第15話 自己啓発セミナー的つるし上げ

 今度は、愛美が俎上にあがった。


 指名された織田は、無難に「かわいい。モテそう」と答えた。よく手入れされた、男受けしそうな外見だからだ。

 夕貴が目線を送ってくる。お茶を濁すなと言いたいのだろう。「考えずに早く」と天野に急かされ、仕方なく続ける。


「流行通りのお化粧や服ばかりで、自分の意見がなさそう。男に媚びてそう。でも、ダメ男に引っかかりそう」


 愛美の顔が曇り、悲しそうな顔でうつむく。それを見ると、胃をぎゅっとつかまれた気分になった。他人に対してきついことを言うのは、言われるのと同じくらいつらいのだ、と織田は気づいた。


 陶子の番が来て、もう一度同じ痛みを味わわなければならなかった。このあと、二人とどう接すればいいのだろう。空腹も手伝って痛みだした胃をなでさする。


 天野が全員の顔を見回し、半眼で言う。

「一回りしたところで、どうしてそういう印象を与えたのか、考えてみましょう」

 夕貴はまだ吊るしあげられていない。やはり彼女は別格のようだ。


「さくらさんのお仕事は、編集です。頭を使うのはもちろん、タフでないとやっていけない。自然と男勝りにもなるでしょう」

 天野が、目を開けて織田を見る。

「プライドを持って仕事をするのは、いいことです。しかし、自尊心が強くなり過ぎると、自分は特別だと思うようになり、他人から見ると威圧的に感じてしまう」


 ファルスの面々に比べて能力もまだまだで、キャラも薄い自分自身にコンプレックスを持っているくらいだ。自分がえらいとは思っていない、はずだ。


「さくらさんの占いの依頼は、『このままでいいのか』でした。忙しいとはいえ、好きな仕事をしているのだから、幸せなはずですよね。それなのに不安になるのは、満足を知らないからです。そういう人はたとえ転職しても、もっといい仕事があるんじゃないか、もっと給料のいい会社に行けるんじゃないか、と思ってしまう。その『足らない気持ち』が、よくないものを呼び寄せるのです」


 確かに、そうかもしれない。織田は天野の言葉に聞き入った。

「足らないと思うのは『私には釣り合わない』と無意識に考えているからです。この私がこの程度の待遇なんて、と心の隅で思っている。違いますか?」


 違う、とは答えられなかった。これだけ必死で働いているのに、前職の年収より低いことは正直不満だ。


 そういえば、一年前に辞めた前の会社では、もっと不満が多かった。

 女性社員は小会議室で昼食を食べるのだが、その一時間が苦痛だった。あまり興味のないお洒落や恋の話を延々聞かされ、適当に合いの手を入れなければならない。一人で本でも読めればどんなにいいか、といつも思っていた。


 どうですか、と重ねて訊かれ、織田はおずおずと答えた。

「そう、かもしれません」

「身に覚えがありますか」


「……待遇もそうですけど、前の会社で、他の女性社員とのお洒落や恋の話に混ざらなければいけないのが嫌でした。生産性のないことに一日一時間を費やすのが無駄に思えて。でも、今にして思うと、仕事の合間に無邪気におしゃべりをするのは、楽しかったんです。向こうはカレシのこととか、プライベートな部分も信頼してしゃべってくれていたのに、私は『相槌でも打たなきゃ』って義務みたいに思ってて。……感じ悪いですよね」


 天野が微笑みながら、「気づいたのですね」と言う。

「はい。私、無意識に、他の女性社員を見下していました。自分はそんな低俗ではない、ここは私には合わない、って」


 自分の情けない部分を語っているのに、なぜか気分が高揚する。涙があふれてきて、Tシャツに落ちる。もやもやとしたものがすべて涙になって出ていくようで、頭がすっきりとする。気持ちよさに泣き顔を隠すのも忘れて、織田は泣き続けた。


「さくらさん、あなたは『足る』ということを知ったのです。自我を抑えるよう気をつけていれば、よくないもの、魔も引き離せます」


 織田は自然に、ありがとうございます、と頭を下げていた。憑きものが落ちたような気分だ。魔が増幅させたという負の感情に気づき、鎮めることができそうなことに、安堵を覚える。

 涙を手で拭って照れ笑いをする織田に、愛美や陶子、夕貴も笑顔でうなずく。


「では、次は愛美さん」

 愛美が、少し肩をすくめて上目遣いで天野を見る。

「彼女に共通する第一印象は、外見はかわいいのに男性から軽んじられそう、でした。愛美さんが占いにきたきっかけは、彼氏のことを第三者に相談したいからでしたね。みんなにわかるように、説明してみてください」

 天野に言われて、愛美がみんなの顔を見回してから答える。


「はい。……えっと、カレシのところに、女の人が『あなたの夢のために使って欲しい』と三百万円を持ってきたそうなんです。前からカレシ──健さんって言うんですけど、その健さんのことが好きだから、水商売で貯めたらしくて」

 手をもぞもぞさせながら、愛美は続けた。


「彼、最初は『俺、どうしたらいいと思う?』って笑いながら訊いてきたんですけど、そのうち『お前なら俺のためにいくら出す?』って言いだして」

 愛美が目を伏せる。


「で、あたし、『もし親御さんが病気でお金が必要とか、借金で困っているとかなら、出せる金額は出すし、足りなければバイトをして稼ぐ』って答えたんです。もしかして彼、お金が必要なのに言いだせないのかなって思ったから」


 単なるヒモ予備軍にしか聞こえないのに、どうしてそういう思考回路になるのだろう。織田は首をひねりながら、愛美を観察した。


「そしたら彼、『いくらなら出せます、ってはっきりした金額を言わずにごまかすのは、金を出したくないからだろう。バイト程度で大した金は稼げないのに、現実味がない。お前は俺のことを本当には愛していない』って」


 天野が合いの手をはさむ。

「お金を持ってきた女性は『あなたの夢のために』と言ったそうですが、彼は何をしている人ですか」


「役者……なのかな? 知り合いのお芝居に出たり、テレビのエキストラなんかをやってます。友達に誘われて観に行った演劇で、初めて会ったんです。彼、ジゴロの役で出てました。てっきり本物のホストだと思ったんですよ。それで、打ち上げに混ぜてもらったときに、声をかけられて。僕は外見が派手だから軽い人間に見られるけど、本当は違うんだ、とか言ってました」


 話が飛びがちなことに、織田は少しいらついた。

 性別で区別するつもりはないが、女性は要約して話すのが苦手な人が多い。この前帰省したとき、実家の母がスーパーにかけた、忘れ物の問い合わせ電話を思い出す。「今日の四時ごろにね、そちらへ買い物に行ったんですよ」に始まり、「荷物が多かったもんだから、全部持ったか確認を忘れてて」と話し続け、最後に「青いエコバッグ、届いてませんか」と言うのだ。なぜ、「忘れ物の照会をお願いします。今日の四時ごろ、青いエコバッグをカートの中に忘れたんですが」と言えないのだろう。


 ふと、天野と目が合った。口だけで笑顔を作り、まばたきで会釈をされる。心を見透かされたようで、織田は恥ずかしくなった。


 愛美が言った「見下してそう」とは、こういうことなのだ。


 母は忘れ物をしたことで気が動転していたし、愛美は自分にとってつらいことをいきなり説明しろと言われた。うまく話せなくて当然なのだ。


 自分の方が頭がいいと鼻にかける、嫌な人間になった気分だ。自己嫌悪にさいなまれながら、織田は愛美の話に再び耳を傾けた。

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