第3話 現実を受け入れましょう
エイリアンーークロを見て2度目の気絶をした陸を晃と克晴が労っている一方、いちごワニ園に2人の男女が訪れていた。
男の方は特徴的なピンク色のソフトモヒカン、切れ長の眼、全身黒のスーツで身を固めている。ぱっと見れば“マフィア”と思ってしまう。
女の方は金髪のショートウェーブ、キリッとした眼に青い瞳が印象的で、全身を白い毛皮の帽子とコートでまとめた美貌の持ち主だ。
「此処に“彼”が落ちたって本当なの? 桃ちゃん」
訝しむ金髪の女性に、“桃ちゃん”と呼ばれた男は眉間にシワを寄せて状況を報告する。
「監視員が探査機カモメの破片に紛れて飛来した地球外生命体を確認している。それとワニの飼育場で地球上のものではない黒曜石の欠片があった」
黒曜石、と聞いて女性は目を見張った。
「黒曜石…。じゃあ、地球に飛来したのは蠍座のーー」
「地球時間で20年前ーー。突然消息不明になった蠍座の種族最強の個体“サルガスの剣”で間違いないだろう」
言葉を一旦止めると、男はうってかわって嫌悪感丸出しで女性に告げる。
「何度も言うが、“桃ちゃん”って呼ぶな。コードネーム“シリウス”で呼べ」
「ええー。いいじゃない、“桃ちゃん”。
「それ、コードネームじゃなくて俺の本名だから。社内じゃそれが当たり前になってきているし…。どうしてくれんだ、コルキス」
コルキス、と呼ばれた女性は可愛らしく小首を傾げた。
「桃ちゃんだって人のこと言えないでしょう。私が外に出ているときは“ロサ・ブランカ”って名前になるんだから」
「“白薔薇”ってタイプじゃないだろ、アンタ」
桃太郎がボソリと呟くと、コルキスは鋭い眼差しを彼に向ける。
「何か言った? 桃ちゃん」
「なんでもありません」
顔を逸らす桃太郎に、コルキスはため息をつく。
「まったく、言葉には気をつけなさい。それで、これからどうする? “サルガスの剣”の捜索を続ける?」
「いや、今日は此処までにしておこう。あまり長いすると“奴ら”に嗅ぎつけられる」
「相変わらず勘づくのが早いわね…」
「“奴ら”にとって“サルガスの剣”は良い研究材料なんだろう」
“コルキスの前ではあまり良い言葉ではない”と頭でわかっていても、桃太郎は事実を言ってしまう。
視線をやれば、彼女は憂いを帯びた顔をしていた。
「高度な知能を持つ彼らは人間の言葉は理解できるのに、彼らの言葉は人間には伝わらない…。悲しいわね」
「そんなの人間だって一緒だ。同じ地球にいても、互いの食い違いで人間は争い合ってしまうんだ」
桃太郎は吐き捨てるように言うと、用は済んだとばかり歩きだす。
彼のあとを追いながら、コルキスはこの町のどこかにいる“サルガスの剣”の無事を祈るしかなかった。
その頃、噂の“サルガスの剣”ことクロは、陸に説教されている晃と克晴をとなりで見守っていた。
「ーー2人共。一応確認するよ。“アレ”はなに?」
陸がクロを指差せば、晃と克晴は互いに顔を見合わせる。
「なにって言われても…」
「どこからどう見ても“
晃がどう説明するか困っているのに対し、克晴は真顔ではっきりと答えた。
(わあー、克兄男前ぇ〜)と晃が心の中で称賛する。
瞬間、陸が克晴の頭をおもいっきり引っ叩いた。
「バカじゃないの! “エイリアン”は
「だが、現にいるじゃないか」
「アレは…良く出来たロボットなんかじゃないの!」
“
「えー、ロボットだったら芋ようかん食べないじゃん」
『ナー(とても美味だった)』
「えっ!?
