3話 意地と生活と

僕は帰宅してから、パソコンの前に座っている。その状態から何もせずに、1時間が経過しようとしていた。


「だめだぁ〜」


就職先を探している、とかではなくて。

立ち上がっているソフトはWord。

柄にもなく、小説を書いてみようと思ったからだ。白鷺さんに何か意見するための、ヒントが、糸口が欲しかったのだ。それは小説を書くことだと思った。が、画面は相変わらず真っ白なままだ。

やりたいことと出来ることは違う、という白鷺さんの言葉が脳裏にちらつく。

このままでは拉致があかないので、とりあえず何か検索してみることにする。


【初心者でも小説を書くならこれ!

『AIライター』

AIがあらすじやストーリーを書いてくれるので、簡単に創作できちゃいます!ぜひ、あなたも小説創りに挑戦してみよう!】


「くっそー」

僕は手に持っていたスマホをベッドの方へと、放り投げた。

どいつもこいつも、人工知能を持て囃しやがって。じんわりと僕らの日常に浸透しているのか、侵食しているのか、どちらにせよ社会全体がそういう流れなのが見て取れる。


(そうか、だったら……)


僕はAIがゆっくりと僕らの日常を蝕んでいく話を書くことにした。人間には何ができるのか、人として大切なことを描き出そう。

拙い文章、陳腐な表現、なんの飾りも無い感情丸出しの心情描写、足場のしっかり固まってないようなストーリー。

そのどれもがおそらくは白鷺さんにも、AIライターにすら劣っている。

だけど何故か書くのをやめられなかった、多分白鷺さんのせいだ。あの人はカッコいい先輩、そうじゃなきゃダメなんだ、と文字を打ち込む時ですら思う。


「で、きた……よな」


達成感と安堵から漏れ出た声はやけに細く、自分の声なのに他人の声のように聞こえた。

たった5,000字程度の文章を書くのに、魔剤を2缶も飲んだ。時計の針を確認する。ちょうど午前2時を過ぎようとしていた。

とにかく眠気が凄い、精神疲労が半端じゃない。目もちかちかしている。

こんな難しいことを世の中の小説家たちは、そして白鷺さんもしていたのか、と実感する。

瞼を閉じればこのまま寝てしまうであろう体でベッドまで移動して、投げ出されていたスマホを拾い上げる。

メールの一覧を開いて、サ行までスクロール。


「あった」


業務の連絡用に追加していた、白鷺さんのメアドを発見する。

メールの文面はどうしようか。

少しだけ考えたけど、シンプルに行くのが一番いいと判断した。


『葛城です。小説を書きました。読んで下さい』

添付ファイルで小説のデータも一緒に送信する。


『送信が完了しました』の文字を見た瞬間になんだか気が抜けて、そのまま僕は寝落ちした。


***


不思議なもので、夜がどれほど遅くなろうと、いつもの起床時間になると目が覚めた。


が、今日はもう少し寝ていてもいいかもしれないと思う。


「どうせ、仕事はないからなぁ」


言葉にして、なんだか末恐ろしくなって、結局起きる事にした。とりあえず洗面所に行って、顔を洗って口を濯いだ。居間に移動して、テレビをつける。

毎日のルーティンとはよく言ったものだ。自然と天気予報を確認してしまう自分がいるのだから。


『続いてのコーナーは、最先端のトピックに迫る、サイトピ〜!!本日のサイトピは人工知能についてです!』


僕はテレビを無視して朝ご飯の準備に取り掛かる。時間が限られている普段の生活では、インスタント食品やグラノーラみたいな手間のかからないものが目立っていた。


(今日ぐらいは真面目に作るか……)


パンをスライスしてトースターにかける。

ベーコンエッグでも作ろうか、あとは……、

サラダが欲しいなぁ、と思いつつ野菜ジュースで妥協する事にした。


結局いつもと大差ない食事をとりつつ、テレビをなんとなしに見つめる。


『最近の人工知能は人間の創造的活動までこなすようになってきましたからねぇ……』

『このまま発展していけば、技術的特異点シンギュラリティは起こるのでしょうか?』

『それは、正直分からないと言ったところですねぇ』


テレビを切って食器を片付ける。

身支度を済ませて、アパートを出た。


(流石にバイトぐらいしないと、まずいよなぁ)

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