第7話 君が選ぶ道

 

 青空動物病院。

 A国の世界的有名な動物病院の姉妹病院として1990年代に開設され、2000年代に改装された。

 最新の医療センターとして、通常の診察はもちろんのこと、緊急時には365日24時間体制の救急救命センターとして、さらに最新鋭のCTセンター、がんセンター、二次診療施設セカンド・オピニオンとしても利用できる高度獣医療センターとしての機能も兼ね備えた日本屈指の動物病院である。

 


 病院に着いた晃たちは、克晴の案内で裏口から中に入ると、静かで薄暗い廊下を歩き、克晴が使っている診察室へ到達した。

  

「晃、クロを診察台に乗せてくれ」

「わかった」

 

 克晴に言われた通り、晃はクロを診察台に乗せる。クロは未だに息苦しい様子だ。

 晃が心配するなか、克晴は椅子に掛けていた白衣を身に着けると、クロの診察を始めた。

 尻尾から爪先まで念入りに調べれば、克晴はクロの首に刺さっている小さな針を見つける。

 

「なんだ、この針…」

 

 克晴はピンセットを手にし、その針を慎重に抜いた。見た目は注射針のようなそれを減菌トレーに置く。

 それ以外に異常なものは特に無く、血液検査とCT検査をするため、克晴はクロを抱えて診察室を出ていった。

 

ーー1時間後。

 

「面白い結果が出たぞ」


 満足げな様子で診察室に帰ってきた克晴に、晃と陸は「なにが?」と首を傾げ、桃太郎は(まあ、そうなるな…)と納得する。

 初めに、克晴はクロの首に刺さっていた針について述べた。

 

「まず、この針だが…。僅かに付着していた成分を調べた結果、“抗毒血清”だとわかった」

「抗毒血清って、毒蛇とかの毒で作るやつだよね?」

 

 晃の問い返しに、克晴は肯定する。

 

「そうだ。コイツは毒素自体を破壊するんじゃなく、毒の影響を取り除くんだ。作られた抗体は、毒素を覆い隠して、全身に回るのを防ぎ無害なものにする。まあ、中和させるってことだ」


 抗毒血清について簡単に説明すると、克晴はその作り方について話しだす。


「例えば、毒蛇に噛まれたとしよう。その抗毒血清を作るためには、その毒蛇の毒を手に入れなければならない。抗毒を作るんだから、毒が必要だ。毒蛇1匹じゃ足りない。つまり、何匹もの蛇の毒液を空っぽになるまで絞らなきゃならないんだ。それで、絞った毒液は冷凍することで濃縮してーー」

「克晴くん。作り方の説明はいいから…。なんで抗毒血清ってやつで、クロが熱を出したのか教えて」

 

 陸に理由を急き立てられ、克晴は残念そうに肩を落とすも、仕方なく結論を告げる。

 

「この抗毒血清はありとあらゆる毒性生物から作られたものだ。人間である俺たちには最高の治療薬だが、クロにとっては“最悪の毒薬”になる。何故なら、クロの血液はこの毒性生物たちと同じであり、トリカブトの主な毒性分であるジテルペン系アルカロイドのアコニチンが含まれていた。つまり、クロは毒耐性がかなり強い生命体だということだ」


ーー毒。


 そのキーワードを聞いて、晃と陸は顔から一気に血の気が引いた。


「えっ…。克兄。クロって毒を持ってたの?」

「克晴くん。毒ってどの辺りにあるのかなぁ? 皮膚だったり、爪だったりする場合もあるし…」


 不安げに尋ねる2人に、克晴はあっさりと答える。


「CT検査では、クロの毒腺どくせんは剣の部分に集中してる。どういう仕組みかはわからないが、普段は毒腺を閉じた状態みたいだ」

「じゃあ、普段は大丈夫だね」

「あ〜、びっくりした」


 胸を撫で下ろす晃と陸。しかし、克晴は余計なことを付け足す。


「興味本位で毒腺から取り出した毒を実験用マウスに注射してみたが、まあ手足の感覚が鈍る麻痺程度だったから問題はないか…」

「「……」」


 とんでもない実験結果に、晃と陸は驚きのあまり言葉を失った。



 クロの精密検査は終わったが、どうすれば元気になるか、という治療法には至っていない。

 抗毒血清でクロが弱っているということは、動物用医薬品を与えることも危険である。

 考えた末、克晴が導きだした答えはーー。


「毒を以て毒を制する…」


 克晴の呟きに、晃は理解出来ず問い返す。


「克兄…。それ、ことわざだよね?」

「例えだよ、例え。本来、毒ってのは解毒剤で治すものだ。しかし、クロにはそれが通用しない。じゃあ、どうする?」

「どうするって…。解毒が駄目なら“毒物”を摂取させるの? そんなばかなーー」


 晃は言葉を呑む。何故なら、克晴が凶悪な笑みを浮かべたからだ。


「えっ? 本気マジなの、克兄」

本気マジだ。だが、一般的な“毒物”じゃ駄目だ。打たれた抗毒血栓と同等の“毒”を与えないとクロは元気にならない」


 抗毒血栓と同等の毒。それはありとあらゆる毒性生物の毒を混ぜ合わせた、人間にとっては“最悪の兵器”。そんな物が一体何処に…。


「ーーあ」


 その時、思い出したように桃太郎が声を上げる。

 晃たちは一斉に彼の方へ視線を向けた。


「桃さん、何か心当たりがあるの?」

「いや、何も…」


 桃太郎はじっと此方を見つめてくる陸から視線を逸らす


「正直に答えろ」

「だから、何も知らない」


 命令口調の克晴に、桃太郎は苛立ちながら言い返した。


「桃さん、お願いします。クロを助けたいんです!」


 知っていることがあるなら話してほしい、という目で懇願してくる晃に、桃太郎はため息をつく。


「心当たりは、ある…」


 渋々告げた桃太郎は、苦い表情で晃を見据えた。


「クロを助けたいなら…。晃、お前の命を賭けてもらうぞ」

「なにを言ってーー」


 桃太郎の物騒な発言に、陸が反論しようとするも、晃が無言でそれを制す。


「なにをすればいいんですか?」


 覚悟を決めた晃の眼差しに、桃太郎は心中の不快を紛らわすべく不敵な笑みを浮かべた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 エンヴィーは不具合を起こしてしまった2体の機械蠍の修理をしながら苛立ちを募らせていた。


“サルガスの剣”を逃してしまったこと、あの男ーー璃鳥りどりを始末出来なかったことに…。


(あと一歩という所で、璃鳥を仕留められたというのに。余計な邪魔さえ入らなければ!)


 スタングレネードを使って阻止してきたのは48星連合のエージェントだろう。奴らが日本に来ていることは、“サルガスの剣”が地球に飛来してきた時から知っていた。


(まあいい…。どのみち“サルガスの剣”は抗毒血栓の影響で動けず、璃鳥に介抱されているだろう。そのときこそ…)


 修理を終え、黒と赤の蠍が動き出すのを見て、エンヴィーは唇をつりあげる。

 そこへ彼の部下であろう黒スーツの男が近づいてきた。


「エンヴィー様。“サルガスの剣”は赤髪の青年らと共に病院らしき建物から出た模様。48星連合のエージェントも同行しておりますが、如何いかがいたしましょうか?」

「ギルタブリルとマンティコアの調整は終わった。奴らを追うぞ」

「了解しました」


 機械の蠍たちが動きだすと、エンヴィーは部下に連れられ、待機していた車に乗り込んだ。



 その頃、病院を出た晃たちは五壱町から離れ、F山 A樹海に来ていた。

 F山はS県とY県に跨る活火山で、その優美な風貌は日本の象徴として広く知られており、山麓周辺には観光名所が多くある他、夏季シーズンは登山が盛んになる。


 何故、彼らがF山 A樹海に来たかというのは、桃太郎の提案である。


 晃が機械蠍に襲われることを考慮し、町にいたら被害が出ると思った桃太郎は、近隣の山ではなく、観光名所となっているF山を選んだ。

 夏季シーズンを終えたF山なら人出は少なく、A樹海は某名所で有名なので人が通る可能性は無い。また、視界を塞ぐ程の木々が生い茂り、かつ隠れる場所が多い此処なら追っ手を撒けると判断した。


