第6話 狙われた剣
いちごワニ園での騒動後ーー。
その日の夜。ダイニングにて、克晴は今日起きた出来事を陸に報告した。
「えっ!? クロが狙われてるの!」
話を聞いて、陸は驚く。
克晴は呆れた様子で問い返した。
「陸さん、晃の財布が狙われると思うか?」
「思わない」
「だろぉ…」
「失礼だな、あんたら」
ため息をつく2人に、晃は唇の端をヒクつかせる。
「俺の財布はいいとして! 対策を練らないと、またクロは攫われるよ」
「そうだねぇ…。晃くんの目が届く清掃の時はいいけど、今日みたいに他の仕事が入った場合は連れていけないよね」
陸が問題点を指摘すれば、晃は腕を組んで頷いた。
「今回は予想外の出来事だった…」
「断ればいいだろ」
「園長の頼みを断るなんて、無理でーす」
克晴の一言に、晃は反論する。
確かに園長のような偉い人の頼みを断るのは至難なことだ。(克晴には可能だが)
仕事の状況もあり、3人が念入りに話し合うがーー。
「駄目だ。収拾がつかない」
「まったくだ…」
「本っ当にどうしよう」
いい案が浮かばず、3人は頭を抱える。
一方のクロも、昼間の出来事が気に掛かっていた。
(あの声の者たちは、いったい何者だったんだ? なぜ、アキラのリュックサックを持ち出そうとしたのか…)
ふと、クロの脳裏に過ぎったのは“珍しい生き物”という言葉。
(奴らは、俺を狙っていたのか?)
そう考えるのが妥当ではないか。
何者かが、晃たちと一緒にいる自分を見つけ、捕まえるチャンスをずっと伺っていたとならば…。
(このままでは、アキラたちに迷惑をかけてしまう)
共に歩むと剣に誓ったが、自分のせいで彼らに危険が迫ったらーー。
そう思うと、クロの胸が潰れそうになる。
(彼らと、別れるしかないのか…)
名残惜しいが、晃たちが平穏に暮らせるためだ。
クロは足音を立てずに、リビングの窓に近づく。尻尾の剣先で器用に鍵を開けると、最後に晃の方へ振り向く。
(短い間だったが、世話になったな。ーーさらばだ、アキラ)
口には出さず、心の中で別れを告げると、クロは闇夜の中へ消えていった。
ふと、自分の名前を呼ばれた気がして、晃はリビングの方へ目を向ける。
「ーークロ?」
名を呼ぶが、クロは姿を現さない。
嫌な予感がした晃は椅子から立ち上がり、リビングへ足を踏み入れる。
周囲を見回せば、鍵をかけておいた筈の窓が開けられていた。
「まさか、外に出たのか!? 克兄、陸さん。大変だ! クロがーー」
晃の叫びを聞いて、克晴と陸もリビングへ向かう。そこにクロの姿はどこにもなかった。
「手分けして探すぞ。陸さんは家の周囲を、俺は町中を見てくる。晃、お前は丘の方を見てきてくれ」
克晴の指示に、陸と晃は頷く。
彼らは手分けしてクロを見つけるべく、外へと出向いた。
◆ ◆ ◆ ◆
クロは小高い丘を歩いていた。そこは晃と一緒に星を眺めた場所だ。
一旦足を止め、クロは夜空を見上げる。前と変わらず星は輝いていた。
『アキラ…』
後悔はしていない。故郷といた頃と同じく独りで生きていくだけ。
独りで…。
『……』
なんだ。
なんだ、この気持ちは。
俺の種族は“孤独”が当たり前だったはずだ。
なのに、こんな、こんなにもーー。
人が恋しくて、心細くなるなんて…。
『俺も、弱くなったな』
クロは自嘲の笑いを浮かべる。
その時、なにかの気配を感じ、クロは警戒態勢をとった。目を閉じ、周囲に耳を済ませる。
キチ…キチ…キチキチキチキチ…。
生き物ではない軋んだ音が聞こえた。
(数は、少なからず…多からず。俺の周りを囲んでいるな)
クロはゆっくりと瞼を開ける。
彼の目に入ったのは、銀色の体をした
それらは威嚇しているのか尻尾を上げ、ハサミをカチカチ鳴らしている。しかし、その程度で怯むクロではない。
クロも蠍たちと同じく、尻尾を上げて剣を構える。
瞬間、蠍たちが一斉となってクロに飛びかかってきた。
クロはそれらを避けることはなく、右足を軸にして身体を捻り、尻尾の剣を振るう。
風を斬る音がした直後、蠍たちは残骸となって地面に落ちていく。
着地したクロは、蠍がいないか周囲を睨みつける。
そんな中、自分しかいない場所で手を叩く音が響いた。
「素晴らしい。実に素晴らしい!」
聞いたことない声に、クロは一層警戒する。
声が聞こえた方向ーー林の奥に目を凝らせば、1人の男性が立っていた。
身長は高いが背はやや丸まっており、晃と比べたら細みで青白い肌をしている。
肩まで伸ばしたボサボサの灰色の髪、伏せ目のせいもあって根暗な印象を持ってしまう。しかし、着ている紺色のスーツはヨレておらず、この場に晃たちがいたら「高級品だ」と指摘していただろう。
注意深く男性を見るクロに、彼は自己紹介をした。
「初めまして、“サルガスの剣”。私はエンヴィー・アーロゲント。君たち“
『ナナ…?(研究…?)』
「蠍座の種族は好戦的で剣技に長けているとは聞いていたが、君の場合は違うな。冷静に状況を把握し、無駄な動きをせず、一撃で葬る。つまり、“匠”の域を達している!」
エンヴィーと名乗った男性は、感情が高揚して饒舌になっていく。
「君は他の個体と比べて“進化”しているということだよ、“サルガスの剣”。最高の研究材料だ! これなら、アイツに勝てる! 他人の手柄を横取りしてふんぞり返っているあの卑怯者に、私はーー」
「クロ!」
クロにとって聞き慣れた声が、エンヴィーの発言を遮る。
クロが振り返ると、そこには息を切らせた晃が立っていた。
「勝手に出てったらだめだろ、クロ」
『ナ…。ナナナ…(アキラ。なぜ此処に…)』
「さあ、家に帰ろう。克兄と陸さんも心配して…」
ふと、晃は自分を凝視しているエンヴィーの存在に気づく。
「誰だ? あのオッさん。クロ、知ってる人か?」
『ナー、ナナナ(いや、初対面だ)』
クロが首を横に振るえば、晃は頭を抱えた。
「あちゃー、見られちゃったか。すみませーん、今日見たことは無かったことに…」
「お前…」
「え?」
「お前の顔、知っているぞ」
エンヴィーにそう言われるが、晃は彼と会ったことなど一度もない。
「失礼ですけど、どちら様でーー」
「お前は“
晃の質問には答えず、エンヴィーは一方的に告げる。
しかし、晃にはまったく覚えがない。
「いったいなんの話をしてーー」
「アイツも許さないが、お前はそれ以上だ! 私の邪魔はさせぬぞ!」
急に怒りだすエンヴィーに、晃は苛立つ。
「だから、人の話しをーー」
「行け! ギルタブリル、マンティコア。あの男を始末しろ!」
エンヴィーが叫んだ時、彼の背後から巨大な金属製の蠍が2体飛び出してきた。
大きさはショベルカーと同等かそれ以上で、赤いメタルカラーをした方が“ギルタブリル”、黒いメタルカラーをした方が“マンティコア”だ。
人など簡単に真っ二つにしてしまうだろう大きなハサミを鳴らし、2体は晃の方へ向かってきた。
「え!? なにこれ! なにかの撮影なの!」
状況が把握出来ず、晃はパニックになる。
蠍のハサミが彼に迫った寸前、クロの剣がそれらを薙ぎ払い、切っ先を僅かにずらした。
『ナー! ナナナ(逃げろ! アキラ)』
クロは逃げるよう促すが、晃は真横に逸れたハサミを見て腰を抜かしてしまう。右頬に触れれば、指先に赤い液体が付いていた。
「なんだよ、コレ…」
撮影ではないと、晃は悟る。そして、相手が冗談ではなく、本気で自分を殺そうとしていることもーー。
『ナナナ!(アキラ!)』
クロが叫ぶも、茫然自失となっている晃の耳には届いていない。
体格差で怯むことはないが、晃を守りながらの攻防戦はキツイ。長くは保たないだろう。
そう判断したクロは、蠍の威嚇のように尻尾を振り上げ、剣を構えた。
(ーー仕方ない。2体同時、一撃で仕留める!)
