第6話
対戦前には、余計な言葉は交わさなかった。
ただ無言のまま、葉太が差し出した手の中指と人差し指を根限りの力で握り締めてきた桜子の足に蹴りを入れ、葉太は席に着いた。
葉太の操る古代の戦士が不気味なモーションと共にステージに降り立ち、桜子の操る若き格闘家が、薫風と共に参上した。
それは、1995年に初めて登場して以来、従来のいかにも格闘家然としたシリーズキャラクターとは一線を画す可憐なデザインが大きな反響を呼び、その後のシリーズの常連となった少女。
そして、恐らく――。
『よろしくお願いします!』
日本一、桜花の似合う格闘家だ。
相手の溌溂としたセリフの後(行儀の良さで自分のキャラクターに負けている)で、試合が始まる。
お互いに遠距離攻撃は持っているが、どちらも隙が多くメインでは使えない。
代わりに素早いダッシュで距離を調整し、判定の強い地上技とジャンプ攻撃からのコンボでダメージを稼ぎつつ、画面端へと追いつめるのが定石だ。
どちらが先にコンボ始動技を当てられるかで序盤の展開が決まる。
開幕は、互いに“
数拍置いて挨拶程度に撃たれた弾をガードで受け止める。
少し前に歩いて、リーチの長い蹴りで挨拶を返す。
それをバックステップで避けつつ、桜子は即座に次の弾の構えを取った。
桜子の使う弾は弾速も遅く飛距離もない分、発射前に溜めて威力を上げるという特異なモーションを取れる上、斜め上方向に撃つことで迎撃としても使える。
構えを取った段階で反応するのは下策。
案の定、桜子は溜めた弾を上方に放ち、葉太の前飛びを牽制した。
地上戦に付き合えという意思表示。
すかさず葉太はボタン二つを同時に押し、己の足元に両の拳を振り下ろした。
その衝撃と同時に、桜子の手前の地面が弾ける。
これが葉太のキャラクターの遠距離攻撃だ。
前進しかけていた桜子がエフェクトの端に引っ掛かりダメージを貰い、画面端に「FIRST ATTACK」の文字が瞬く。
ステップで前進。
隙の少ないコンボをガードさせ、攻めを継続させる。
再び前進し、固まった桜子を投げようと伸ばした葉太の手が、空を切った。
垂直ジャンプ。
空振りしたモーションに容赦なく拳が振り下ろされ、そのままコンボを決められる。
画面中央へ押し戻された葉太に、空中からの追撃。
ひとまずガード。
続く連撃に耐え、攻めを凌ぐ。
密着状態では、スピードに勝る相手のほうが有利に立ち回れる。
一瞬のスキを突いてバックステップ。
間合いを手に入れる。
じりじりと前後に動いて距離を測る相手と、呼吸を合わせる。
刹那。
葉太の繰り出した拳を、桜子の突進技が押し潰した。
(今のは……読まれてたな)
桜子の繰り出した技は、外した時の隙が大きく、距離の離れた状態でブっ放せるようなモノじゃない。こちらの動きにピンポイントで被せなければ手痛い反撃を食らっていたはず。
最初の垂直飛びといい、一点読みの行動で負けてしまっている。
再び空中からの追撃。
だが、僅かにそのタイミングが遅いことに気づいた瞬間、葉太の握るレバーが超速で『Z』字を描いた。
『ハ・ジ・ケ・ロ!』
起き上がりざまに放たれた対空必殺技が、桜子を叩き落した。
キャラクター右向き時、レバー右、下、右下+パンチボタン。
俗に昇龍コマンドと称されるこのコマンド技は、格闘ゲームの歴史と共に誕生し、以来ほぼ全ての格闘ゲームで採用されている。そのレバー入力をテンキー表記した際の数字から『
葉太とて、当然初めからそれが出来たわけではなかった。
初めて昇龍拳で敵のジャンプ攻撃を迎撃した時の感動を葉太はとっくの昔に忘れてしまっていたが、それでも、確かにあったはずのその一瞬が、今もなお葉太の中に生き続け、葉太というプレイヤーを形作っている。
即座に起き上がった桜子に、ガードをさせて再び固めていく。
先ほど前進したタイミングで一度しゃがみ、桜子が反撃に出した蹴りをカウンターで獲る。
そのまま画面端まで押し込み、ラッシュを仕掛けて、1ラウンド目は葉太が取った。
本来ならばキャンセルすることが多い勝利モーションをわざと再生させ、その間に手首と指の関節を解しながら、ラウンドの内容を素早く分析していく。
しなやかな若木。桜舞う拳。
よく練り込まれている、と、葉太は内心で感嘆した。
