第1話 入学式に
「今日からここでやり直す。」
目の前の学び舎を見てそんな言葉を呟いても入学式の喧騒の中では俺の言葉が誰かに届くことはない。
入学式の看板の前には高校デビューなのか、やけにチャラついている男子や写真待ちのおしゃれ系女子の姿も見える。
一年前の俺だったら間違いなくそちら側だったろうが。
今の俺は違う。
落ち着いて昇降口に向かい、左胸に”ご入学おめでとう”のワッペンを貰いつけ、教えてもらった自分のクラスに向かう。
廊下を歩けば、明らかな高校デビュー組に会うが俺はそんな轍は踏まない。
髪も軽くワックスでアップバンクにする程度。下手に金とか茶とか韓流スタイルに行くわけでもなくツーブロックで攻める。
制服だって着崩し過ぎないようにネクタイの裏の第一ボタンを軽く開けるぐらいだ。
―完璧だ。完璧すぎる。
俺は今度こそ、清楚な女の子と理想の関係になって見せる!
―中学時代、俺は大きな間違いを犯した。
中二に上がったころだ、クラスに凄く好きな子がいた。そこまではよくある話。
ただその時に俺は、少し悪い男がモテるなんて言う中学生特有の反抗期と思春期のダブルパンチを受けた。
着崩しまくり腰パンをし、髪をヘアピンでとめてみたり、パーカーを着込んでいってみたり。
確かにパーカーなどは服装としてはかっこよかったかもしれない。周りの女子の感触も決して悪くはなかった。
しかしどんなに、そのスタイルを貫こうとも好きだった子はこっちに微笑んではくれなかった。
まじめで、クラスでも中立的だったその子は俺の斜め後ろの席の男と気づけば付き合っていた。
別に、勉強を極めたような奴でも、スポーツを極めた奴でもない。ただ優しくて適度にふざけ、まじめな一面を持つようなそんな男。
その時俺はわかったのだ。このままのスタイルでは一生自分の好きなタイプの子は振り返ってはくれないのだと。
物腰が柔らかで、話せば優しく笑ってくれる。
勉強も一緒にしたり、一緒に笑い合って帰る。
そんな理想の女の子は自分とはかけ離れているんだと。
それに気づいてからは俺は一気にまじめにシフトしようとしたが時すでに遅し。
三年の後半に気づいてからはもう遅すぎた。
だから俺は、この高校ではうまく言って見せる。
そう誓ったのだ。
喧騒の中を割っていき目的の1年3組の扉を開ける。
ジッと開けた瞬間に見られるがここで変な目つきや、下手に挨拶はしない。
軽く会釈をして自分の席に向かう。よしここまでは完璧だ。
名前の張られた自分の席を見つけさりげなく視線を走らせる。
通路側二列目。後ろから二番目。
苗字が神田の俺にしては珍しい立地。大抵は最初は名簿に負けて先頭か通路側なのだが、どうやら太田さん、大塚さん、小田切さんありがとう。
前の席にはまだ人は来ていないようだ。後ろも空席。
通路を挟んで左手はもう会話を開始しているから今じゃなくていいだろう。
まずは、後々機会の薄れがちな右前と右後ろに挨拶でもしよう。
席に浅く座り前の子に声をかける。
見るにパンフレットを読んでいる黒髪ショートの女の子。
「よろしくね。俺、神田律」
声を掛けられ少し驚いたようだったがすぐに体をこちらに回し
「よろしくね。上田愛華だよ」
笑顔で返してくれる。
これだよ、これを待ってたんだ!
「うん。よろしく。」
そのままの勢いで俺は斜め後ろに振り向く。
相手も予想はしていたようで俺が振り向けば顔を向けてくれる。
「よろしく。神田律だ」
「おお、太田翔だ。よろしくな神田」
「ああ、好きに呼んでくれ。野球部か」
「おう。この後ミーティングなんだ。......律も来るか?」
「遠慮しとくよ。流石にそのガタイにはかてん」
まさに野球部というような気合の入った坊主に、同年に比べ大きな体躯。
冷やかしでも行く気がしない。
ただ男だったからか長めにはなし、軽く挨拶をして前を向く。
待っていてくれたようで上田さんと視線が合う。
そして俺達二人の視線は重なりあい、見つめ合う。
隣の席の金髪少女を。
寂しそうにこちらを見ている視線に思わず俺と上田さんは見つめ合うのだが、隣の席なのだから話しかける。
「え、っと。俺、神田律」
「上田愛華だよ」
声を掛けられことに驚きながらその金髪少女は泣きそうな顔で口を開く。
「ゴメンナサイ。ニホンゴ。ムズカシイ。イングリッシュプリーズ」
「オーウ」
何となく察していた。クラス表にあったエリス・リリーの英字。日本人の金とは根本的に違う天然の金糸の艶。
ここで普通の高校生なら適当に終わらせるか、頑張って片言イングリッシュで友情を深めるんだろうが
「『なぁ、このレベルの英語でいいかい?』」
「『え、しゃべれるの?』」
「『親がクモン式でな....』アー、ジャパニーズ、イングリッシュクラブ」
旅行好きに母に入れられていたクモンがまさか役に立つ時がまた来るとは。
たまに海外から来る母の友人という名のグローバル人材の相手をしていたから高校生の平均よりかはたぶんしゃべれるのだ。片言になり易いが。
「『うれしいわ。あなたがいてくれたら頑張れる.......』」
「『ほら彼女に自己紹介してあげて』」
目をむきながら一生懸命にスマホを操作している上田さんの方を見ればそれにつられてリリーは上田さんに目を合わせる。
「エリス、リリー、デス」
「i,i'm.AIKA UEDA .What you from?」
「oh,Amrica.シカゴ」
上田さんに合わせリリーも日本語に近い発音を心掛けている。
とりあえずこれでひとまずはよさそうだ。
あ、あとは
「『後ろの男にもあいさつしとけ。』」
「OK」
俺の言葉に軽く答え後ろを振り向き自己紹介だけする。
流石に中学レベルの英語なので太田君もしっかりと返していた。
周りも徐々に騒がしくなってきて人も増えてきた。
リュックの荷物を軽く漁っていくと
「神田君」
「どうしたの上田さん。あ、好きに呼んでね」
正直かわいいし、なかなかにタイプなのでお近づきになりたい。
若干下心丸出しなのだが、上田さんの視線は隣を向いている。
「リリー?」
つられて横を見れば、不安がある程度拭われたのかワクワクしたような顔の彼女の姿。
「『エリって呼んでよ。仲のいい子にはそう呼んでもらってるの』」
「『はいよ。上田さんにも言っておくか』」
そう聞けば頷いて見せたのでその意図を彼女に伝える。
「サンキューエリ!プリーズアイカ!」
「オーケーアイカ!」
なんともほほえましい。
かわいい黒髪少女に、優しい金髪外国人。
あれ、俺高校生活これでもう完成じゃね。
一人、勝利をかみしめると一気に服を引かれた。
「『それとリツ』」
「『なんだ』」
突然をブレザーを引かれすぐそばに顔が来ていた。
体もかなり当たっているが海外の距離感だと何となく納得した
「『窓際の男どもがきもい目で見てくんだけど』」
「oh SIT!」
納得したのだがこいつ、本場のギャルかもしれん。
どうやら俺は飛んでもない子を引いたのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます