第2話 名付け親になりました
時計の針が13時に差し掛かった頃、エイリアンは眠りから覚めた。
『くあー。よく寝た』
キャットハウスから出ると、エイリアンは周囲を見回す。
『む…。どこだ、此処は?』
床は服と雑誌が乱雑に散らばっている。それらを掻き分けていこうとした矢先、真上から何か音が聞こえた。
『この上に何かいる…』
エイリアンは軽やかに寝台に飛び乗る。目に映ったのは、初めに出会ったあの人間ーー晃だった。
『コイツは確か…“アキラ”だったか?』
涎を垂らし、いびきをかきながら気持ち良さそうに寝ている晃を、エイリアンはしげしげと見る。
『人間…。俺と違って皮膚は頑丈じゃない。斬り合いなんかしたらすぐ壊れてしまう』
尻尾の剣で晃の頬や腕を突く。顎髭の部分を切っ先でなぞれば、僅かに髭が剃れた。
『しかし、なぜこの人間は俺を拾ったんだ? 危険なものなら息の根を止めるなりすればいいものを…』
人間はよくわからない。エイリアンがため息をついた時、晃が身じろいだ。
眠りから覚め、ゆっくりと目を開ける晃の顔をエイリアンは覗き込む。
『ーーよう』
「うおおおおおッ!?」
エイリアンが挨拶した直後、晃は絶叫しベッドから転げ落ちる。
「えっ!? な、なんで目の前に!」
『ちょっと観察していただけだ。気にするな』
「もしかして、キャットハウスが気に入らなかったのか?」
『おい、アキラとやらーー』
「気に入らなかったらすみません! でも、命だけは取らないでください!」
『俺の言葉が理解できないのか?』
土下座して謝る晃の態度に、エイリアンは首を傾げた。
エイリアンの方は生まれつき高度な知能を持つため、別種族の言語は理解できる。しかし、その逆に相手に自分の言葉が伝わらないという大きなデメリットを抱えていた。
つまり、晃にはエイリアンの言葉ではなく鳴き声で聞こえているのだ。
『ナー。ナナナナナナ(おい、俺の言葉がわかるか?)』
「ん? 腹が減ったのか?」
『ナー(ちがう)』
「あ~、もう昼過ぎてるな。朝飯食べてねぇから、そりゃ腹減るわ」
『ナナ…(だから…)』
「うん、俺も腹が減った! よし、昼飯にしよう」
『ナー(えー)』
会話がまったく噛み合わないことでげんなりするエイリアンを抱えて、晃は意気揚々とダイニングへ向かった。
◆ ◆ ◆ ◆
晃が昼ごはんの支度をするなか、エイリアンはダイニング内を歩きだす。
オープンキッチンでそこには北欧雑貨がディスプレイされ、白樺グッズやチェアの布にも北欧テイストが取り入れられ、ぬくもりある演出がされている。
エイリアンが北欧風インテリアなんて知るはずないが、彼から見て自然に光が入ってくる明るい光景は“美しい”と感じた。
ごはんが出来上がるまで、エイリアンはテーブルの下を潜ったり、マガジンラックの中を覗いたりとあちこち探索する。それから、10分後ーー。
「おーい、出来たぞー」
晃に声をかけられ、エイリアンは彼のもとへ駆け寄った。
「まあ、出来たってのは俺の昼飯なんだが…。お前の飯はこっちだ」
晃がエイリアンに差し出したのは、冷凍マウス(モザイク必須)。直後、エイリアンは尻尾でそれを弾き飛ばした。
「ーーあ」
『ナー!(他種族の肉など食べぬわ!)』
エイリアンが怒っているのを察し、晃は謝る。
「ごめんごめん。冷凍マウスは嫌だったか。じゃあ、こっちはーー」
次に差し出したのはプラチックカップに詰められた大量のコオロギ(モザイク必須)。
それを見たエイリアンは背筋を震わせ、晃に文句を言う。
『ナー!ナナナナナ!(なんだこれは! こんな気色悪いの食べられるか!)』
「こっちも嫌なのか。んー、あとは…」
晃はエイリアンに犬猫用の缶詰やドライフードを見せるが、どれも良い顔をしない。
「ペットショップの物はお気に召さないか…。じゃあ、なにを食べるんだ?」
晃が腕を組んで悩んでいると、タイミング良く克晴が起きてきた。
「おはよ…って、何してんだ?」
「おはよう、克兄。エイリアンにご飯あげようとしてんだけど、ペットショップで買った物はどれもお気に召さないようで…」
晃は参ったと苦笑いを浮かべる。
克晴はエイリアンとペットショップの餌(一部モザイク必須)を交互に見てから、テーブルに置かれた豚丼に視線を移す。
「これは食べないのか?」
「それは俺の昼飯。つーか、エイリアンが人と同じもの食べるの?」
「もしかしたら、食べるかもしれないぞ」
克晴は肉の人切れを指でつまむと、それをエイリアンに差し出す。
エイリアンの方は、今朝彼に隅々まで調べられたことで少し警戒しつつ、恐る恐る肉を口に入れた。
晃と克晴が見守るなか、エイリアンはーー肉をペッと吐き出した。
『ナ!(マズイ!)』
「これも嫌なのか。んー、俺の味付けが悪かったのかな…」
「そもそも、肉が嫌なのか」
「肉が嫌か…。そうなるとーー」
克晴の言葉を聞いて何か思いついたのか、晃は冷蔵室から“あるもの”を取り出す。
「これなら食べられるかな?」
「晃、それはーー」
克晴が目を疑う、晃が持つ“あるもの”。
それはーー芋ようかん。
「陸さんのおやつだけど、この場合仕方ないよね」
「あとで怒られてもしらないぞ」
「そしたら、大人しくパシられてくるわ」
芋ようかんがない、と騒ぐ陸の姿を想像しつつ、晃はエイリアンに芋ようかんを差し出す。
「ほら。これはどうだ?」
『……』
エイリアンはジト目で芋ようかんを見て、一応ニオイを嗅ぐ。先程と違い、甘いニオイだ。
それを口に含んだ瞬間、エイリアンは目を見開く。
なんだ。なんだ、コレはーー!
風味も良い、口当たりの良い、ほどよい甘さのコレは!!
『ーーナ!(うまい!)』
「お、美味いか。芋ようかん、気に入ったか。ほら、どんどん食え」
『ナナナ!(芋ようかん、芋ようかんというのか。覚えておこう)』
機嫌を良くしたエイリアンは、夢中になって芋ようかんを頬張る。
食べてくれたことに安心した晃は(エイリアンはさつまいもが好き)とスマホにメモした。
「さーて、俺も昼飯にーーって! なんで人が作った豚丼を勝手に食べんのさ、克兄!」
豚丼を食べようと席に着いた晃だが、豚丼は克晴に食べられていた。
「ん? 俺の分じゃないのか?」
「自分で作ってくださーい!」
「えぇ〜。めんどくせぇー」
「ちょっとー!」
仕方なく晃は再びキッチンに立つのであった…。
◆ ◆ ◆ ◆
昼ごはんを終え、晃たちはリビングで寛いでいた。
「克兄、今日仕事は?」
「夜勤明けで休み。晃は?」
「俺も同じ」
晃が克晴と会話するなか、ペットショップで買ってきたおもちゃでエイリアンと遊ぶ。
猫じゃらしの残骸を尻目に、今はボール投げを楽しんでいる。
晃が投げたゴムボールを、エイリアンが尻尾の剣で打ち返すキャッチボールだ。
「上手く打ち返すなー、あいつ」
「そうだな」
「そういえば、エイリアンの皮膚の成分ってなんだったの?」
晃の質問に、克晴はカフェオレを一口飲んでから答える。
「化学組成上は流紋岩で、石基はほぼガラス質で少量の斑晶を含む…」
「克兄、説明は簡略でお願いします」