 月の光と懐中電灯を頼りに、晃たちは樹海の中を進んでいく。

 昼間でも薄気味悪さがあるが、夜になるとそれを通り越し、まるで黄泉の国にいるかのような錯覚がした。


「噂には聞いてたけど、実際来てみると気味が悪いね」

「幽霊出そうだな…」

「克晴くん、それを言わないで」


 恐怖で辺りを見回す陸だが、最後尾を歩く克晴の発言に背筋が寒くなる。

 2人の会話に晃も身を震わせるが、幽霊以上に自身が殺されかけたことが余程恐ろしかった。

 自分を殺そうとした男性、エンヴィーを思い出し、晃は先頭を歩く桃太郎に質問する。


「桃さん。俺を殺そうとしてたあの男は何者ですか? あっちは俺のこと知っているような感じでしたけど、俺はあの人に会った記憶が無くて…」

「晃との関係性はわからないが、あの男の素性は知っているぞ。聞くか?」

「聞いておきます」


 桃太郎に問い返され、晃は頷く。

 その反応を見てから、桃太郎は語り始めた。



 エンヴィー・アーロゲント。

 A国航空宇宙局 地球外生命体研究機関に所属している研究員。

 研究員というのは肩書きで、実際は探査ロボット開発を得意とする技術者だ。

 技術者としての腕前は高いが、反面、傲慢で嫉妬深い性格。出世のためなら手段を選ばない卑劣さも持つことから、交友関係はあまりない方だったそうだ。



「研究対象の生物は“生き物”ではなく“道具”という扱いだ。もし、“サルガスの剣”が奴に捕まっていたら、どうなるかは想像出来るだろ」

「想像したくないですよ…」


 眉間にシワを寄せ、吐き捨てるように言う晃に、桃太郎は同情する。

 晃は湧き上がる怒りを抑えつつ、桃太郎に再度問いかけた。


「A国航空宇宙局って、世間で有名なあの宇宙局ですか?」

「そうだ。実は10年以上前から地球外生命体エイリアンと接触している」

「マジか…。噂は本当だったんだ」

「それを世に伝えたら騒ぎになりかねないからな。だから、黙っているんだろう」

「桃さんが所属してる48星連合っていう組織も、宇宙局に関わっているんですか?」

「関わってはいるが、“協力”関係じゃない。ーーその逆だ」


 桃太郎がそう言った矢先、何かの気配を察して足を止める。

 辺りに耳を澄ませながら、後ろにいる晃たちに小声で状況を伝えた。


「追っ手がすぐそこまで来てる」

「え…」

「マジですか!?」


 晃は言葉を失い、陸は驚きで声を上げる。

 克晴は陸の口を塞ぎ、声を潜めて桃太郎に尋ねる。


「追っ手の人数は?」

「足音からして多いな。あちらさんは総出で俺らを捕まえたいらしい」

「じゃあ、予定通りだな。俺たちでアイツらを引きつける。そうすればーー」

「ああ、そっちは任せたぞ。かたが付いたら、GPSで此方に来てくれ」

「わかった」


 行動を確認した後、桃太郎と晃は小陰に身を隠し、克晴と陸は“クロ”を抱えて全速力で走りだした。



 実は病院を出る前に、晃たちは作戦を立てていた。

 蠍ロボットは必ず晃を狙ってくる、と予想した桃太郎は、追っ手であるエンヴィーの部下たちを引き離す必要があった。彼らがいたら、晃を守るどころか全員が捕まってしまう。

 そこで克晴が出したのが“二手に分かれ、囮の方へ引きつける”という案だ。


「囮は俺と陸さんでやる」

「え!? 俺も囮なの!」

「狙われてる晃にやらせたら意味ないだろ。まあ、俺1人でも問題ないがーー」

「はい! 俺も囮役になりまーす。克晴くんだけだと危険なので」


 1人でも大丈夫という克晴に、陸は笑顔で囮役を引き受けたのであった。



 森の中を駆け抜け、広い場所に出た所で克晴と陸は足を止める。


「さ、30代で走るって…結構ツラい」

「そうか?」


 ぜえぜえと息を吐く陸とは対照的に、克晴は涼しい顔をしていた。

 そこへ大人数の黒服の男たちが、2人の周りを取り囲む。


「“サルガスの剣”を渡せ。すれば、見逃してやろう」


