I program

十 九十九(つなし つくも)

1話  上司と部下と

毎日同じことの繰り返しだ。

僕は金を稼ぐために働いている。

だからこの職場でも我慢しなければいけない。


葛城かつらぎ!そんな方法じゃ効率が悪いだろ!もっと自分で考えないか!」


河野こうのさんが怒鳴り声をあげた。額に青筋を立てて、僕を睥睨してくる。

いつものことだ。僕は河野さんに習った通りに進めていたはずなのに……。


悪いことをしているわけでもないのに、河野さんは怒る。そういう人なのだ。誰かに当たることでしか、自己を保てないのだろう。


「す、すみません」


僕のせいなんかじゃないのに。

とりあえず僕は頭を下げることにした。

こういう時は型にはまった行動でやり過ごすべきだ。実際に今までもずっとそうしてきた。が、河野さんは黙ったままだった。

圧迫した空気感がオフィスに漂っている。

僕は少しおかしいと思った。

いつもなら、文句の追撃を耳にタコができるまで浴びせてくるのに。

僕が様子を伺っていると、河野さんは深いため息をついてから、こう言った。


「葛城、帰れ。もう要らん」

「え、あの、」

「帰れ、来なくていい。再来週からそこには最新のAIが入る予定なんだ。だから、お前は要らん」


この人は何を言っているんだろうか?


「あの、私に何か至らない点がありましたか?」


河野さんはつきまとう蝿を追い払うような顔で、


「じゃあ、お前は最新のAIより優れてるのか?」


と言った。

カチンときた。

論点がズレている。

AIと比べて優れている?何が?大体なんだ、最新のAIって?じゃあ、僕じゃなくてお前はどうなんだ?僕より働いてないじゃないか!

好きなだけ怒鳴って、ふらっと仕事場から消えては煙草を吸いに行って、そんな奴が上司だからという理由だけで偉そうにものをいう。そんなことがあってたまるか、そんなことが……!

自然と右手に力が入っていくのを感じた。

僕はそのまま拳を高く上げて……、


「あの!」


凛とした声がオフィスに響いた。

さっきまで僕の隣で押し黙っていた、先輩の白鷺しらさぎさんだった。


「なんだぁ、白鷺ぃ」


河野さんが僕から視線を白鷺さんに移した。

その目つきは僕を眺める時のものとは明らかに違って、風俗店で女を選別しているかのようだった。

白鷺さんは毅然とした態度で言い放った。


「突然で恐縮ですが、本日で退職することに致しました。今までありがとうございました」


河野さんが呆気にとられている。

もちろん僕も上手く状況を飲み込めない。


「白鷺ぃ、何を言ってるんだぁ、お前は?お前はここに居てもらわないと、仕事がだなぁ」

「ではお聞きしますが、河野さんのお仕事は私にセクハラをすることなのでしょうか?」


白鷺さんの歯に絹着せぬ物言いに河野さんがたじろぐ。

僕はその様子を呆然と眺めながら、ただカッコいいと思った。


「葛城さんはどうするんですか?」


結局、僕も一緒に辞めることにした。お金より大切な何かを、白鷺さんの決意に見出した気がしたから。デスクを片付けて、僕達は早々に会社を出た。

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