@kaitubaki

ここは地獄。そうは言っても特に本で見るようなものは何もない。あるのは『記憶の扉』ただそれだけ。そんな空間だが、今この時は少し違う。今この地獄には一人の男と青年がいた。

男「ここは、何処だ」

青年「やあやあ、いらっしゃい、地獄へ」

男「地獄?どういう事だ、私は死んだのか?」

青年「ええそうです。死んだのです。地獄には死んだ者しか行けませんからね」

男「お前は何者だ」

青年「僕は地獄に住まう者、まあ恐らく君程度では理解できぬ存在だ」

男「何故私が地獄へ、私は何も罪を犯してなどいない!」

青年「まあまあ、そう生き急ぐな。あ、死に急ぐ、か」

青年と男の会話は続いた。男は今現在の状況に理解が追い付かないらしい。青年のほうはと云うと、男に向かって常に挑発するような言い草だ。奇妙な空間の中、二人は立っている。死人と地獄に住まう者、それは生きていて到底見る事の出来ない光景だったろう。

男「私は順当に生を全うした」

青年「ああ、ここに来て、自らが罪に気付かぬ者は皆そう応える。しかしだ、君には自覚があるだろう」

男「自覚?そんなもの、あるはずが無い」

青年「やれやれ、いいさ。教えてやろう。君の罪、その名は『無知』さ」

男「無知?そりゃああるだろうよ。なんたって世の中に自らが知らぬことなどいくらでもあるのだから」

青年「そうだ。それだからこの世界で真っ先に天国に行けるのは数億年に一人だ。大体はこの地獄の更に下にある、大図書館で知識を補完する」

男「成程。わかった。なら私はそこで知識を付ければいいのだな?」

青年「ああ、ただ君は少し例外だ。君は自らの記憶の中に罪があることを思い出せていない」

男「記憶?」

青年「百聞は一見にしかず、だ。見れば分かる、この『記憶の扉』でね」

青年はその扉を開ける。光と同時にすると中からどこか懐かしい感覚が溢れてくる。そのまま二人は其れに身を包まれ、この地獄から消え去る。最後にドアが閉まる音だけ、残った。

少年「あの、夏祭りどうする?」

少女「ん?特に予定はないけど、どうしたの?」

少年「あの、良ければ、その、一緒に行って貰えない、かな?なんて、無理ならいいんだよ全然」

少女「いいよ」

少年「え?今何て?」

少女「いいよ、言ってあげる」

少年「本当に!?」

そこには少年と少女がいた。場所は高校の教室。あの少年は確かに男だ。二人はどうやら夏祭りに付いて話している。

男「これは、」

青年「君さ。幼い時のね。これは最初の記憶」

次に青年はまたドアを開ける。そこからはまた光が溢れ、二人を包んでいく。

少年「成功した」

友人「まじか!」

少年「うん、俺も今信じられない」

友人「まあ、お前が勇気を出して、告白した、その報酬だ」

少年「そうだな。背中、押してくれてありがとな」

友人「おう、友を助けるのが俺の趣味だからな」

ドアが閉まる。

青年「ほら見て見たまえ、君の嬉しそうな顔」

男「さっきから何なんだ!こんなの、知らない。私に彼女だと⁉」

青年「そこすらも忘れてしまうなんて、業が深い」

男「この記憶は何なんだ!」

青年「まあ、見てれば分かるよ」

青年はまたドアを開け、そこから男の記憶を除く。

少年「いよいよ明日、か」

少女「ん?どうしたの?」

少年「いや、明日何時に集合する?」

少女「そうね、私は何時でも良いけど」

電話の鳴る音。

少年「あ、ごめん」

ドアが開き、そして閉じる

少年電話「あ、もしもし?なんだい?」

友人電話「すまない、明日、午前中ちょっと生徒会の作業手伝ってくれないか?」

少年心の声『午後からでも花火には間に合うし、それにあいつには恩があるからな』

少年電話「いいよ」

友人電話「良いのか⁉助かるよ、それじゃあ詳しいことは後で連絡するよ」

少年電話「わかった」

ドアが閉じられ、目の前の青年がくっきりと見える。

男「こんなものを見せて何がしたいんだ」

青年「言ったろ、罪だ」

男「私に罪など」

青年「思い出せ、そうすれば分かる。最後の扉を見つけるのさ」

ドアを開ける音が響き渡る。それを聞き、光をその身に受ける。

少年「まずい、あの野郎、死ぬほど仕事引き受けやがって!」

そこには大通りを全速力で走る少年がいた。

少年「一応連絡はしたが、早く行かないと」

急ぎ、待ち合わせ場所に着く少年。しかしそこにはあの少女の影が無い。

少年「いない、電話も出ないし、何かあったんじゃ」

ドアは閉じられ、また新たなドアが開かれる。

少年「そんな、」

目の前にあるのは、もう動かない彼女。

少年「嘘だ嘘だ嘘だ、嘘だ」

簡単な話だった。

青年「少女は拉致され、暴行、強姦された挙句、殺された」

男「そんな、知らない、こんな記憶、知らない」

青年「君、本当に知らない人間にはそんな顔できないよ」

男「私は、私が、」

青年「それから君は自らを苛んだ」

ドアが開かれ、また新たな記憶が露見する。

少年「葬式、」

親戚「可哀そうにねえ、まだ若いのに」

少年「これは、夢か、」

親戚「悲しいわあ、いい子だったのに」

少年「そうか、俺が殺したんだ。俺が。死なせた」

親戚「苦しんだでしょうに、彼氏さんもさぞ、悲しいだろう」

少年「俺が死ねばいい。死んでしまえ、俺が死んで、死んで。殺せ、誰か俺を殺してくれ。俺が、俺が悪い、俺の所為で、俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が」


少年「俺が          私が」


少年「私は、何故こんな所に、これは、誰の葬式だ?」


ドアが閉じる。

青年「こうして君は、自らを殺した」

男「嘘だ!、こんな記憶、知らない、知らない!」

青年「知らないのではない。知ることを拒んでいるのだ」

男「これが、私の罪」

青年「思い出し、償え」

男「どうやって、私は、俺はもう死んでしまった」

青年「失った時間、それは戻らない。しかし、未来で、」

男「俺は、」

青年「彼女は確か、既に天国へ昇っている。さあ、そこでなら時間はたっぷりある」

男「それじゃあ、」

青年「そのドアを開けろ、そこは、君の償いの場所だ」


ドアが開かれ、男は迷いなくそこへ入っていく。


青年「終わったか、しかし最近の死人はやたらと苦労人が多いなあ」


記憶のドアは無数にある。それは人の闇、なんてものを表しているのかもしれない。

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