5話 本心と本音と

新しいことをするのは、なんにせよ疲れる。

特に、新しいことを覚えるのは、ある意味肉体労働よりもキツイものがあった。


僕は帰ってきて、ラフな服装に手早く着替えると、ベッドに身を投げた。


「岬さんも、なかなか凄い人だなぁ」


真っ白な天井を眺めながら、そんな独り言を溢す。既に21時だ。今日は早く寝たい。

これから飯を食って、風呂にも入ってとなると、自由な時間は無さそうである。


(インスタントと、シャワーで済ませるかぁ)


そう思って、ベッドから起き上がった瞬間、携帯の着信音が鳴った。

台所へ向かうはずだった体を、鞄の方へと進路変更して、鞄から携帯を取り出す。


白鷺さんだった。


だいたい、なんの話をするのかはすぐに分かった。が、いざこの状況になると急に緊張やら恐怖やらが込み上げてくるのだから、不思議なものである。ぐっと堪えて電話に出る。


「もしもし、葛城です。こんばんは」

『こんばんは、白鷺です。突然電話してごめんなさいね、と普通なら断りを入れるのかもしれないけど』

「はい」

『突然仕掛けてきたのは、葛城君だものね?』

「そう、ですね」


ごもっともな意見であった。

堪えていた緊張が増すような感覚を覚える。

が、それと同時にどこか安心している自分がいた。いつもの、上司として接していてくれた時の、白鷺さんの声だったからだ。


『謝るなら、あれね。先日は急にあんな別れ方してごめんなさい。次はないように努めるわ』

「そうですか」


何かが、引っかかる。次?次があるのだろうか?僕の考えがまとまる前に白鷺さんは話を進める。


『それで、本題に入ろうと思うのだけど』

「……」


僕は固唾を飲んだ。


『アレは、どういう意図なのかしら?』


アレとは、つまり、僕が先日送った小説のことで間違いないだろう。が、説明しろと言われても正直困る代物だった。


(「白鷺さんが、カッコわるかったからです!」        ダメに決まってる。

「アレはですねぇ、その、偶然書いてみようと思っただけで」   なんの説明にもなっていない。

「白鷺さんに影響されて僕も書いてみようかと……」       煽ってるのか?と返されそうだ。)


悩み抜いた末に僕は素直な気持ちをぶつけることにした。


「最初は白鷺さんに何か意見する為の糸口になるんじゃないかって思って書き始めました。だけど書いてる途中に気づきました。根底にあったのは、憧れなんです。白鷺さんにはカッコいい先輩でいて欲しいっていう、僕の我儘で書いたのがアレです。僕は白鷺さんの書いた小説が読みたいと思ってます。人工知能とか、才能とか関係ない!白鷺さんの物語が僕は読みたい、と思いました」


沈黙があった。重圧に押し殺されそうだと僕が感じる中で、白鷺さんは電話越しに溜息をついた。それはどこか呆れを表しているかのように思った。


『あなた、そんな恥ずかしいような事を言う性格だったかしら?ごめんなさい、言葉が足りなかったみたいね。私はあの作品が意図するところを聞いたつもりだったのだけれど』

「え!?」


それなら最初からそう言ってくれ、と思う。

なんだか、急に恥ずかしくなってくる。


『だけど、あなたの考えも聞けてよかったわ。作者が作品に託す思いは、その時置かれた状況によっても変わったりするものだからね』

「そう、ですか」


書いている時は特に意識していなかったが、言われてみればそう言うところもあるのかもしれない。


『で、どういう意図なのかしら?』

「どう、と聞かれてもですね……」


これはこれで難しい話だ。作者は作品を書くだけで、結局は読者の頭の中で物語は完結する。受け手によって伝わるものも違うというのが、僕の考えだった。ただ、僕があの作品に託した思いは……。僕の作品は白鷺さんにはどう映ったのだろうか?


「白鷺さんは、どう感じましたか?」

『こっちが聞いてるんじゃない……』


と、白鷺さんは反発的な言葉を返すが、その声色はまんざらでもない様子だ。


『そうね、あなたが人工知能が好きじゃないことはよく伝わったわ』

「うっ、そうですけど……。他に、なにかないんですか?」

『言葉選びが粗雑で、素人が書きましたって事とかかしらね。人工知能の方がまともな言葉を選ぶわよ』

「案外、白鷺さん。性格悪いんですね」


まぁ、実際に素人が書いたものだからそう思われても仕方ないだろう。けど、もっと他に大切なことを込めた、つもりだ。

それが伝わってないのだとしたら、僕には小説を書くのは向いていないのかもしれない。


『だけどね……』


白鷺さんが、ぽつりと溢した言葉は、憂いやら羨望やら自己憐憫と言った類いの感情をごちゃ混ぜにしたような響きを含んでいた。


『思っちゃったのよ。面白いって。私が人工知能に書かせたものより、遥かに優れていると感じた。悔しいじゃない!あんなもの読まされて、AIに頼ってる私が醜く思った。あんな素直な文章をぶつけられたら、こちらがわざわざ聞かなくても作品意図は嫌と言うほど伝わってくるの!悔しいけど、意地っ張りは私の負けよ』


白鷺さんの声は少し震えていて、最後の方なんて今にも消え入りそうなほど小さかった。けど、それでも分かったことが一つ。

僕の作品は、伝わった!


「よかったぁ〜。伝わってなかったらどうしようかと思ってドキドキしました。白鷺さんも案外、恥ずかしいこと言うんですね」

『うるさいわねぇ。とにかくあなたの小説はそれだけ私を本気にさせたの!だから、私は決めたわ。私は、私の力で、小説を書く。AIライターは使わない。なりたい私は、私が創るのよ』


やっぱり、白鷺さんはカッコいい人だ。

それが白鷺さんには一番似合う。


『それで、お願いがあるのだけど』

「はい?」

『その、読んで欲しいのよ。私の作品』

「も、もちろんです!」


ついさっき読みたい宣言までして、断る理由は一つもなかった。むしろ白鷺さんから読んで欲しいなんて、願ってもないことだ。


『じゃ、今週の日曜日、この前のファミレスに来てちょうだい』

「わかりました」

『それじゃあね、おやすみなさい』

「失礼します」


電話を切ってからも興奮が抑えられなかった。

白鷺さんの小説が読めるんだ!

高まる気持ちを抑えつつ、携帯のカレンダーを開く。今週の日曜日は絶対に開けないとなぁ、と思いつつカレンダーを眺めると、


「ぁあっ!バイト入れたの、忘れてたぁ」


僕は、シフトを変更してもらおうと決意したのだった。

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I program 十 九十九(つなし つくも) @tunashi99

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