 男たちのひとりーー体格の大きい白人の男の脅しに、克晴は鼻で笑う。


「渡さなかったら?」

「此方の言うとおりにしろ。そのきれいな面をグチャグチャにされたくなかったらな」


 相手の言葉を聞いて、陸は(あ、死んだな。コレ)と思った矢先、克晴が白人の男に強力な頭突きをかましていた。

 陸が(やっちまったか〜)と頭を抱える一方、克晴は男を殴り飛ばす。


「俺の面がなんだって?」


 先程とうってかわって凶悪な笑みを浮かべる克晴に、黒服の男たちはたじろぐ。


「グチャグチャにするんじゃなかったのか、あぁ? 強気なのは言葉だけか!」


 そんな彼らを一喝し、克晴は陸が持っていた“クロ”を掴む。


「“サルガスの剣”が欲しいなら、くれてやるよ!!」

「ちょっ!? 克晴くん」


 陸が止める間もなく、放り投げられる“クロ”。

 男たちの1人がそれを受け止めるも、目にした途端、絶句する。


「な、コ…コレは!?」


 それは“クロ”ではなく、黒塗りにされた“木彫りの熊”であった。

 しかし、気づいたときは既に遅く。男が顔を上げたとき、彼は克晴に顔面を蹴りつけられた。

 克晴は笑いながら黒服の男たちを殴り蹴り飛ばす。

 その光景を、陸は少し離れた安全な場所に避難して眺めていた。


「あー。スイッチ入っちゃったか…」


 克晴は顔のことを揶揄されるのを嫌っている。男としてのプライドをズタズタにされたような気分になるのだろう。

 中学生の頃、それで上級生にからかわれ、相手を完膚無きまで叩きのめしたのだ。笑いながらーー。

 高校に上がれば、克晴は有名な不良として町中に名が広まっていった。


 多数に無勢。しかし、たった1人で多くの不良を打ちのめした一騎当千の猛者。

 髪を振り乱し、狂ったように笑うその姿から、“狂犬”という畏怖の念としての異名を与えられた。



「あー…。スカッとしたー」


 1時間も経たず、黒服の男たちを一掃した克晴。

 そんな彼のもとへ陸は近づき、ハンカチを差し出す。


「はいはい、お疲れ様。とりあえず、足を退けようか」


 陸の指摘に、克晴は己の足下に視線を移す。禿頭をした男の顔面を踏みにじっていた。


「やべ、全然気づかなかった」

「気をつけなさいよ。君、手加減しないんだから」


 相手が気を失っても、克晴は無意識に蹂躙してしまう。それを止めていたのが陸と晃だ。

 そんなこともあって高校生の頃の克晴は2人と距離を置こうとしたが、なんだかんだ言いつつも一緒につるんでいた。


 渡されたハンカチで汗と返り血を拭いた克晴は、それを陸に返す。相手は渋々それを受け取った。


「克晴くんが叩きのめしている間に、晃くんたちは移動したみたい」

「じゃあ、晃たちと合流するか」


 そう言った矢先、遠くの方から爆発音が響いてくる。克晴と陸は互いに頷き合うと、音がした方角へ走りだした。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 黒服の男たちが克晴と陸の跡を追ったのを見計らい、晃と桃太郎は小陰から出てくる。


「行ったな」

「そうですね。あとはエンヴィーって奴が現れてくれればいいんですけど…」


 晃が呟いたとき、桃太郎は森の奥深くを睨みつけた。


「噂の奴が来たみたいだ」


 木々を薙ぎ倒す音に紛れ、ギチギチという独特な機械音が辺りに響く。

 赤と黒の蠍の姿が見えた瞬間、桃太郎は叫んだ。


「走るぞ! 晃」

「はい!」


 相手に促され、晃は地面を強く蹴る。

 桃太郎は後ろを気にしながら走りだした。


「止まるな! 振り返るな! 前を見て走れ!」

「はい!」


 2人は全速力で木々の間を駆け抜ける。その背後から赤と黒の蠍が徐々に距離を詰めてくる。

 音が間近に迫った寸前、晃と桃太郎は突然現れた急斜面に足を滑らせ、勢いのまま転がり落ちていく。途中の大木に体をぶつけて呻くも、2人は痛みを堪えて立ち上がり、再び走りだす。

