人生初のバイト先が転校生の実家でした

黄緑優紀

第1話「可愛らしい空き巣?」

 最近の春はえらい短い。ていうか、あったっけってレベル。

 湿度が上がっているのを肌でひしひしと感じる今日この頃。


 皆はどうお過ごしだろうか。


 彼 花咲はなさき なぎは、せっかくの休日を無駄にしてなるものかと名作ゲー探索にせいをだしていた。


 意外と一昔前のゲームって面白いんだよね。


 そう言いつつ今日はめぼしいもの無かったけど。


 帰るか。ズンとした重い気持ちで帰宅の都に着く。


 あれ? 駐車場に車がない。代わりにウチの自転車じゃない自転車がある。


 誰だ? 全く心当たりがない。


 不安に思いつつ花咲が鍵を開けると、ピンク色のスニーカーが目についた。


 やっぱり誰かいるな。ピンク色ってことは女の人?


 どうしよ、空き巣だったら。


 玄関からリビングへ忍び足で向かう。こっちの存在を気づかれないようにしないと。


 先制攻撃大事よ!


 リビングのドアノブをゆっくり回し、わずかに空いた隙間から中を覗く。


「……」


 小柄で上下スウェット。肩まで伸ばしたワシャワシャしたくなりそうな髪。

 なんか凄く可愛いらしい空き巣がいるんですけど!

 しかも、窓ふきしてるし。何をしてるんだこの子は。


「すみません······。どなたですか?」


 とりあえずちゃんとリビングに入って存在をアピールしてみた。


「っ! …………」


 花咲の声にびっくりして肩をびくつかせ、彼を見据える少女。


 あら驚かせてしまった。顔は無表情だけど。


「ごめんなさい、驚かせてしまって」


「いえ。大丈夫です」


「ところで、どなたですか?」


「あたし何でも屋の高林たかはやし 莉音奈りおなといいます。あなたのご両親からご依頼がありまして来ました」


 何でも屋って身近にあったんだ。


 ペコリとお辞儀をして淡々という高林さん。こういうときって無表情で言わなくね?


「そうなんですか」


「はい。明日の朝まで帰ってこないとのことです」


「……マジで」


 一言いってくれてもバチ当たらんだろ。


 あと、俺が家事が出来ないこと忘れたのか。


 偉そうにいうことじゃないけどさ。


「使ってない布団はありますか?」


「多分、ないと思いますけど。なぜそんなことを?」


「今日泊まらせていただくので」


「あー、そういうこと――は?!」


 思わず納得するところだった。あまりにさりげなくいうものだから。


 ていうか、なして泊まるのよっ。あり得なくない?

 年頃の男女を二人きりにして良いと思ってるウチの親とこの子の上司に一言もの申してやりたい。


「ご両親からのご依頼です」

「そんなに俺は頼りないかっ」

「お名前はなんというのですか?」


 無視かよっ。


花咲はなさき なぎです」


「花咲さんですね。花咲さん手洗いうがいまだですよね? 済ましてください」


「分かりました」


 怒ってるのか怒ってないのか分からない声色の変わらない調子で言ってくるからどうも従ってしまうよね。


 洗面所で言われた通りにし、再びリビングへ戻る。


「そろそろ夜ご飯の時間ですが、なにが食べたいですか?」


 入ってきて早々高林さんは、答えにくいことを訊いてきた。

 これってなんでもいいっていう答えはやめた方がいいらしいよね。


 どこかのテレビで見た気がする。


 どうしようかな。ハンバーグ?からあげ?