「地球でいうなら、“黒曜石”と同じだ。黒曜石はガラスとよく似た性質で、割ると非常に鋭い破断面になるから石器時代はナイフや
「なるほど。だから、アイツの剣はあんなに鋭いのか」
納得する晃とは逆に、克晴は難しい顔を浮かべた。
「だが、黒曜石と同じだとしても、あんなに頑強で体重が軽いなんてありえない。まだまだ調べないと…」
克晴が調べ足りないと呟けば、エイリアンの動きがピタッと止まる。
エイリアンが震えているのを見て、晃は駆け寄って抱き上げた。
「その時はほどほどにお願いします」
「む…」
晃に忠告され、克晴は黙り込む。
なんでも追究する克晴の悪い癖に、晃はため息をつく。
「ごめんなー。お前が珍しいから克兄はなんでも調べたくなっちゃうんだ」
『ナー…(ほどほどにしてくれ…)』
「……」
急に黙る晃に、克晴が問いかける。
「どうした? 晃」
すると、晃は真剣な表情で答えた。
「ずっと“お前”っていうのもなー。いや、間違ってはいないんだけど、でもなー…」
どうやらエイリアンに名前を付けるかどうかで悩んでいる。
唸る晃に、克晴は思わず笑ってしまう。
「な、なんだよ、克兄! なにが可笑しいんだよ」
「いや、すまん。だったら、お前が名前をつけてあげればいいんじゃないか」
克晴の言葉に、晃は目が点になった途端にどもりだした。
「お、おおおお俺が、え、ええエイリアンの、名前をつ、つつつけてしまってものよろしいのですか?」
「まあ、エイリアン本来の名前があるかもしれないが、俺らにはエイリアンの言葉がわからないからな。まあ、
「
晃はエイリアンを冷静になって観察する。
黒曜石の体。黒曜石で出来た剣。紅い眼ーー。
「んー…。“クロ”かな」
黒曜石だから、見た目が黒いから“クロ”ーー。
そう名付けた晃に、克晴はなんとも言えない表情をする。
「まんまだなー」
「いいじゃん! シンプルで」
「そうか…」
「そう!」
晃は力強く頷き、エイリアンに告げる。
「お前の名前は“クロ”だ。よろしくな」
クロ、と呼ばれたエイリアンは目を見張った。
ーークロ。
(それは、俺の名前なのか…)
エイリアンに名前はない。俗称はあるが、名前とはいえないものだ。
生まれて間もなく種族の“個”として力を競い合う。戦うことでしか己を見い出せない生命体ーー。そんな自分に、晃は名前を与えてくれた。
名前を付けられ、それで呼ばれることがこんなにも嬉しいことなんて…。
『ナー…(悪くない)』
「ん? クロって名前、気に入らなかったか?」
「ナナ(そうじゃない)」
クロが首を横に振るう。嫌がっていない素振りに、晃は笑顔になった。
「改めてよろしくな、クロ」
『ナナナ(こちらこそ、よろしく頼む)』
晃はクロと額を合わせてスリスリする。だが…。
「痛い…」
「全身黒曜石なんだから、そりゃ痛いだろ」
額を赤くさせて涙を流す晃に、克晴は呆れた様子でツッコんだ。
そのあとは2人と1匹で借りてきた特撮映画『ゴジ●』の鑑賞をはじめる。
クロの感想は“地球にはこのような強い生命体がいるのか。ぜひ戦ってみたい”と晃と克晴には通じないがそう呟いていた。
日が沈み始めた頃、陸が仕事を終えて帰宅した。
「たっだいまー!」
「「おかえりー」」
『ナー(おかえりー)』
「……ははははは!」
晃と克晴、そしてクロが出迎える。
クロを見た途端、陸は本日2度めの笑いながら気絶した。
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