 森を抜ければ、見晴らしが良くなり、F山の姿が目に留まる。

 一旦足を止め、晃と桃太郎は後ろを振り返った。


「逃げ切れましたかね?」

「いや、まだ近くにいると思う。とりあえず、この場から離れーー」


 桃太郎の声が轟音に掻き消されたと同時、砂埃が舞い上がる。瞬間、2つの赤いハサミが晃と桃太郎を捕らえ、逃げられぬよう地面に打ちつけた。

 2人は必死にもがくが、ハサミが地面深く突き刺さっているため抜け出せない。

 そこへ青白い肌をした男、エンヴィーが姿を現した。


「鬼ごっこはもう終いかね? 48星連合のエージェントよ」

「くっ…!?」

「お前を始末するのはあとだ。まずはーー」


 エンヴィーは憎しみが籠もった眼で、晃を睨みつける。


「ギルタブリル! その男、璃鳥を始末しろ!」


 赤い蠍はエンヴィーの声に反応し、毒針が付いた尾を晃へと向ける。

 それを見た桃太郎は、声を荒げて叫ぶ。


「やめろ! 彼は一般人だぞ!」

「黙れ! コイツさえ、コイツさえいなければーー!」


 赤い尾が、晃の首元を目掛けて襲いかかる。


「やめろぉぉおおおッ!!」


 桃太郎の絶叫が辺りに響く。

 毒針は、晃の首元に巻かれた黒いマフラーと共に深々と突き刺さっていた。


「ーーッ!!」


 桃太郎は絶望し、額を地面に擦りつける。

 晃を殺したことで、エンヴィーは満足そうに高らかに笑った。


「ハハ、ハハハハハ! やったぞ! 璃鳥をこの手で始末した! これで、これで私を邪魔する奴は誰もーー」


 いない、とエンヴィーは勝利を確信した矢先、ギルタブリルの、晃の首を刺していた尾が斬り裂かれ、上空へと舞い上がる。


「ハーー?」


 自らの背後に落下した赤い部品に、エンヴィーは理解出来ず、茫然と立ちつくす。

 静寂を破ったのは、桃太郎の呆れた声だった。


「アンタ、ばかだろ。晃の首元をよく見てみろ」

「ーーッ!?」


 エンヴィーは晃の首元を凝視し、絶句する。

 晃が首に巻いていたのは“マフラー”ではなく、“サルガスの剣”こと“クロ”だった。


「さ、“サルガスの剣”だと!? では、部下たちが追っていた方はーー」

「あっちは陽動だ。俺たちの真の目的は“彼を守る”ではなく、“彼を復活させる”ことだったのさ!」



 実は、桃太郎が提案したのは“晃を囮にし、機械蠍が持つ毒針でクロを復活させる”という作戦だった。

 無論、それは晃に身体を張ってもらうという危険な賭けである。

 しかし、晃はそれを承諾した。

 小さな体で自分を守ってくれたクロ。今度は自分がクロのために体を張る番だ。

 迷いのない、覚悟の眼差しで告げた晃に、桃太郎も全力で彼を死なせないと腹を括った。



 強力な毒を受けたことで、活力がみなぎってきたクロは、晃の首から擦り抜けると、彼と桃太郎を押さえつけるギルタブリルのハサミを尾に付いた剣で斬り裂く。

 尾とハサミを失い、右往左往する赤い蠍。

 クロは地面を蹴って高々と跳躍し、急降下する勢いのまま、機械の体を鋭い剣先で一刀両断した。


「ーーギルタブリル!?」


 鉄屑となって崩れ落ちる赤い蠍を、エンヴィーは信じられないとばかり絶叫する。


「そんな、そんなばかなぁぁあああッ! この私が、ただの地球外生命体エイリアン如きにぃぃいいいいッ!」


 自分の敗北を認められないエンヴィーは最後の悪あがきで、黒い蠍“マンティコア”を呼び出す。


「マンティコア! “サルガスの剣”諸とも、璃鳥たちを消し去れぇぇえええッ!!」


 エンヴィーがマンティコアに命じれば、黒い蠍はそれに応答するかのように姿を変形させる。

 蠍からロボットの姿へと変えた“マンティコア”に、晃は驚愕すると同時に(トラン●フォー●ーって実在してたんだ)と場違いなことを思っていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 クロは目の前に現れた黒き鋼の巨人に、胸が躍っていた。

 強敵を求め戦うという、己の本能が叫んでいるのを実感する。

 しかし、今までと違うのは『守るべきものがいる』ということだ。

 クロは晃に視線をやる。言葉はなかったが、なにかを悟った彼は首を縦に振るう。

 それに応えるべく、クロは“本気”を出すことにした。


『ならば、我が全身全霊の力、とくと味わってもらおう!!』


 クロは四肢に力を入れ態勢を低くし、剣の尾を高々と掲げる。剣から紫色の粒子が放出された瞬間、先程の黒い蠍のように、クロの剣も機械のギミックのように変形した。

 それは大きなS字型で、ひと目見て“蠍座”だとわかる形をしている。それが淡く光りだすと、その周囲に紫の粒子が集まりだす。

 粒子がひとつに収斂しゅうれんされた瞬間、それは一気に弾け飛び、紫色に光り輝く巨大な剣へと変貌を遂げた。


 雄々しく、神々しいその剣に、晃と桃太郎は息を呑む。

 一方のエンヴィーはそれに圧倒されるも、すぐに“マンティコア”に指示を出す。


「やれ! マンティコア」


“マンティコア”は全身から大量のミサイルを放つ。

 蜂のように飛んでくるそれらを、クロは巨大な剣で一閃する。ミサイルは空中で爆発し、爆風が吹き荒れた。

 クロは鋭い鉤爪を地面に突き刺し、飛ばされないように堪え、晃と桃太郎は身を屈める。

 爆煙が薄くなり、“マンティコア”の姿が見えたとき、クロは剣を振り上げた。


黙示の剣アポカリプス!!』


 紫の光を纏った巨大な剣は神速の如き速さで放たれ、“マンティコア”を一撃で仕留める。

 鋼の巨人は機械の肉体を腐蝕させ、ボロボロになって崩れ落ちた。



 クロこと“サルガスの剣”の圧倒的な強さを目の当たりにした桃太郎は、改めて彼の危険性を実感する。


(あれが“サルガスの剣”が持つ大技。出力は抑えているようだが、本気を出せば星ひとつを消し去る程の威力になる)