自身のキャラクターを研究し、強みを理解し、立ち回りのしっかりとした土台を作っている。その上で今日の三回の試合の中で得た葉太のプレイの情報を元に、その対策を戦術に盛り込んでいるのだ。
ただ練習しただけではない。多くの実戦経験に裏打ちされた対応力は、こういった大会では大きな武器となる。
『こんなことマジになってるあたしが、馬鹿なのかな』
一年前のあの日、消えそうな声で零れた言葉が脳裏によぎる。
桜子は、ゲームを辞めなかった。
悩んで、迷って、それでも積み重ねた。
ああ、そうだ。
お前は馬鹿だ、桜子。
こんなになるまでゲームばっかりやって、中学生の貴重な青春を無駄にしやがって。
だけどな――。
『ROUND.2 』
お前なんかじゃ及びもつかない大馬鹿野郎が、今目の前にいるんだぜ。
『FIGHT!!』
試合が再開する。
開幕と同時に飛び込んだのは葉太。
相手の対空が僅かに遅れ、相打ちに。
弾が飛ぶ。
地面が砕ける。
咆哮が舞う。
拳がぶつかり合う。
エフェクトが弾け、火花が散る。
目まぐるしく入れ替わる攻守。
60分の1秒ごとに変化する戦況。
レバーをかき回す左手と、ボタンを叩きつける右手。
音と光の洪水が脳を焼く。
負けられない。
勝ちたい。
その一念だけが炎となって吹き出し、筐体の中でせめぎ合う。
『いつまでそんなこと続けるつもりだ?』
『あんたにとってゲームってなんなんだよ』
いつかの言葉。
今も葉太の心に問いかける。
いつだって、答えは見つからない。
そうだ。
そんな
そんな
言葉にできてたまるか!!
『ヴォォアア!!』
禍々しい唸り声と共に踏み出した蹴りが防がれる。
僅かに空いた時間。
カウンター狙いで繰り出した前蹴りが、葉太の狙いよりも手前でガードされた。
(しまっ……!)
桜子が僅かに前進することで攻撃を根元で受け止め、技後硬直の有利フレームを作り出したのだ。
『やぁああ!!』
すかさずねじ込まれたコンボは、2つのゲージをフルに消費しシステム上の最大ダメージを叩き出す。
吹き飛ばされた葉太の残り体力は、1ドット。
桜子が追い打ちにかかる。
相手に、もう大振りの攻撃は要らない。
隙のない攻撃を重ねて葉太のガードを揺さぶりにかかる。
それを、防ぐ。
防ぐ。
防ぐ。
焼き切れそうな神経を総動員して、上中下に揺さぶる打撃を防ぎ、投げを外していく。
そして、コンマ数秒途切れた連撃の隙間を縫って、葉太はボタン二つを同時に叩いた。
『ウ・セ・ロォォア゛ア゛!!』
胸を掻きむしる動作と共に、戦士の紋様が怪しい光を放ち、頭髪が燃えるように逆立った。
奥の手の強化状態。
攻撃力が上がっていく。
そして、葉太の狙いはこれだけではない。
この技を発動した瞬間、画面が暗転しゲーム内の時間がほんの僅かに静止するのだ。
そのタイミングで出しかけていた相手の行動に対し、最適の反撃を用意できる。
カンニング、と呼ばれるテクニックである。
(教師が使っていい技じゃねえけどな!)
ガード崩しに構えられていた桜子の中段攻撃を透かして、筋骨隆々の
そのまま引きずるようにステージを駆け抜け、壁に叩きつける。
『ズゥェェエアアア!!!』
左拳に集約する闇の力が、真っ直ぐに叩き込まれた。
これで、桜子の体力も残り1ドットになる。
互いにゲージも吐ききり、ここからは
隙の大きな対空技は迂闊に放てない。
葉太は相手の起き上がりに飛び込み、蹴りをガードさせた。
そして、レバーを上に倒したまま、小パンチを連打する。
これは、システム上のバグを利用したテクニックだ。
ガード硬直中に立ちとしゃがみを入れ替えても、くらい判定は変わらない。
簡単に言えば、本来しゃがみガードをしている相手には当たらないはずの上段攻撃が、何故か当たってしまうのだ。
このバグを発見し、最初に実戦の中で戦術に組み込むことに成功したかつてのプレイヤーの名が冠された、この技の名は――。
『しゃがんでるのに立ってるものって、なーんだ?』
答えは、『F式』。
ぱしっ。
派手な大技の応酬のあと、あっけないほどに小さなヒットエフェクトが発生し――。
『K・O』
勝敗が、決した。
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