一気にケリをつけるべく、剣にエネルギーを集中させる。
そのとき、草むらから小さな蠍が飛び出してきた。
「ナナッ!?(なにッ!?)」
不意打ちを食らい、クロは態勢を崩してしまう。
首元に絡みついてきた蠍は、クロの首筋に尻尾の針を突き立てた。
「ーーッ!」
チクッとした痛みに、クロは表情を歪める。しかし、その隙に蠍を剣先に突き立てることが出来た。
蠍を引き離した直後、クロの視界が反転する。
(な、なんだ…)
突然、自分が倒れ伏すことにクロは戸惑う。立ち上がろうにもまったく力が入らず、徐々に熱も帯びてくる。
動けなくなったクロを見て、エンヴィーは不敵な笑みを浮かべた。
「安心しろ、死にはしない。まあ、君にとっては“毒”かもしれないが」
『ナ、ナナ…(俺の、体になにをした…)』
「マンティコア、“サルガスの剣”を回収しろ。ギルタブリルはーー」
クロを無視し、エンヴィーは憎悪の眼差しを晃に向ける。
「あの男を仕留めろ」
エンヴィーの命令に従い、赤い蠍は晃に近づいていく。
クロは晃を守るべく必死になって身体に力を入れるも、言うことを聞かない。
(アキラ、逃げろ! 頼むから逃げてくれ!)
クロは内心焦った。
赤い蠍が晃の両脇にハサミを突き立て、逃げられないようにする。毒針の付いた尾を彼の首へ近づけていきーー。
(やめろォオオッーー!!)
クロが絶望しそうになった瞬間、辺りが白い光に包まれ、キィィィィィン…という高い金属音が鳴り響いた。
「ぐっッ! な、なにが起きた!!」
エンヴィーの慌てふためく声がする。
朦朧とする意識のなか、クロは周囲を見回す。
2体の蠍が光と音によって混乱している。その間にスーツ姿の男が晃を助けだす。
ふらつく晃の腕を引っ張って無理やり走らせれば、こちらへ向かってきて動くことがままならないクロを抱えると、その場から全速力で離れていった。
◆ ◆ ◆ ◆
危機感はある方だと思っていた。
猛獣を扱う、常に危険と隣合わせの仕事をしているからだ。
だが、あの見知らぬ男の眼差しに、自分がお気楽だったということを理解してしまう。
でかい蠍のロボットにビビり、尚且つ右頬から流れる血を見た途端、足腰が動かなくなった。
クロが鳴いている。多分、“逃げろ”と言っているんだろう。
逃げたくても足に力が入らない。そうこうしている間に、蠍ロボットに逃げ場を塞がれる。
首に針の付いた尾が当てられようとした寸前、目の前が真っ白に塗り潰された。
あまりの眩しさに目を伏せ、高い金属音に耳を塞ごうとした矢先、誰かに腕を引っ張られる。
「立て! 晃」
耳鳴りがするなか、聞き覚えのある声がして、ゆっくりと薄目を開ければ、鮮やかなピンク色の髪が飛び込んできた。
「桃さん!?」
「説明はあとだ。今は逃げるぞ。急げ!」
桃さんは早くするよう促すと、倒れているクロの抱きかかえ、俺の腕を強く引っ張る。
俺は桃さんに言われた通り、無我夢中で走った。
◆ ◆ ◆ ◆
丘を下った所で、桃太郎は立ち止まる。息を整えてから、彼は晃に尋ねた。
「なんで、君が此処にいるんだ?」
「手分けして、クロを探してたんですよ。この丘は俺がよく来る場所なんで、1回だけクロを連れて来たから、もしかしたらってーー」
「クロを探して? 彼は君たちの目を盗んで外に出たのか!」
桃太郎が晃の胸ぐらを乱暴に掴む。
晃は相手の様子に訝しむも、素直に頷いた。
「リュックサック盗まれた件があったんで、もしかしたらクロが狙われているんじゃないかって思って…。3人で話し合っていたんですけど、いい案が浮かばなくて…。気づいたら、クロがいなくなってたんです」
そう説明したあと、晃は桃太郎に問う。
「桃さん、知ってたんですか? クロが俺たちと一緒にいたことを…」
「それはーー」
「知っているなら教えてください。なんでクロは狙われているんですか。あのでかい蠍ロボットを操る男は何者なんですか!」
「……」
桃太郎が答えるのを渋っていると、丘とは反対の方から克晴と陸がやってきた。
「クロは見つかったか、晃ーーってなにしてんだ、お前」
「えーっと、晃くん。そちらの御方はどなたですか?」
桃太郎に視線を集中させる2人に、晃は迷いながら必死に伝える。
「この人は
晃の支離滅裂な紹介に、克晴と陸は怪しい眼差しを桃太郎へ向けた。