 返答に困ってる花咲の様子を見て、莉音奈が彼の答えを待たず口を開いた。


「お母様から花咲さんは肉じゃがが好きと聞いたのですが」


「え、あ、はい。好きですよ」


「でしたらお迷いのようですのでそれでもいいですか?」


「はい、お願いします」


「かしこまりました」


 ペコリとお辞儀をし、カバンからエプロンを取り出して高林さんはキッチンへ向かう。


 もはや俺がなんと言おうと肉じゃが一択だったんじゃないか? なんかそんな気がする。


「······」


 はて。いったい俺はなにをしてればいいのかしら。


 自分の部屋に行くというのも違う気がするし。


 かといって手伝うと絶対邪魔になること間違いないから。


 ······よし、居間でくつろいでよう。


「デザートは召し上がりますか?」


 居間に行き、ソファーに腰を下ろしたらレストランのウエイトレスかのごとく訊いてきた。


 これで笑顔で聞いてくれたらパーフェクトなんだけど。


 ていうか、さすがにデザートまでは悪いべ。


「いや、大丈夫です」

「······分かりました」


 なんかちょっと間があったような。


 これは、遠慮したのが仇になったパターンだね。


 恐らく用意してあったわ。


「やっぱり食べようかな」

「では、なにを召し上がりますか?」

「逆になにが作れますか?」


 ソファの背もたれにアゴを乗せ、質問に質問で返す花咲。それに対し莉音奈は、少しの迷う素振りを見せず


「なんでも作れますが、ケーキ作れます」


 無表情で単調に答えた。


「じゃあ、ケーキお願いします」

「かしこまりました」


 俺からの命を受け、作業を再開した。


 とんとんとんとまな板の音。


 不思議だよな、この音。


 親じゃなくても癒やされるというか懐かしいというか。耳にすんなりはいってくる。


「ん?」


 しみじみキッチンからの快音を堪能していたらスマホが震えた。

 メールだとすればこの時間にしてくるのは大体限られる。

 体勢を整えスマホを手に取り、送り主を見ると案の定限られた中の人だった。


【小堀:ヤッホー。さっきぶり!】


 こいつは俺の幼なじみ小堀こぼり 美沙みさ

 詳しくはまた説明するとして、ざっとコンパクトに小堀を紹介するならザ・普通がしっくりくる。


【花咲:どうした。話足りないことでもあったのか?】


【小堀:少しはテンション合わせてよ······】


【花咲:夕飯前だから力が出ないの】


【小堀:どっかのヒーローじゃないんだから】


【小堀:てわけで、そろそろ本題入るね】


【花咲:了解】


【小堀:今度の休み遊べる?】


【花咲:遊べるぞ、暇だし】


 悲しいかな。友達は片手で数えるほどしかいない。

 部活もやってないので、ほぼ毎日暇している。友達は絞るタイプなんでね。


 いっぱいいると大変らしいから。


【小堀:やったっ! 十時に凪の家に行くから】

【花咲:遅れるなよ】


 こいつは、自分で予定立てといて遅刻してくる。

 釘をさしとかないと――いや、釘をさしてもやらかしてくるけど。

 というのも、価値観が違うというか例えば予定が十時の時普通目的地に向かう時間も逆算して行くと思うが、小堀の場合は違う。


 十時に家を出るのである。


 あり得なくない?他の人にもやってるかと思うとゾッとするわ。

 まぁ、俺との待ち合わせの時だけやられるのもしゃくだけど。


【小堀:♪~(・ε・ )】


【花咲:今回の話はなかったことに】


【小堀:あー、ごめんなさい! ちゃんと十分前にいきますっ】


【花咲:よろしい】


 期待しとかないようにしよう。

 どうせ来ないと思った方が時間通り来たとき嬉しく思えるし。


「出来ました。こちらへ来てください」

「あ、すみません。ちょっと夢中になっちゃって」

「おかまいなく」


 掛け声に驚き莉音奈に振り向くと、背中を彼に向けてリビングへ歩いていた。

 どうも聞き馴染みないから反応が大きくなってしまう。

 花咲は、ソファーから離れリビングのいつも使っている椅子に腰を下ろす。

 目の前には湯気をたて美味しそうな臭いのする料理が並べられていた。


「おお!!」

「口に合わなかったら作り直します」

「いやいや、大丈夫だよ。絶対それはない」


 肉じゃがで早々口に合わないわけないべ。よほど味音痴ならともかく。

 箸を手に取り、花咲は自分の言葉を裏付けるように、煮込まれて溶けかけのじゃがいもと小さなガンモを合わせ口にした。


 旨いっ! そしてご飯と合わせるとまた素晴らしいコンビネーション。

 はぁ、最高ですね。正直ウチの親が作るより旨いわ。


「どうですか?」

「最高です」

「ありがとうございます」

「ご飯おかわりしてもいいですか」

「はい、少々お待ちください」


 莉音奈は、彼から茶碗を受け取りご飯をよそう。

 その後ろ姿を見て毎日いてくれないかなと思う花咲。

 戻ってきた莉音奈から茶碗をもらい、再びご飯と肉じゃがのコンビネーションを楽しんだ。


 そして莉音奈は、花咲が麦茶を飲み一息ついたのを見計らってデザートを持ってきた。

 彼はそれを見て驚愕。この短時間でホールを作りよっただと!


 しかも、完璧な仕上がりである。雑な箇所など一つもない。

 もはやケーキ屋さんよりきれいかも分からん。


「花咲さんも食べましょ?」

「いえ、私は遠慮しておきます」


 そういえば、いまさら気づいたけど高林さん夕飯食ってなくね? 

 あまりに肉じゃががうますぎてきづかなかったわ。


「夕飯も食べてないよね?」

「いえ、夜ご飯はさきほどいただきました」


 え、いつ!? この人無表情だから心のうちが分からない。


 嘘を言ってるようには感じないけど。


 ……。…………あ、依頼してしまえばいいのか。


「高林さん。依頼してもいいですか?」


「はい」


「一緒にケーキ食べましょう」

「かしこまりました」


 一礼して高林さんは、俺の真向かいに座った。


 近くに来ると可愛さが増し増しになるんですけど、この人っ。

 ドキドキと胸が高鳴るのを感じる花咲は、気を紛らわすべく包丁で二人分を取り分けた。


 ずっと高林さんの顔見てたら顔が熱くなりそう。

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