第10話 奪還作戦会議

 自然庵に引き返してそのまま軟禁されていた可能性を指摘され、織田は恐怖を振り払うように茶化した。

「あ、そうですよね。私はまた、こんなチンクシャお断りって思われたから、リリースされたんだと思ってましたよ~」


 谷崎が首を振る。

「そない自分を卑下すんな。他と違って、あんたは一見の客やから強引なことできへん思うて、いったん帰しただけやろ。それに天野みたいな奴は、好みよりも仕留めやすい女性を優先するで。織田は言うてなんやが、強引に押せば落ちそうな雰囲気しとる。これが永井やったら、俺ならパスするな」

 一心不乱にタコ焼きを食べていた永井が、「何?」と言って顔をあげる。


「永井は一見かわいらしい顔にモデル並みのスタイルしとる。パッと見は食指が動くやろ。でも、中身はおとこや。他人に何か言われても、ほとんど揺るがへん。マインドコントロールもかかりにくい。相手を自分の思い通りにしたい男は、避けて通るやろうな」

「黙れ、セクハラ男! その古い価値観アップデートできないと、大学生の彼女に捨てられるよ」

 永井が谷崎に、本気の蹴りをお見舞いする。


 確かに永井は、大きな目と口が印象的で、ファッション雑誌の読者モデルができそうなくらいプロポーションがいい。しかし中身は自己主張がはっきりしており、仕事でもデザイナーの立場から編集に的確なアドバイスをくれ、絶大な信頼を寄せられている。生身の男性に興味を示さず、BL本を愛読し、そんな自分を恥じることもない。まだ確固とした自信を持てない織田には、永井は憧れの女性だ。


「痛いなぁ。俺は永井のこと、褒めたってるのに。夜明けのコーヒー、一緒に飲んだ仲やないか」

「徹夜仕事のあとの一杯、って言ってくれる? あと、褒めてるつもりでも容姿のことに言及するのは失礼だって、何回言ったらわかるの? バカなの?」

 脛をさする谷崎に、永井がもう一度蹴りをお見舞いする。


「……やっぱり私、つけこまれやすい性格なんですね。永井さんみたいになりたいのに」

「そういう意味ちゃうって。織田がアカンのは、落ち込みやすいとこやわ」

 谷崎の意見に、坂口も同調する。

「そうだぞ。ヘタレのオダサクなんて、オダサクじゃない。大体なあ、見込みのない奴を俺が面接で採るわけなかろうが。確かにお前は発展途上だが、その分伸びしろがある。まだ自分のスタイルが固まっていないのは、成長性もあるってことだ」

 慣れない褒め言葉に、足がむずむずする。気を良くしていると、坂口が身を乗り出し、眼鏡の位置を直した。


「……というわけで、成長途中のオダサク君。ここはもう一段階レベルアップしてみないか?」


 一瞬の間のあと、他の三人が一斉に止めに入った。

「だめですよ、龍平兄さん」

「社長、そりゃまずいですやろ」

「危険すぎます」

 社長は、もう一度自然庵に、それも共同生活エリアに潜入して、愛美を連れ出すよう言いたいのだ。失態をさらしたままでは気が済まないから引き受けたいのはやまやまだが、やはり勇気がいる。


 迷っていると、坂口の携帯が鳴った。

「おう、何だ」

 相手はどうやら津島らしい。向こうが長々と話すのを、じっと聞いている。

「とりあえず、こっちに来られるか」

 何か、今回の件に関して情報を持っているらしい。坂口が真剣な顔でやり取りをしている。と思ったら最後に「ついでに酒とつまみを買ってきてくれ」と言うあたりは、ちゃっかりしたものだ。


「小生さん、何かわかったんですか?」

 司が身を乗り出す。

「昔、天野のところから逃げだした女性と、連絡が取れたらしい」


 かいつまんで聞いたところによると、その女性はSNSで天野と知り合い、職を失った相談をするうちに加持を勧められた。自然庵に行ったところ、魔が憑いているからしばらく滞在するよう言われた。断ると、ライトを目に当てられたり、大きな声で脅されたりしたという。二日ほど他の女性たちと共同生活をしたが、どうしても嫌で早朝に逃げ出し、坂の下にある民家に助けを求めた。


「それって、事件性あるんじゃないですか?」

 永井が眉をひそめる。

「いったんは警察が呼ばれたが、その女性が訴えなかったんだと。そんなことをしたら殺されるって、当時は本気で怖がってたそうだ。いや、今もか。電話取材も渋ってたらしいからな。小生が『僕の彼女が自然庵から帰って来ない。何でもいいから情報をください!』って迫真の演技で食い下がって、やっとしゃべったってさ。……あいつ、どんな顔で芝居したんだろう。見たかったな」


 時間が経っても天野に恐怖心を抱くほど、その女性はマインドコントロールされていたのだ。とすると、愛美が一人で脱出できないのもわかる。誰かが付き添って「大丈夫」と言ってあげなければ。


「たぶん、その一件のあとは、手荒な勧誘を止めたんやろうな。せやから、あんまり表沙汰になってへん。けど、天野いう奴は、結構危険な男やな」

「社長、潜入取材は中止ですよね。他の方法を考えましょう」

 谷崎と永井が、織田をかばうように言う。腕組みしたまま黙っている坂口を尻目に、みんなで意見を出し合う。


「大丈夫」「もう少し留守にする」という愛美直筆の手紙があるから、警察は民事不介入で動いてくれそうにない。かといって自然庵に無理やり乗り込んだら、不法侵入でこちらが捕まってしまう。配管工事を装って侵入する、煙で火事のふりをして出てこさせる、焼き芋屋の屋台を横付けして匂いでおびき寄せる、どれも現実味がない。


「……やっぱり、私が行きます。その日の内に愛美さんを連れ出しちゃえば、問題ないです」

 でも、と司が口ごもる。きっぱりと反対しないのは、今のところ他に方法が思いつかないから、そして愛美のことが心配だからだ。

「織田ちゃんは危険よ。せめて私が」

 永井の言葉をさえぎるように、坂口が手を叩いた。


「今回は、オダサクに一肌脱いでもらおう。もちろん、すぐに救出できるよう、車で近くに待機しておく。……いいな」

 丸眼鏡の奥の真剣なまなざしに、織田は「はい」と答えた。


「第一目標は、愛美ちゃんの救出。ただし、オダサクは自分の安全を最優先にしろ。次に、自然庵の状況の把握。他の共同生活者のことを、できるだけ探れ。記事にするのに必要だ」


 男性占い師と複数の若い女性が、謎の共同生活。これなら、ゴシップ紙が買ってくれるだろう。「こんなときに記事なんて」と司が言うと、坂口が反論した。

「俺は別に、正義を振りかざして全員救出とは言わん。でも、天野なんかに絡め取られたのは自己責任だ、と突き離すつもりもない。潜入記事を売って、自然庵を明るみに出すことで、他の被害者もなんとかできれば、これ以上似たような事件が起きなければ、と思う。そのために、俺たちの武器である言葉を紡ぐんだ」


 坂口が、視線をこちらに向ける。織田は大きくうなずいた。もしも事件性があるのなら、被害者の身元情報は重要になるはずだ。

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