裏工作
星田議員の秘書は、動画撮影をしていた鬼丸の同級生をすぐに見つけ出して、その日中に会う約束を取り付けた。
「急な連絡にも関わらず、お会い頂いてありがとうございます。」
「いえ、鬼丸くんのライブ配信を見ていたので、必ず星田のお父さん関係の人から連絡がくると思っていましたし、予定もありませんから。」
「それなら話が早いです。あの動画は、君が鬼丸くんから頼まれて撮影したもので間違いないよね。」
「はい、それは事実です。」
「じゃあ、この書類にサインしてもらってもいいかな?」
秘書は万が一の事を考え、口頭確認だけでなく署名という形で証拠を確保しておこうとした。
撮影者である田中は、秘書から署名を求められた内容を見て署名を拒否した。
「なんですか、この内容は。」
「君が鬼丸くんに頼まれて撮影したという内容だけど。」
「そこは事実なので良いです。問題は、鬼丸くんによる『自作自演』という部分です。」
「だって、普通は動画撮影を頼まれていたとしても、友人が急に殴られたら撮影を止めて、殴るのをやめさせるのが常識ある人の行動だと思うんだ。でも、君はしなかった。なぜか?それは、鬼丸くんから星田先生のご子息から殴られるから、その様子を撮影してくれと頼まれた。つまり『自作自演』だと思うのが自然だと思うんだが、違うのかい?」
田中は少し黙ったあとに、口を開いた。
「鬼丸くんから頼まれたのは、『僕はいつも星田たちに殴られたり蹴られたり、教科書に落書きされたりとイジメにあっている。でも、誰も僕を助けてくれないから、自分で自分を守るしかない。そのためには証拠を押さえる必要がある。それで、たとえ動画を撮っている時に何があってもカメラを止めずに撮影し続けて欲しい。君には、迷惑が掛からないようにするし、何かあった時は全て僕に命令されて仕方なく撮影させられたと言ってくれ』とお願いされて撮影をしました。それを『自作自演』と表現されてしまうと、あなたたちはまたイジメがあった事を隠し、鬼丸のせいにするでしょう。俺は、昔に自分が犯した過ちをまた繰り返したくない。彼があの件で何もかもを失い、俺の前から消えた日、俺は心底後悔したんだ。なぜ、あの時に俺は声をあげなかったのか。第三者である俺にしか出来ないことがあったはずなのに、俺は自分の保身のために友人を失ってしまった。だから、もう二度と鬼丸くんを裏切るような事はしない。」
秘書は田中の意見を黙って聞いていた。
「なるほど。この内容では署名が出来ないというのが、君の意見だってことだね。」
「はい、この内容ではサイン出来ません。」
「そうか。そういえば、君は最近、起業したみたいだね。出来たばかりの会社は信用力もまだ弱いしブランディングも弱い。君にとって今、一番大事なものは何かをもう一度、考えてみたら?場合によっては、自分の人生を賭けて取り組んでいることが成就し、夢が叶う選択肢がある。また場合によっては、昔に抱いた後悔よりも大きな後悔を味わうことになるかもしれない。おっ、電話が来てしまった。申し訳ないけど、少し席を外させてもらいます。この書類は置いていくし、私が帰ってくることを待っている必要もないからね。まぁ、よく考えて結論を出す事をオススメするよ。」
そう言うと秘書は電話を片手に部屋を出て行った。
十数分後、秘書が戻ると部屋に田中の姿はなく、書類が裏返しになっていた。
「やっぱり自分の事が大事だし可愛いのが人間だよな。野心がある人間ほど、その傾向が強い。」
そう言いながら署名がされているであろう書類を裏返して驚いた。その書類に田中のサインはされていなかった。
「くそ!この決断を絶対に死ぬまで後悔させてやる。」
秘書はミッションを失敗し、星田議員から責められる未来が確定した。
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