事なかれ主義

鬼丸の担任は動画が投稿された瞬間、職員室で明日の授業の準備をしていた。

「あー、今日も星田が鬼丸をイジメてたようだけど、何も起こらないと良いな。まぁ、鬼丸の家は母子家庭で母親が学校に苦情を言いに来る暇は無いだろうし、鬼丸も大人しい奴だから声をあげることはないだろう。何か言い出したら、最悪、家にひきこもらせれば良いか。」


担任である梨田は、20代後半の男性教員で今の学校に赴任して2年目だった。小学校の教員になった理由も、公務員であれば安定している仕事だし、小学生なら力で負けることはないし、モンスターペアレントが出てきたら校長や教頭に対処してもらえば何とかなるし、楽な仕事だから。といった感じだったので、教育に熱いタイプでは全くなかった。


18時を回り、梨田がそろそろ帰ろうとした時、職員室の電話が鳴った。

「はい、第一小学校です。」

「おたくの小学校でイジメがあるみたいんですけど、学校側はイジメを認識しているんでしょうか?何か手を打たれているのでしょうか?イジメ被害者の子がかわいそうです。」

名前も名乗らず、一方的に電話口から怒鳴り散らす女性に梨田は一気に気が萎えた。

「ええっと、何を証拠におっしゃっているのか分かりませんが、イジメの報告は現時点では聞いておりません。ただ、頂いた情報を元に調査はさせていただきます。」


梨田は否定することも肯定することもせず、穏便に電話を切った。梨田は、突然の電話に驚きを隠せなかった。

「一体、どこからイジメの情報が出回ったんだろう。」

ふと不安に思い、梨田はスマホを立ち上げSNSアプリを起動した。そこには、話題となっているトピックに、『第一小学校でイジメ』という言葉と共に殴っている様子の動画、そこに加えて、殴っている生徒の実名が載っていた。


「まさか、これってウチの生徒か。」

投稿の元を辿っていくと、鬼丸というアカウント名で投稿がされていた。

「まさか、鬼丸が投稿したのか。あの野郎、面倒なことしやがって。さて、どうやって乗り切るか。」

梨田はとりあえずこの事実を見て見ぬフリをして帰宅した。


家でくつろいでいると、校長から連絡が入った。

「今すぐ学校に来い、星田くんの件で話がある。」

もう校長の耳に入ったのか。と思いながら梨田は、

「星田くんに何かあったんですか?」

夜に学校に行くのが面倒だった梨田は何も知らないテイでやり過ごそうとしたが、校長が想像以上に怒っている様子だったので、渋々、学校へと向かった。


「校長先生、星田くんの件とは一体、何でしょうか?」

梨田は校長に詰め寄った。

「まずは、この投稿を見てくれ。」

校長は梨田に例の投稿を見せた。梨田は既に見ていたが、始めてみた演技をした。

「なんですか、この動画は。星田くんが鬼丸くんをイジメているような内容になっていますけど。」

「そうなんだ。梨田先生、星田くんが鬼丸くんをイジメていたという事実はあったかね?」

「いえ、星田くんと鬼丸くんは休み時間よく一緒にいたと記憶していますが、イジメはなかったと思いますが。」

梨田はイジメがあった場合、対応が面倒になる上、自分の評価が下がったりするのも嫌だったので、しらばっくれることにした。

「そうか、分かった。先ほど、星田くんの父親の秘書から私まで連絡があって、この動画に関する事実を聞いたんだ。それによると、どうも鬼丸くんの自作自演であり、星田くんは巻き込まれた被害者らしい。まぁ、明日改めて当人たちから話を聞くことは必要だろうけど、私たち学校側の見解は秘書の方々から聞いた内容と同じだと理解しておいてくれ。」

「分かりました。しかし、鬼丸は何で、こんなことをやったんですかね?」

「どうも、貧乏でお金に苦労している家庭だったから、お金を得るためにSNSを炎上させようとしたらしい。」

「なるほど、鬼丸くんは確かにお金に困っている家庭ですからね。では、明日朝一で二人を職員室に呼び出して話を聞くようにします。」

「あぁ、その場には私も同席するから。」

「お忙しい中、ありがとうございます。よろしくお願いします。」


梨田は校長と話し終えた帰り道、自分の理想通りの展開で事態が進んでいることに胸を撫で下ろした。

「イジメた奴が星田で、被害者が鬼丸で良かった。あいつのように親が世間体を気にして、権力を持っている人間だと学校側と思惑が一致して助かるな。鬼丸はきっと、社会が助けてくれると信じて投稿したんだろうけど、報われなかったな。少し可哀想な気もするけど、俺の人生の方が大事だから、あいつには泣き寝入りしてもらおう。社会の厳しさや理不尽さを早く知れて良かったと思ってもらえたら良いな。」


梨田は家に着くなり、帰り道で買ったビールを開けて、自分の思い通りに進んでいることに祝杯をあげた。

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