陸にとって“
「東京まで行って、苦労して並んで買ってきたのに〜」
「ご、ごめん…」
陸はあまりのショックに地に伏してしまう。
そんな彼に晃は謝ると、クロについて弁明する。
「でも、陸さん。姿はなんであれクロは良い子だよ。トイレの場所はすぐ覚えたし、やってはいけないこともきちんと理解してくれたしーー」
「テレビの内容もわかっているみたいだぞ。ゴジ●シリーズを夢中になって観ていた」
晃と克晴があれこれの事の話をするなか、陸の肩がわなわなと震えだす。
「さつまいも以外も食べるかなー。人参とかりんごとか…」
「どうだろうな…。まあ、嫌いだったらペッと吐き出すだろう」
「そうだね」
クロの食べるものを予想する晃と克晴。直後、陸が拳で床を叩き込んだ。
「いい加減にして!!」
陸の怒鳴り声が部屋中に響く。
滅多なことでは怒らない彼に、晃と克晴は驚く。
「ろ、陸さん…」
「……」
顔を引き攣らせる晃、呆れた様子の克晴に、陸は苛立ちのまま言い放つ。
「アレがなんであるかはどうでもいい! 明日、保健所に引き取ってもらいます」
「ーーッ!?」
ーー保健所。
それを聞いた晃の顔が青ざめる。
「それ、本気なの。クロを保健所に引き取らせるって…」
「外来種だった場合、野生に帰したら生態系が狂う。動物園の飼育員やってる晃くんもわかるでしょ」
「そう、だけどーー!」
晃は歯切れの悪い返事をし、無意識にクロを抱く手に力が入ってしまう。
「クロ…。絶対、殺処分されるに決まってるじゃないか…」
晃の苦言に、陸は息を呑む。
重い空気が流れるなか、克晴が口を開く。
「殺処分、で済んだらいいけどな」
「どういうこと? 克晴くん」
陸が問い返せば、克晴は冷静な態度で伝える。
「“
「ちょっと、克晴くん! それは言い過ぎーー」
陸が克晴を注意しようとした途端、晃がクロを抱えて家を飛び出していった。
「晃くん!?」
突然出ていった晃に陸が仰天する一方、克晴は落ち着いている。
「20代後半で家出は笑えねーよ、晃」
「なに呑気なこと言ってるの! 追いかけるよ」
陸は克晴の腕を引っ張りながら、晃のあとを追った。
◆ ◆ ◆ ◆
ーーなぜ、アキラは俺を抱えて走っているのだ?
晃の腕の中で、クロは疑問を抱く。
灯りのない暗がりの中を、晃は足を止めることなく走る。
家々から離れ、林のある小高い丘に着くと、晃は夜空に向かって声を張り上げた。
「ああーー!!」
『ナ!?(なんだ!?)』
驚いたクロは、晃に視線をやる。
今の彼は晴れ晴れとした顔つきをしていた。
「あー…。スッキリした」
晃は草むらに倒れ込むと、クロを隣に置く。
未だに呆然としているクロに、晃は笑顔で謝った。
「ごめん、クロ。ビックリさせちまって」
『ナー…(まったくだ…)』
「俺さ、嫌なことがあると此処に来て、夜空に向かって叫ぶんだ」
『ナー?(夜空に?)』
クロが首を傾げると、晃は夜空を指差す。
「なんか…スカッとするんだ。青空も悪くないけど、叫んだあとにたくさんの星が輝くのを見ると落ち着くんだ」
「ナナ…(星…)」
晃の言葉を聞いて、クロも夜空を見上げる。
生まれ故郷と違い、無数の星々が輝き、闇を仄かに明るくしていた。
ーー美しい…。
言い表せない幻想的な風景に、クロは感動する。
ふと、彼の脳裏に過ったのは自分を負かした眩い白の存在。
ーー
奴はこの星々の何処かにいるのだろうか。
再び
「ーークロ」
晃に名を呼ばれ、クロは我に返る。
『ナ?(なんだ?)』
「お前は…これからどうするんだ?」
晃の不意な質問に、クロは理解出来ず狼狽えてしまう。
『ナ、ナナナ?(ど、どういう意味だ?)』
「あー…突然でよくわかんないよなー」
晃は少し考えると、上体を起こしてクロと向き合う。そして、真剣な表情でもう一度問いかけた。
「お前は、俺と…俺たちと一緒にいたいか? それとも、俺たちと離れて独りで生きていくか?」
