第2話 席をマリガンしたいのだが

 俺の順風満帆な学園ライフが入学式早々始まると思った。

 そりゃもう最高の滑り出しだと。

「『あいつなに?こっちじろじろみて。ハローの一個も言えねぇの』」


―なんでだよぉ

 おかしいじゃん!隣の原産国アメリカのやつがギャルってなんだよ。

 もうめっちゃディスってるじゃん。

 いや、わかるよ。明らかに下心ありますっていう目でこっち見てる窓から二列目おしゃれ系ボーイだろ。


「『めっちゃ胸に視線感じるんだけど』」

「『そりゃそんな恰好してたらな』」

 

 英語で愚痴を言ってくるがニュアンスで気付いたのか上田さんも冷たい目をその男子に送る。

 ただ健全な高校一年男子として言わせてほしい。海外の発育のいいその体つき。

 胸元が開いたワイシャツとか、短めのスカートとか。

 ブレザーを着ないで背もたれにかけているところとか、この前まで中学生だった俺らには刺激が強いんだと。


 いや、だからって開幕からエロい目で見るのはどうかとは思うが。男のこと達がよく使う海外のサイトにお前みたいなやつがいるんだとは口が裂けても言えない。


「『リーツ。話そうよ』」

「『わかったから揺らすな』」

 

 男どもの弁明を代表して頭の中で代弁していれば、ほったらかしにしていたエリに肩をぐわんぐわん揺らされる。

 それと同時に揺れるエリの丘。

 それに伴い強くなる野郎どもの視線と俺への厳しめの目。


―いや、そんな目で見んなら話しかけてみればいいじゃんか!

 片言イングリッシュだって別に問題はない。そういう話ではないんだから。

 ただ男どものエリを見るエロい視線と、俺を見る親の仇を見る視線は強まるばかり。


―あぁ、千円払うからクラスをマリガンしたい。

 少なくとも席を


 ただそんなカードゲームみたいなこともあるわけがない、肩を揺する手を抑えるのが精いっぱいだ。


「『わかった、わかったから。お前も片言でも日本語しゃべれ。で、上田さんも一緒にな』」


「ワカッタ。アイカ.....」

 とっさに日本語が出てこなかったのか後半はジェスチャーだったがそれに笑顔で答える上田さん。


―天使はここにいた!!

 願わくば上田さんとは末永い付き合いがしたいものだ。


 しばらく通訳したり、日本語を教えたりしながら話をすればどうやらエリは親の転勤でたまたま日本にきたらしい。

 上田さんは地元。

 俺は少し遠いのだがそれは作戦のための必要事項。


 なんで遠くなのか聞かれたがまさか清楚系女子をゲットするためなんて言えるわけもなく前期で馬鹿したとだけ告げればそれで何となく話は終わった。


 いつの間にか予鈴の鐘の音が響けばさっきまでの空気も霧散していく。


―中学と同じ音だな。

 たぶんこんなことを考えている同志諸君が多いことだろう。

 え、多いよね。


 ガラガラなんていう音は一切せずスーッと開いた扉からはバッチリ着込んだスーツ姿の女性の姿。

 造花をつけたその髪も、ちょっと強めに引かれた口紅も今日が入学式なのだと強く認識させられる。

 先生がつらつらとこれからある日程を述べていく。


「『なんていってるの?』」

「あー...........」


 隣で全くもってわからんという顔を浮かべるエリにもかみ砕いて教える。

 生産性のない式に一時間くらい出ろと。明らかに嫌そうな顔をするがさすがにアメリカにだってそういう文化があるのかしぶしぶだが納得したのがわかる。

 というか、俺が教える姿を見た先生だと思われる人が熱い視線を送ってくる。

 小柄で黒のポニーテール。それでかわいい系。個人的にはドストライクなんだが間違いなくそういった熱は感じない。

 あれか、どうしようか悩んでたのか。

 いや、そのお願いしますみたいな視線はなにさ。


 まさかあの人、俺にこいつを任せる気か。

 思わぬ攻撃に驚きを隠せない俺だが


「『ねぇこれは?』」


 隣で一生懸命日本語を聞いてくるこいつの姿を見てしまえば鬼にもなれない。

 こいつの中身はギャルだけど。


 事務連絡も一通り終わり、十分間のトイレ休憩兼入場までの待機時間。

 トイレ休憩といってもこの教室につく前に行っているので用もないから席で時間をつぶす。

 周りも流石に高校一年生で多くのやつらは用を足してからきているのかあまり席を立つものはいない。


「えっと、神田君?」


「え?」

 いつの間に隣まで先生風の人。いや恐らく先生なのだろうが。

 名簿表だろうか、不安そうに見ながら俺の名前を呼んでくる。


「神田君?」


「あ、そうです、はい」

 そういうと先生は不安そうな顔を一変させ嬉しそうにしている。

「あなた、リリーさんと知り合いなの?」

 自分の名前が出たからだろうか不思議そうにエリも先生を見つめる。

 ただ、知り合いではないな、知り合ったまである。

「いえ」

「じゃあ、お友達になったのね。」

「え?ま、まぁ」

 手を叩いてそういって見せる先生。この後にくる言葉は何となくわかる。

 わかってしまう。

「じゃあ、少し任されてくれる?」

 そういって先生は一枚の紙を渡してくる。

「ワオ!サンキュー!」

 隣から覗き込んだエリが紙見て歓声を上げるのがわかる。

 それもそうか。

「今日の予定ですか?」

「ええ、ただ私も自信なくて。今日は式に出るのも順番ずらしていいからリリーさんのそばにいてあげて」

 紙にはおそらくだが先ほどの話や、今日の予定などが箇条書きで英語で記されている。おそらくなかなかの労力だったろうに。

―ただあれだよ先生。そばにいてあげてってさっきは断れそうな言い方だったのにこれじゃ完全に断れないじゃないか。

 これだから日本人は。


 日本人のくせに日本人を否定してしまう。

 ただタイプの女性に頼まれると男とは何て弱いんだろうか。


 俺は二つ返事で答えていた。


「任せてください」


 そんなやり取りも早々に


ピシャン!!

 そんな音と共に教室のドアが引かれた。

 音に驚いてビクンと身体がはねた先生はすごくかわいかったです。

 

 まぁそんなことはさておいて


「すいません!」

 そんな女の子の声が教室に聞こえる。

 騒めく教室内。

 あれか、寝坊しちゃったか。それとも電車乗り過ごしたか。おばあさんを助けてたか。


「えっと北川さん?」

 座っている俺からは見えないのだが、隣にいる先生が不安そうに名簿を見ながら言うのがわかった。


「はい、北川雨奈です」

―ほう、なかなか清楚そうな名前の子じゃないか。

 

「えっと、遅刻理由は?」

「えー。おばあちゃんを助けてました。」


―いや、そんな馬鹿な!

 そんなタイムリーなことってあるか。テンプレそのまま起こすってお前。

 

 つい中腰になり視線を上げる。

 目に入ってくるのは肩まで伸びた髪の毛。少し癖があるのかパーマが軽くかかったような感じ。

 徐々にこちらに近づいてくるのがわかる。


 歩くたびに揺れるその髪。

 

 名前、声、テンプレの回収。ここまでは完璧だ。

 

 一つだけこの子に問題があるとすればきっと遅刻したことなんかじゃない。


「わっ、外人さんかわいい」


 そう呟いて見せるその顔にはややきつめのメイク。爪には色が付けられ耳には輝くものが。

 開幕からとばしてるなぁ。


「よろしく」

「お、よろしく」


 ついコミュ障みたいな返事をしたが許してほしい。

 だって、まさかこんな短時間にギャルを二匹見るとはおもわなかったのだから。


―しかもお前後ろかよ!


―せんせぇ、お金払うからマリガンさせてくれ!



 俺の理想の高校生活とは開幕からだいぶかけ離れた。

 

 



 



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