そんな彼らに痺れを切らした桃太郎は、言い訳は無駄だと判断し、腹を括ることにした。
「此処だと奴らに見つかる。話は車の中でしよう。“サルガスの剣”の容態も心配だ」
桃太郎はクロを晃に差し出す。クロは息苦しそうにぐったりとしていた。
「大丈夫か、クロ」
クロを受け取った晃は、クロの体温が高いことに気づく。
「克兄! クロ、熱出してる」
「ちょっと見せてみろ」
晃に言われ、克晴はクロの頭や顎下を触る。確かにいつもより熱い気がする。口を無理やり開かせて中を覗く。喉は腫れていないようだ。
「精密検査しないと原因が分からないな。えーと、桃さんだったか。“青空動物病院”って所に連れて行ってもらえないか」
克晴の頼みに、桃太郎は片眉を上げる。
「一般の動物病院に“
「診察するのは俺だ。問題ないだろ」
「お前以外の担当医もいるだろ」
「“俺の診察室には入ってくるな”と電話で伝えるが?」
「……」
桃太郎は微妙な表情で、晃を見た。
晃は「克兄はこーいう人なんです。気にしないでください。ちなみに“副院長”って立場です」としか言えなかった。
人目を避けた場所に停車された黒塗りの車のもとへ移動した晃たち。
晃と克晴、陸の3人はその車を見た途端、目を輝かせた。
「ねえ、この車ってーー」
「ああ。アレで間違いないな」
「アレだよね〜」
「「「フォー●の1987年式“ク●ウンビクト●ア”」」」
「ーーなにがそんなに嬉しいのかわからんが、とりあえず車に乗れ」
桃太郎は車を凝視する3人に乗るよう促すと、自分は運転席に乗り、エンジンをかける。
車を走らせた同時、桃太郎は自らの“真の職業”を晃たちに告げた。
「俺は
後部座席に座っている3人に、桃太郎は助手席に置いてあったファイルを投げ渡す。
受け取った晃は左右にいる克晴と陸と共に、それをじっと見つめた。
「えーと、よんじゅうはちせいれんごう…」
「言い辛いな。もう、M●Bでいいんじゃないか?」
「克晴くん。それ、著作権に引っかかるから」
「つまり、桃さんは“メン・●ン・ブ●ック”的な仕事をしているってことか! てか、実在したんだ。すげぇっ!」
「晃、うるさい」
「嬉しい気持ちはわかるけど、ちょっと大人しくしていようね」
はしゃぐ晃を克晴と陸は諌める。
静かになった所で、桃太郎は話しを進めた。
「まあ、俺が某SF映画みたいな職業に就いているのは事実だ。だが、映画みたいに派手なアクションで宇宙人と戦うことはあまりないぞ」
「そうなの!?」
「そうなのか!?」
「一気に夢が壊れたんですけど!」
驚愕する晃たちに、桃太郎は(お前ら…あの映画のファンだったのか)と心の中でツッコむ。
「まあ、防衛はあるかもしれないが…。情報処理とか隠蔽工作が主だな。人型の
桃太郎の説明を聞いて、晃たちは言葉を失う。
「
「そんなにたくさん落ちてきたら、ニュースにもなるだろ」
「それを、桃さんたちが揉み消してるってことでしょ」
自分たちの知らない場所でそのようなことがあるとはーー。3人は納得するしかなかった。
ふと、なにか引っかかったのか、晃は桃太郎に質問する。
「桃さん、“サルガスの剣”って“クロ”のことですか?」
「そうだ。しかし、それは“生物名”ではなく、その個体に付けられた“異名”だ」
生物学名は|obsidianus lapis a draco《オブシディアン ラピス ア ドラコ》。和名では
黒曜石の身体と尾に付いた“剣”が特徴的で、龍に似た姿をした生命体だ。
それは蠍座にある“星”を生息地とし、日々強敵と戦い続け、己の剣技を磨いている。
また、黒曜石龍はコロニーを作らない。同種でも彼らにとっては“仲間”ではなく“好敵手”として認識される。
故に、どうやって生まれてくるのかが未だに謎だ。
しかし、そんな彼らの中で圧倒的強者として立つ者が現れる。
その者は他の個体より小柄でありながら、体格差で怯むことなく、冷静な判断で数々の強敵を倒していった。
だが、それ以上に恐ろしいのは鍛えられた剣から放たれる“大技”だ。
故意ではないものの、その気になれば“星のひとつ”を壊滅させる程の力を持ち、銀河の秩序を乱すかもしれない存在。
それが“サルガスの剣”ーー今は“クロ”という名を与えられた個体である。
「“サルガス”というのは蠍座の尻尾を組み立てる恒星・シータ星の固有名だ。由来はシュメールの神話に登場する神マルドゥークが使う2つの武器からとられている。まさにコイツに相応しい異名だ」
桃太郎からの答えに、晃は膝の上で弱っているクロを見つめた。
「銀河の秩序を乱すって…。クロは地球を滅ぼす存在になるってことですか?」
晃の問いに、桃太郎は否定する。
「地球だけじゃない。宇宙を脅かす存在になるということだ」
クロを危険視する相手の発言に、晃はショックを受ける。しかし、彼はすぐに口を開いた。
「クロは…星を滅ぼそうとか、そんなの考えていませんよ」
クロの身体を優しく撫でながら、晃は語る。
初めて出会った時は、尻尾に付いた剣にビビった。
でも、触れ合ってみれば、地球上にいる動物たちより知能が高いぐらいで、彼らとなんら変わりはなかった。
言葉はわからないが、嫌なものは嫌だと、嬉しいときは嬉しいと態度で表す。
なんでも興味を示し、そのたびに「コレはなんだ?」という顔をこちらに向けてきた。
そして、(コレは自分の予想だが)とても律儀な性格をしているということだ。
「仮に滅ぼそうとしているなら、俺なんか助けないで見捨てるはずだ」
晃が凛とした態度ではっきりと告げれば、桃太郎はため息をつく。
「おめはなんで、そう自信満々さ言えるんだ?」
桃太郎に問い返され、晃は少し考えるも…。
「うーん…。俺にもよくわからないです!」
「はああッ!?」
うってかわっていい笑顔であっけらかんと言う相手に、桃太郎は素っ頓狂な声を上げた。
直後、克晴と陸が腹を抱えて笑いだす。
「桃さん。このばかの言葉を真に受けたらだめだって!」
「まあ、晃くんは別にふざけてるわけじゃないけどね。あー、おかしい」
「2人共! 笑うことはないでしょ!」
声を上げて笑う克晴と陸に、晃は思わずむっとなる。そんな弟分を克晴は宥めた。
「まあまあ、晃。お前はなにも考えてねぇばかだがーー」
「克兄。それ、褒めてるの?」
晃が眉間にシワを寄せる。
克晴はそこにデコピンを食らわせた。
「ーー痛ッ!」
「人の話は最後まで聞け。お前はばかだが、誰よりも他人のことを思う優しい奴だ。だから、クロはお前に心を開いたんだぞ」
「クロが、俺に…?」
赤くなった眉間を摩りながら、晃は首を傾げる。
そんな彼に、克晴は呆れた。
「なんだ? 気づいてなかったのか。結構わかりやすかったぞ」
「そうなの?」
「陸さん。あとはよろしく」
「はいはい」
説明が面倒になった克晴は、陸にバトンタッチする。
陸は、晃によくわかるように述べた。
「いい? 晃くん。最初にクロを拾ったのは誰かな?」
「ーー俺」
「克晴くんは職業柄だから仕方ないけど、クロからしてみれば嫌なことばかりするし、僕は“保健所に引き渡す”なんて言ったから、そこまでクロに心を開かれてないんだよ」
陸は一旦言葉を区切ると、ため息混じりに告げる。
「晃くんはあまり気づいてないけど、“君のおかげで救われた人たち”がいるんだ。そんな君だから、クロは信頼を寄せるようになったんじゃないかな」
誰を救ったのか、陸は言わない。同じく克晴も言わなかった。
そして、晃はなんとなく理解してしまい、気恥ずかしくなる。
「そんな…。俺は“救う”なんて一度も…」
「なにも考えるな。今まで通りばかやってくれれば、それでいいんだよ」
「そうそう。その方が俺らも気が楽だからね」
克晴と陸に励まされて、晃は少しだけ自信を持つ。
ふと、晃が自分の手元に視線をおとせば、クロが弱々しくも顔を擦り寄せていた。
守ると言ったのに、自分を殺そうとしている蠍のロボットが怖くてなにも出来なかった。
けれど、クロは体格差がある相手に怯むことなく立ち向かっている。
だったら、自分にも出来るはずだ。何事にも恐れないことをーー。
◆ ◆ ◆ ◆
(結局、此処へ戻ってきてしまったな…)
弱り果てながらもクロは、晃たちの会話に聞き耳を立てた。
克晴が晃をからかい、晃がそれに怒り、陸が宥めている。
“家”に居るときと変わらない彼らの楽しげな声が、クロには心地良かった。
(きっと、俺は…)
自分の身体を優しく撫でる晃の手に、クロは無意識に顔を擦り寄せる。
(この温かさが恋しくなるだろう…)
そしてーー。
(アキラ。お前に“
そう願いながら、クロは温もりの中で微睡んだ。
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