『ナ…(あ…)』
クロは忘れていた。自分が“この星のものではない”という現実をーー。
「陸さんがお前を“保健所に引き取らせる”って言ったけど…。仮に引き取られたとしても、この尻尾の剣を危険視されて殺処分か…。或いは克兄が言ったように“生きたまま実験台”にされるか…」
晃は震える声を抑え、自分の気持ちをクロに伝える。
「俺は、クロに生きていてもらいたい。例えお前が独りで生きていく道を選んでも、元気に生きていてほしいんだ」
『……』
クロは晃の顔をじっと見据えた。そして、彼に背を向けて走りだす。
(ああ…。独りで生きていく道を選んだか)
晃は寂しさを堪えて、クロを見送る。
その時、クロが足を止めた。そしてーー。
『ーーーー!!』
耳をつんざく金属音。思わず晃は耳を塞ぐ。
それが瞬く間に止めば、クロが振り返った。
『ナー…。ナナナ(確かに…。スカッとするな)』
どうやらさっきの金属音は、クロの叫び声だったらしい…。
「驚かすなよ」と晃が言えば、クロは嬉しそうに微笑み、言葉は通じなくても自らの想いを晃に伝える。
『ナナナナ、ナナナナ(強くなるために、己の剣を、技を磨いてきた。独りで生きていくのは当たり前だと思っていた)』
しかし、この
クロは覚悟を決めた。尻尾の剣を高々と掲げ宣言する。
『ナナナナ。ナナナナ、ナナナナ、ナナナ(我が恩人“アキラ”よ。俺はお前と、お前の仲間たちと共に歩むことを、この剣に誓おう)』
晃たちと一緒にいることを、クロは選んだ。
それを聞いた晃はーー。
「うん。なにを言っているのか全然わからない」
はっきりと言い放つ彼に、クロはガックリと肩を落とす。
『ナナ…(言葉が通じないのは歯痒いな…)』
しょげるクロに、晃は「でも…」と付け足す。
「物凄くカッコイイせりふを言ったんだなー…ってのはわかった」
『ナナ…(アキラ…)』
晃にはクロの言葉はわからない。だが、クロがどうしたいのかは理解できた。
「よし! 一緒に暮らそう、クロ!」
「ナナ!(よろしく頼む!)」
「そうと決まれば、陸さんを説得しないとーー」
「その必要はないよ」
晃の言葉を遮るように、背後から穏やかな声をかけられる。
晃が恐る恐る振り返れば、陸と克晴が立っていた。
「陸さん、克兄! いつから居たの!?」
晃に尋ねられ、克典が素直に答える。
「“お前はこれからどうするんだ”の辺りだったか…」
「それ、最初からいましたってことじゃないか!?」
晃が顔を真っ赤にして突っ込みを入れると、陸は笑いながら平謝りした。
「ごめんごめん。感動のシーンの邪魔しちゃ悪いと思ってね」
そう言うと、陸は気を取り直して晃に頭を下げる。
「ごめんね、晃くん。クロを“保健所に引き取ってもらう”なんて言って…。目の前の現実を受け止めきれないし、君と克晴くんは楽しげだし、なんか腹が立って…。クロもごめん。俺、酷いこと言っちゃって…」
陸がクロにも謝れば、クロは気にしていないと言うように首を横に振った。
クロの存在を認めている陸に、晃はこわごわと尋ねる。
「陸さん。じゃあ、クロは俺たちと一緒に暮らしていいの?」
「まあ、此処にいるんだからね。“
そう告げた陸に、晃は笑顔になった。
「ありがとう! 陸さん。良かったな〜、クロ」
晃はクロを抱き上げ、互いの額を合わせスリスリする。
「痛い〜」
「お前、クロが全身黒曜石だっての忘れてただろ」
「全身黒曜石!? そりゃあ、スリスリすれば痛いわ…」
額を赤くさせて涙を流す晃に、克晴と陸はそれぞれ突っ込む。そして、3人と1匹は互いの顔を見て笑い合った。
こうして“サルガスの剣”ことクロは、晃たちと過ごす事になった。
しかし、自分たちの様子を林の陰から窺っていた黒服の男たちがいたことを、この時彼らは気付いていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます