第9話 SNSは危険なツール

 いい匂いがすると思ったら、谷崎峻がタコ焼きを作り、大皿に山盛りにして会議室に入ってきた。典型的な大阪人の彼は、「関西人は一家に一つタコ焼き器を持ってるんや」と言って、よく会社でタコ焼きを作り、みんなにふるまってくれる。

 ボイスレコーダーを脇にどけて、皿を置く。ソースの上で鰹節が踊っている。


「織田、お疲れさん。まあ食え。気ぃ悪いときは、脳のご機嫌を取るんや」

「そうよ、織田ちゃん。とりあえず、食べて落ち着こうか。私たちも寝起きでお腹すいてるし」

 永井遥香が、ジュースを人数分淹れてきてくれる。そういえば、昼ご飯を食べ損ねていたのだった。織田は二人にお礼を言って、たこ焼きを頬張った。まだ熱いので、はふはふと間抜けな声を立ててしまう。

「気ぃつけんと、上あごの裏やけどして、皮めくれるで」

 はす向かいに座った谷崎が、笑いながら言う。


「あんたが見た緑の炎な、あれは炎色反応っちゅう奴や。炎に、ナトリウムやらカリウムやらを加えると、色がつくんや。『リアカー無きK村、動力借るとうするも』とか言って暗記したもんや。動力(銅緑)やから、緑色は銅か。目つぶってる間に炎に仕込みよったか、最初から芯に入れとったかやな」

 あんなに不気味だったたのに、あっけなく正体がわかって拍子抜けしてしまう。しかし、天野が自分の特殊能力を信じているのなら、そんな仕掛けを使うだろうか。


 谷崎が、つまようじをタクトのように振りながら、続ける。

「せやから、竹藪の黒い奴も、からくりがあるはずや。その『魔』とか言うのとは違うし、あんたに取り憑いたりせえへんから、安心しぃ」

 関西弁でお気楽に言われると、やはりあれらは仕掛けで害はないのだ、という気持ちになってくる。織田は元気よく「はい!」と言い、ジュースで口の中を冷やした。


「とりあえず、愛美まなみちゃんとやらが自然庵じねんあんにいる確率はかなり高いし、手口もわかってきたわけだ」

 社長の言葉に、織田は茶化して言った。

「『愛美ちゃんとやら』って。社長、昔、愛美さんが司くんにプレゼントしたバレンタインチョコ、勝手に食べちゃったんですってね」

 坂口は「そんなことあったっけ」と、とぼけた顔をしている。司が「よく言いますよ、この人は」とあきれた声を出すと、社長がタコ焼きを食べながら反論を始めた。


「ああ、思い出した。ハートのチョコの子か。……あれは、お前のためにやったんだぞ。チョコはほっといたらカビが生える。そしたらお前、『あの子のハートにもカビが生えちまった』って、勝手に悲しくなって自己完結するだろう。だから、俺が食ってやったんだ。それなら、天災と思ってチョコのことは諦められるし、彼女のハートは想い出の中できれいなままだ。感謝こそすれ、恨むのはお門違いだ。チョコもらいながら、まったく進展できなかった臆病者のくせに」


 つまようじで司を指しながら言う社長は、まったく悪びれていない。司も納得できない様子だが、痛いところを突かれて気まずそうな顔をしている。

「チョコ作りの上手な愛美ちゃんが自然庵にいるかどうか、もうちょっと探ってみるか」

 坂口はタブレット端末を取り出し、操作し始めた。


「天野は、SNSで加持の客を探したって言ってたな。オダサク、奴のメルアド、見せろ」

 織田はもらった名刺を取り出し、机に置いた。坂口がそれを端末に打ち込む。

「ビンゴ!」

 坂口が得意げにこちらへ向けた画面には、大手SNSのページが表示されていた。


 ユーザー名は「ボンサン」。プロフィールには、僧籍を持っており、修行の一環で悩み相談もしている、と書かれていた。

「メールアドレス検索で引っかかった。天野だ」


 坂口はさらに端末を操作し、ボンサンのフォロワーを表示させた。五十六人と、案外少ない。過去に問題のあった相手が、フォローを解除したからだろうか。

「司、この中から愛美ちゃんを探せ」

 端末を受け取り、司はフォロワー一覧をスクロールした。織田も横から覗き込む。


「マナ」という名のブチネコのアイコンを、彼はタップして表示させた。

 マナのプロフィールには、「ゆるゆる、のんびり。おいしいもの、たのしいこと」程度の記載しかない。個人情報がわからないのは仕方がないが、位置情報が「この世の外ならどこへでも!」なのはいただけない。

「たぶん、このマナって子がそうです。写真のブチネコに見覚えがある。彼女の飼いネコのウッシーだ」


 坂口は端末を受け取ると、ページをざっと見た。お昼ご飯や景色の写真がほとんどだ。「リア充かよ!」とつぶやきながら、今度は天野のページに切り替える。

「ボンサンの方は、当たり障りのない身辺雑記とか、修行時代の話とかを載せてるな。長い話は別のとこに書いてリンクを貼ってる。……こっちは昔受けた悩み相談の記録か。しっかし、誤字脱字が多いな。校正したくなっちまうよ」


 しばらくして、坂口はあるページを表示させてこちらへ向けた。恋愛相談に対するアドバイス内容、その結末が書かれた回想録のコメント欄に、「マナ」からの投稿があった。


 ──ダメってわかっていても、本人はどうしようもないんですよね。誰かが背中を押してくれれば。私もそんなふうに思っちゃいます。

 ボンサンからのコメントも書かれている。

 ──私でよければ、いつでも背中を押すよ! じゃあ、明日。


「『じゃあ、明日』って」

 織田が投稿の日付を見ると、一週間前、ちょうど彼女が行方不明になったころのものだった。


「もうこのときには、何度もメッセージのやり取りをして、占いと加持を受けに自然庵を訪れる約束をしていたんだろうな」

 坂口の言葉に、司もうつむいてつぶやく。

「文字に残るメッセージのやりとりは、結構危険なんだ。何度も読み直すと、すごく親しくなったように錯覚する。もちろん、マインドコントロールにも都合がいい。下地ができているから、暗示をかけて、そのまま自然庵に留めさせたのか」


 谷崎が割って入る。

「せやけど、織田かて危なかったんと違う? 竹藪の黒煤もどき。それ見たら、普通は自然庵の方に引き返して『助けて!』ってなるはずやもん。で、『危ないからしばらく外へ出るな』で軟禁成功」


 そう言われると、今更ながら背筋がぞっとする。司が駅前で待っていなければ、織田は自然庵の方へ引き返していただろう。そしてそのまま……。

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