2話 理想と現実と

昼食をとるために僕達はファミレスに入った。「奢るわよ」と言われたけど流石に遠慮した。メニュー表とにらめっこして、一番安い定食を頼んだ。


「あの、すみません。巻き込んでしまって」


僕が謝罪の意を述べると、白鷺さんはまんざらでもない様子で、


「いいのよ、あれは私の意思だから。それに、社会に出たばかりの若造が上司殴ってお先真っ暗なんて、笑えないじゃない」


確か白鷺さんは僕より3つしか離れていない。その割に随分と大人びて見えた。余裕があるとまではいかないが、不安や怯えの色は伺えない。さっき職を失った人がこんな達観した表情をするものだろうか?


「もしかして、次の仕事決まってるんですか?」


自分で聞いておきながら、なんだか気味が悪かった。職をなくした、という事実が怖いのかもしれない。


「次の仕事?決まってないわよ」


白鷺さんはあっさりと言ってのけた。


「こ、怖くないんですか?これからの生活のこととか……」

「怖くない、と言えば嘘になるかしらね……」

「再就職ってやっぱり苦労しますよね……」

「まぁ、するでしょうね」

「僕、何したらいいか、全然分からないんです……。白鷺さんは何かしたい仕事とかありますか?」

「そうね、私は『ある』というより、『あった』かしらね……」


白鷺さんは何やら言葉尻を濁した。

初耳だった。

それもそうだ。

たかだか入社して1年にも満たないような僕が、3つ上の先輩の、しかも女性のことなんて知る由もなかった。


「そうなんですね、きっと白鷺さんなら今からでもできると思います。仕事も捌けてましたし」


白鷺さんは少し気まずそうな顔をした。まるで僕が整理した書類に不備があった時に、軽く窘めてくる時のような。

なんだか、こちらも気まずくなる。


「あのね、葛城くん。言葉には責任を持ちなさい。やりたいことと出来ることは違うっていう単純な話よ」

「す、すみません」


やりたいことがなかった僕は今までそんなことを考えたことすらなかった。金を稼ぐために、自分の出来る範囲での最善の選択をしてきたのだ。だから、夢を語る人に憧れると同時に、少し距離感を覚える。


「私ね、本当は小説家になりたかったの」


白鷺さんの口から意外な単語が発せられた。

「小説家」?白鷺さんが?

社内ではそんなそぶり一度も見せたことなかったのに。


「高校生の時から書き始めて、大学でサークルまで入って、毎日書いて書いて書きまくってた」


白鷺さんが携帯を取り出してこちらに渡してくる。メモのアプリが開かれていた。

僕はそれを見てドキッとした。

413件のメモ。最終更新日付は一昨日になっていた。

見出しは小説のタイトルのようなものだったり、『プロット』や『小ネタ』なんて書かれているものばかりだ。

僕はそこに一種の執念のようなものを感じた。僕は恐る恐る聞いた。


「読んでもいいですか?」


白鷺さんは間髪を容れずに、


「いいわよ」


と意外にもあっさりと了承してくれた。

僕はスクロールして、一番上にあった『AI program』という作品を開いた。


短編作品というものを真剣に読んだのはこれが初めてな気がする。

短編作品といえば、せいぜい国語の教科書で読んだぐらいの記憶しかなくて、『そうかあ、ひろしも『中辛』なのかあ、そうかそうか。』とか『そうか、そうか、つまり君はそんなやつなんだな。』ぐらいの認識でしかなかった。

だから、僕が『AI program』を読んだ時に、思わず「そうか」と思ったのは僕の教養が小学生レベルから進歩していないから、とかではなく。


面白かったのだ。


ざっくり言えば「サイバーテロを人工知能を駆使してサイバー警察より早く解決する天才ハッカーのお話」みたいな感じだった。

文章に統一感があって、起承転結もしっかりなされている。

それだけじゃなくて、SFのような近未来的世界観の中で、ストーリーにしっかりとした人間ドラマがあるところがまた……、


「それね、AIが書いたの」


「はい?」


「だから、AIが書いたの、私のじゃないの」


白鷺さんが何を言っているのか分からなかった。青天の霹靂という言葉はこの瞬間のためだけにあるのではないだろうか、とか変なことが頭の中で渦を巻き始める。


「ちょっと待って下さいよ、この下にはプロットだって」


白鷺さんは少し投げやりな口調で言った。


「だから、そのプロットさえ打ち込めば、AIが勝手に話を書いてくれるの。私はそれを言葉を足すなり引くなりして、整えるだけ」

「そんな、そんなこと」


あるわけない、と僕が言う前に白鷺さんが別のアプリを開いた。

『AIライター』というらしい。

たしかに、プロットを打ち込むところがあって、【誰でも手軽に簡単創作!】とポップな文字が踊っていた。


「河野さんが言ってた所の最新のAIってやつはね、凄いんだよ。私じゃ敵わない」


まただ。話が変な方へ向かおうとしてる。AIがなんだ。河野さんも白鷺さんもみんなして、そんなにAIがいいのか?

なんだか、上手く言えないけど、人間らしくない。


「あの、自分で書きたいとは思わないんですか?」

「思ったわよ!もちろん何作も書いた、ダメだった」

「ダメって、そんなの誰がっ!読んでもないのに、分からないじゃないですか!白鷺さんが書いた小説が読みたいです、僕は」


白鷺さんは、唇を尖らせて、どこか幼い子供が拗ねているような表情を見せた。


「いやよ、恥ずかしいもの」


白鷺さんは意地の張り方を間違えてるように思った。

僕は納得できなかった。この作品がAIによって書かれたものであるということ。人間の創造的活動までAIで代替できる社会が形成されようとしていること。そして何より、白鷺さんが白鷺さんらしくないこと。狐につままれたみたいだ。


「あの、失礼かもしれないし、書いたこともないような僕がいうのもなんですけど、白鷺さんはそれで納得できるんですか?」

「納得?そんなの出来るわけないでしょう。だけどね、ずっとやってると段々と分かってくるの。才能がないんだってね。だったら割り切るしかないのよ」


僕はなんて言えばいいのだろう。多分、言ってはダメなのだろう。夢を真剣に追いかけたことすらない僕に、夢すら持ったことない僕には、白鷺さんの苦悩は分からないから。


「ごめんなさい、こんな所を見せるつもりじゃなかったんだけど。私そろそろ行くわね」


白鷺さんは2千円だけ置いて、店を立ち去っていった。僕はそれを眺めることしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る