭で夕方の出来事を思い出して花咲は、上体を起こしてすぐ横に立っていた莉音奈に謝罪の言葉を口にした。
わずかに彼の動作にピクついたものの無表情は貫く莉音奈は、それに対し首を横に振り応える。
「大丈夫ですよ。それよりお風呂湧いております」
「仕事で来たと言っても、やっぱりお客さんはお客さんだし先にどうぞ」
「いえ、花咲さんが先に入るべきです」
「普通こういうときは客人が先なんですよ?」
「……分かりました。入ります」
「どうぞどうぞ」
ペコッと頭を下げ、リビングを出ていく莉音奈。
なんとか先に風呂入ってもらえた。安堵し、俺は自室へ足を運んだ。
一人っ子だから予備の布団がないのよ。
応急処置として俺のベットを使ってもらうことにした。
さすがに見ず知らずの男子が使った枕カバーは嫌だろうから代えておく。
よし、洗剤の良い香り。
これなら裏で悪口言われなくて済む。
階下に向かい、リビングへ入ると、すでに高林さんが戻ってきていた。
自分ちのシャンプーとかの香りなのに凄い別の代物かと思うほど良い匂いが彼女からする。
「一番風呂ありがとうございました」
「気にしない気にしない。それじゃ、俺も入ってきますね」
「行ってらっしゃいませ」
頭を下げる同い年の女の子を横目にリビングを後にし、浴室にはいる。
当たり前だが、中は高林さんと同じシャンプーやボディーソープの匂いで充満して――あ、よく考えたらこれもの凄い精神的に自爆しているよね!?
年の近い女子の入った風呂に入るのって……先に入っておけば良かった。
胸の高鳴りを抑えられないまま湯に浸かり数十分。
若干のぼせ気味の凪が再びリビングへ戻ると、キッチンでなにやら作業している莉音奈と目が合う。
「戻りました」
「……」
コクっと頷き、作業を再開する高林さん。
必要以上のことはやらなくてもいいのにな。
仕事一筋タイプか。
「今日泊まるじゃないですか」
「はい、泊まらせていただきます」
「布団なんですけど、俺一人っ子で友達も少なくて他の人が家に泊まりに来ることがほぼないので、布団の予備がないんです」
ヤバい、言ってて悲しくなってきた。
花咲が自分の言葉にダメージを受けている中、莉音奈は作業を続けつつ彼を見つめている。
「だから俺はソファで寝るので高林さんは俺のベットで寝てください」
「一緒に寝るよう指示を受けております」
「……はい?」
「一緒に寝るよう――」
「いや、繰り返さなくて大丈夫ですよ」
「分かりました」
俺の親は何を考えてるんだ?
なにその息子のこと見えてない感半端ない依頼は。
初対面の男女が同じ布団で寝るなんてあっちゃいけないでしょ。
それとも何か。俺が完全に家の中一人だと寝れないとでも思ったのか。
過保護にも程があるってもんだ。
「その指示は、無しということで」
「残念ながら依頼された人のみキャンセルできます」
「なぜ! さっきは依頼受けましたよね?」
「先程の依頼はご両親の依頼の変更ではありませんでしたので」
「まさかの本人じゃないと変更もキャンセルもできないルール?」
「はい」
「ありゃ……」
規約にも書いてありますパターンですね。
親が帰ってきた暁には、苦情を夜が明けるまで言ってやろ。
しかも、同じ内容を繰り返し。
「今日はよろしくお願いします」
何をよろしくされるのか。
普通に寝るだけですよね?
キッチンからリビングへ歩いてきた高林さんはペコリと頭を下げる。
「寝相悪いので起こしてしまったらすみません」
「お気になさらず」
「枕は高林さん使ってください」
「私は別にいらないですよ」
「結構枕ないときついですよ?」
「慣れてますので大丈夫です」
「そう、ですか。じゃあ、遠慮なく」
慣れてますってこういう依頼他にもあるんだ。
いつもと違う時間の流れだったためかいつの間にやら世間一般の人の就寝時間になっていたので、花咲達は彼の寝室へ。
ホントマジで絶対狭いって。腕とか当たりまくりになるぞ。
俺の理性が朝まで持つか……。いやいや、持たせなくちゃいけないんだけどね。
「高林さん先に布団入ってください」
「分かりました」
莉音奈は花咲の指示に頷いてベットに上がる。
そして横になると、彼の分の余白を開けた。
彼女と一緒に寝るときってこんな感じなのかな。
下心全く無しは無理。ちょっとラッキースケベで胸当たらんかな。
「おやすみなさい」
「はい」
そんなことを思って目を閉じた花咲は、一分もかからないうちに夢の中へダイブした。
――はぅあ! しまった。
一瞬で寝たか俺っ。なんの記憶もない。
胸が当たったのか腕が当たったのかの思い出が皆無。惜しいことをしたっ。
こんな間近に女子がいるというのに。
いない。高林さんがいない!
どんだけ俺熟睡カッ飛んでるんだよ。
ベットから降り、花咲が階下のリビングへ向かうとそこのテーブルになにやら紙が置かれていた。
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