 今すぐ確保して、故郷である蠍座に帰さなければ…。そう思った桃太郎であったがーー。


「大丈夫か! クロ」


 膨大なエネルギーを使ったことで倒れたクロのもとへ、晃が駆け寄る。

 クロは晃に心配かけまいとしてなんとか立ち上がろうとするが、力が入らず突っ伏してしまう。

 そんな彼を晃は抱き上げると、その小さな身体を優しく撫でてやりながら「よく頑張ったな」と褒める。

 クロは晃が無事だとわかって安心したのか、ゆっくりと瞼を閉じた。


「ーークロ?」


 ピクリとも動かなくなったクロに、晃は不安を抱く。

 そんな彼に、桃太郎が説明をした。


「必殺技を使ってエネルギーが消費されたんだ。今はゆっくり休ませてやれ」

「そっか…。ただのエネルギー切れか。あ〜、良かったぁ」


 安心したのか、晃はその場に座り込む。

 クロを大切に想う彼を見て、桃太郎は自分の考えを改める。


(あんな必殺技を目の当たりにしても恐れないか…。不思議な奴だ)


 口には出さず、晃の人柄を評価し、桃太郎も疲れて彼の隣にしゃがむ。そこへ、克晴と陸がやってきた。


「晃! 桃さん! 2人共、無事か!?」

「爆発音が聞こえたんだけど、いったいなにがあったの?」


 状況を呑み込めていない克晴と陸に、晃が順に話そうとしたとき、腐食した残骸の中からエンヴィーが姿を現す。

 しかし、晃たちは彼を見た途端、言葉を失った。

 何故なら、エンヴィーの左腕と顔半分の皮膚が腐り爛れていたからだ。


「あ…ぁ…わ"だじのがおが…うでがぁ…な…なにがぁ…」

「“サルガスの剣”の必殺技を間近で受けたからだ」


 桃太郎は立ち上がり、エンヴィーが晃たちに危害を加えぬよう前に出る。


「通常なら麻痺程度で済む毒だが、“サルガスの剣”が放つ必殺技は別だ。膨大なエネルギーとして変換されたそれは、ありとあらゆるものを腐食させる。例え斬られていなくても、その粒子を間近に受ければ…。だから、彼は我々の組織でも危険視されているんだ」


 そして、それは“クロ”だけではないということを、桃太郎は語った。

 宇宙には地球人以上の“強者”がいること。彼らもクロと同等、それ以上の力を持っていること。

 一歩間違えれば銀河の秩序を乱すであろう稀少生命体は48星連合は常に監視下に置かれている。

 そして、神に匹敵する力を持つ彼らを、組織はこう呼んだ。


 12神星じゅうにしんしょうとーー。


 桃太郎の話に、エンヴィーはくだらないと嘲笑う。


「がみにひっできずるぢがら、だと…。ぐだらない…。そのげものが、がみだと、わだじばみどめない」

「そうだな。だが、お前は“サルガスの剣”を甘く見た。アイツは、ただの獣じゃない。我々と同じ、知能を持つ生命体だ。彼は大切なものを守るために戦った。その覚悟に、お前は負けたんだ。エンヴィー」

「わだじはまげでない…。わだじは…まだ…」


 自らの敗北を認められないまま、エンヴィーは倒れ伏す。

 桃太郎と克晴が彼の容態を確認するが、既に事切れたあとだった。

 桃太郎はスマホを取り出し、何処かで待機しているであろうコルキスに連絡する。


「コルキス、俺だ。“サルガスの剣”を捕らえようとしていた容疑者は死亡した。現場の処理と、その部下たちの拘束を頼む。ーー俺か? 俺は“サルガスの剣”の保護者らを家に送ってくる」



 ◆ ◆ ◆ ◆



 桃太郎に送られ、晃たちは帰宅した。



 某SF映画のように記憶を消されるのでは…と身構えた彼らに、桃太郎は「あの機械か? まだ完成してないぞ」と言い残して去っていく。

 桃太郎を見送ったあと、疲れ果てた晃たちは、風呂を済ませてそれぞれの自室へ入っていった。



 ベッドに吸い込まれるように仰向けに倒れた晃は、抱えていたクロを枕元の傍に下ろす。

 静かな寝息をたてて眠るクロを撫でながら、晃はエンヴィーのことを思い出した。


(あの人は、なんで俺を殺そうとしたんだろう…)


 自分に対して激しい憎悪と殺意を向けてきたエンヴィー。しかし、彼と会った記憶はない。そうなると、導きだせる結論はただ1つになる。それはーー。


(親父とお袋を、知っていたのか…)


 晃は自分の両親がどんな仕事をしていたのか、未だに知らない。家ではそのような話をしていなかった気がする。

 覚えていることはーー父と母が“他人を見下すような人物ではない”ということだ。

 だが、自分が知らないだけで、もしかしたら両親は誰かをばかにしたり陰口を言ったりしていたかもしれない。

 でも、晃はそんな彼らを想像出来ず、考えようにも答えはなく、遂には眠気に負け、いつの間にか微睡んでしまった。



 朝の陽射しがカーテンの隙間から差し込み、その眩さでクロは目を覚ます。

 体を伸ばし、大きな欠伸をすれば、目の前には晃の寝顔。いびきをかいて眠っている彼に、クロは目を細める。

 ふと、時計に視線を向ければ、時刻は6時前ーー。

 クロの脳裏に、「6時前には起こして」という晃の言葉を思い出す。

 晃が呼びかけや頬を叩いても起きないことを知っている。ならば、行動はひとつしかない。

 クロは晃の右頬に自分の体を押しあてると、勢いよくスリスリした。摩擦で赤くなっていき、そしてーー。


「ーー熱ッ!?」


 晃は飛び起き、ベッドから転げ落ちた。


「いてて…。なんだってんだよー」

『ナー、ナナナ(おはよう、アキラ)』

「おはよう、クロ。頼むからスリスリはやめてくれ」

『ナナナナナ(コレの方が確実に起きるからな)』


 まったく反省のないクロに、晃は苦笑いする。その時、突然スマホが鳴りだした。


「誰だ? こんな朝早く…」


 スマホを手にし、晃は液晶画面に目をやれば、そこには“園長”という2文字が映し出されている。


「園長? なにかあったのかな」


 晃は首を傾げつつ、通話ボタンをスワイプした。


「はい、もしもし…」

『おはよう、晃くん。昨晩遅くまで大変だったね。なので、今日はゆっくり休んでいいから。蒼斗くんにはこっちから伝えておくね。それじゃ!』


 一方的に言われ電話を切られたことに、晃は目が点になるも、それ以上の謎が引っかかる。


「園長、なんで昨晩のこと知ってるんだ?」


 首を傾げるも、腹の虫が鳴ったので(朝飯食べてから考えよう)と至り、クロを連れて部屋をダイニングへと向かった。



 ダイニングでは既に陸が居て、朝食の支度をしているところだった。


「陸さん、おはよう」

『ナナナナ(おはよう)』

「おはよう。晃くん、クロ」


 挨拶を交わすと、晃は先程あった園長からの電話を陸に話す。

 すると、陸は食材を切る手を止め、驚きの声を上げた。


「晃くんも!? 実は俺もさっきオーナーから電話があって、“昨晩遅かったから、今日は休んでいいよ”って言われた!」

「えっ…。なにそれ、怖いんですけど」


 偶然にしてはタイミングが良すぎる電話に、晃と陸に戦慄がはしる。

 そこへ寝ぼけ眼の克晴が、ダイニングに入ってきた。


「おはよ…。なんか、親父から電話があって“昨晩遅かったから今日は休め”って言われた…」


 克晴の発言に、晃と陸の顔から血の気がひいたのは言うまでもなく、考えても埒が明かないと至った彼らはとりあえず朝食の準備を再開する。


「あー。とりあえず、晃くんは食材を切って。克晴くんはお皿の準備とベーグルをトーストしておいて。俺はスープと目玉焼きをやるから…」


 陸が晃と克晴に指示を出すと、クロが足もとに寄ってきた。


『ナナ、ナー(ロク、俺は?)』

「クロは出来上がるまで、テレビを見て待ってて」

『ナナ(わかった)』


 陸に言われ、クロはリビングへ移動する。

 テレビのリモコンを手に取り、電源ボタンを押す姿に(意外に器用なんだよね…)と陸は感心した。

 クロがテレビのニュースを見ている一方、朝食は次々出来上がっていく。

 今日は野菜たっぷりのミネストローネ、きのこサラダ、ベーコンエッグベーグルサンドである。(当然だが、クロのはベーコン抜き)


「クロー。朝飯出来たぞー」

『ナナナ(わかった)』


 晃に呼ばれ、クロはテレビの電源を消してダイニングへ向かう。消す前に『F山にて謎の光!?』なんていう特集が出ていたが、クロにとってはどうでもよかった。


 晃たちが席に着き、クロも食事の前に座ると、彼らは「いただきます」と手を合わせ、朝食を食べ始めた。


「ああー。温かいスープが身体に染みる…」

「晃、オッサンくさいぞ」

「ははっ。オッサンくさいのは晃くんだけじゃないよ、克晴くん」


 ミネストローネを飲んでほっとひと息つく晃に、克晴はツッコむ。

 しかし、陸の言葉を聞いて、克晴は彼が見つめる方に視線を移せば、まったりとした表情でミネストローネを飲むクロの姿があった。


「飼い主に似てきたな…」

「そうだねー」

「クロ。晃のばかな部分は似なくていいからな」


 さりげなく酷いことを言う克晴に、晃はわれに返って言い返す。


「ばかってなんだよ、克兄」

「そのままの意味だ」

「ひどっ!」


 ショックで凹む晃をよそに、克晴はベーグルサンドを頬張る。

 そんな彼らの様子を見て、クロは(いつも通りだな)と微笑み、きのこサラダを味わった。



 朝食を食べ終え、晃たちがリビングで寛いでいると、家のインターホンが鳴り響く。


「はいはい、今出ますよー」


 晃はのんびりとした足どりで玄関へ向かう。ドアを開ければ、見慣れたピンク色のモヒカン頭が特徴的な男性、桃太郎が立っていた。


「あれ? 桃さん」

「朝早くからすまない。少し話をいいか? “サルガスの剣”ーークロのことだが…」


 クロの名を出され、晃は神妙な顔つきになる。


「ーー話しは中で聞きます。どうぞお上がりください」


 桃太郎を家の中へ促し、ダイニングへ向かう途中、晃はリビングへ顔を出す。


「桃さんが来た」


 その一言を伝えれば、克晴はただ「そうか…」と呟き、陸は心配で晃に声をかける。


「晃くん。俺も一緒に話しを聞こうか?」

「いや、俺とクロだけで大丈夫だ」


 そう言い、晃はクロに視線を向けた。

 クロはなにかを察し、晃のもとへ駆け寄っていく。

 晃はクロを抱き上げると、桃太郎を連れてダイニングへ入っていった。



 桃太郎にお茶を出すと、晃は相手の向かい側に座る。

 相手はお茶をひとくち飲んでから、本題を話し始めた。


「クロの今後だがーー」

「はい」

「俺としては、彼の故郷である“蠍座”に帰すべきだと思っている」

「ーーそうですか…」


 晃が寂しげな表情を浮かべると、クロも残念そうに目を伏せる。

 そんな彼らに、桃太郎はため息をつく。


「しかし、これはお前に会う前の、俺個人としての意見だ」

「ーーへ?」


 口をポカンと開けたまま、此方を見る晃に、桃太郎は微笑んだ。


「晃。お前は自分の身を挺してクロを守り抜いた。そして、クロはお前に信頼を寄せている。ーーあの方が言っていた“晃だったら大丈夫”という意味が少しだけ理解できた気がする」

「じゃあ、桃さん…。クロはーー」

「48星連合 地球支部 地球外生命体保護部の監視下におかれるが、クロはお前たちと一緒に暮らしていい、とあの方から許可がおりた」


 桃太郎の言葉を聞いて、晃の表情は見る見る内に明るくなると、感激のあまりクロを抱き締めた。


「やったぞ! クロ。これからもずっと一緒だ!!」

『ナナナナ、ナナナ(ああ、これからもよろしく頼む。晃)』


 晃は勢いのまま、クロの額に自分の額を擦りつける。そしてーー。


「痛い…」


 ヒリヒリと赤く擦れてしまった額に涙を流す晃に、桃太郎は「黒曜石だからな…」と苦笑した。



 こうして、晃たちと暮らすことになった蠍座出身の地球外生命体エイリアンーー“サルガスの剣”ことクロ。


 しかし、彼を追って新たな地球外生命体エイリアンが飛来してくることを、この時の晃たちには知る由もなかった…。


【エイリアン、拾いました(完)】

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