エイリアン拾いました!

鷹夏 翔(たかなつ かける)

第1話 エイリアン拾いました

 小惑星ヒモカワの試験片を採集した探査機カモメは、地球の大気圏に突入し、流星のように輝きながら無数の破片に分解し燃え尽きた。

 その光景は世界中の人々に感動を与え、歴史に刻まれたのであった。


 しかし、彼らは知らない。


 その破片に紛れて“地球外生命体”が降り立ったことにーー。



 S県 五壱町ごいちちょうに『いちごワニ園』とセンスがいいのか悪いのかよくわからないネーミングされた動植物園がある。

 同園は絶滅の危機に瀕する世界中のワニが17種類、約120頭が飼育されている。

『いちごワニ』という響きだけでも一部のマニアは興奮してしまうが、ここで見れるのはいちごとワニだけではない。

『レッサーパンダ』も目玉のひとつだ。

 ワニとレッサーパンダ、その“全然関係ないじゃん!”という2つの動物が楽しめる動植物園、それが『いちごワニ園』なのである!


 ある日、飼育員として働く赤髪の男・璃鳥 晃りどり あきらは夜勤を終え、帰宅する前にワニたちの様子を見るべく、本園にあるワニエリアに足を踏み入れる。


 ふと、違和感を覚えた。


 いや、違和感というより、あからさまに状況がおかしいのだ。


 ワニたちが、散らばることなく、一箇所の隅で、身を寄せ合って震えているなど。


 唖然となるも、とりあえず晃は周囲を見回す。特に昨晩と変わったことはーーあった。


 天井の窓ガラスが割れている。全体ではなく一部の窓だけ。そこから視線を下へと移動する。

 いつもはワニたちがこぞって日向ぼっこしている岩の上に、ワニではない“何か”がいた。


(えぇー…。なにあれー)


 とりあえず、ぱっと見て言うならテニスボールぐらいの大きさである“黒い丸石”。

 しかし、よく観察すると尻尾のようなものが生えている。その先は鋭い剣のように尖っていた。


(彫刻か? それにしては生き物っぽい感じもするんだが…)


 晃は通路にあるロッカーからモップを取り出す。手にしたモップで、恐る恐るそれをつついてみる。

 瞬間、振るわれた尻尾でモップの先端が綺麗に斬られてしまった。


「……」


 晃は斬られたモップを投げ捨てると、素早い動きでズボンのポケットからスマホを取りだし、知人に電話をかける。


「もしもし、かつ兄ぃ。俺なんだけど…。いや、オレオレ詐欺じゃないから! 昨晩遅くまで仕事していたのは知ってるよ。今は緊急事態なんだ。説明は後でするから早く来て!」


 晃が電話して1時間後ーー。従業員用の駐車場に1台のバイクがレーサー並のドライビングを披露して停止した。


 生き物かもしれない“黒い丸石”を注意深く様子を窺う晃のもとに、青い髪をオールバックにした男ーー富井 克晴とみい かつはるが訪れた。


「朝っぱらから何の騒ぎだ、晃。ワニに腕でも食われたか? そりゃあ、大変だ。今すぐ人科の病院にいけ」

「俺の腕は食われてねぇから! そんなことより、アレ見てくれ!」

「あぁ?」


 晃が指さす“黒い丸石”を、克晴は訝しげに視線をやる。“それ”がモゾモゾと動けば、彼は目を見開いた。


「なんだアレ…」

「獣医やってる克兄にもわからない?」

「ああ。初めて見るーーというかアレは生き物なのか?」

「生き物っぽいよ。あの尻尾でモップ斬られたし…」


 晃は切断されたモップを克晴に見せる。

 綺麗な切断面に、克晴は感嘆した。


「スパッと斬られてるな。断面がデコボコしてないし…。ああ、これならインスタグラムで話題のサンドイッチが出来るな。アレ、切るの難しくて断面が綺麗に揃わないし…」

「克兄…」

「すまん、話が逸れた。とりあえず、調べてみるか」


 克晴はズボンから医療用のゴム手袋を取り出す。

 調べる気満々の相手に、晃は慌てて止めた。


「えっ!? ちょっと待て、克兄。アレ、調べるの?」

「調べなきゃわかんないだろ」

「いやいやいや…。このモップ見たでしょ。触ったらスパって斬られちゃうよ」


(何言ってんだコイツ)という顔をする克晴に、晃は身振り手振りで忠告する。

 しかし、相手の心配をよそに克晴は“黒い丸石”に近づいていく。それに触れようとした矢先、あの剣のように鋭利な尻尾が振り上がった。


ーー克兄の手が斬られる!!


 そう思った晃は思わず目を瞑る。だが…。


「……」


 絶叫やうめき声が全くないことに、晃が恐る恐る目を開けると、あの尻尾を片手で掴み取っている克晴の姿があった。


「えぇぇぇぇぇっ!? なにしてんの、克兄」

「見ての通りだ」

「いやいや、見ての通りじゃないよ!」

「お前だってワニ掴むときこうやってるだろ」

「ワニとそれを一緒にしないで!」

「まあいい。とにかく調べるぞ」


 気を取り直して、克晴は“丸い黒石”の観察を始める。


「先ずは皮膚。これは鱗に似ているが、鱗って感じじゃないな。石を彫り刻んだような…。あれだ、彫刻だ」

「じゃあ、それの皮膚は生物っていうよりも石に近いってことか?」

「そうだな。だが、ただの石でもないな。尻尾で大概のものは斬れてしまうんだ。相当頑丈だぞ。その割に体重は軽いけどな」


 尻尾を掴んだまま、克晴はそれを持ち上げてみせる。

 小さな手足をジタバタさせるそれに、晃は「可愛そうだからやめてあげて」と克晴に言った。

 克晴は渋々下ろすと、観察を再開する。


「手足は鋭い爪が生えていて、特に後肢には大きな鉤爪がある。推測だが、壁を登る際の止め具になっているんじゃないか。顔つきはトカゲっぽくて、頭の左右には猫耳のような形が生えている。柔らかくはないが、これが耳かもしれない。紅い眼はヤモリに似ているな」

「ふーん。で、結論としては?」

「もう“地球外生命体エイリアン”でいいんじゃないか」


 真顔で即答する克晴に、晃は興奮を抑えつつ全身を震え上がらせた。


「エ、エイリアンって、あのエイリアン!? 血液が硫酸で、口の中にイ●ナーマスを持っててそれで人を撲殺したり、はてはフェイス●ガーが顔に取り付いて体内にエイリアンベビーを寄生させて、チェスト●スターが胸部を食い破って出てくるーー」

「そのエイリアンじゃない。お前はそのシリーズから離れろ」


 克晴は呆れ果てると、持っていた“それ”もとい“エイリアン”を晃に渡す。


「俺はエイリアンの皮膚の成分を調べたいから一旦帰るぞ。じゃあな」

「え!? エイリアン持ち帰らないの!」

「俺、誰かさんのせいで睡眠不足なんだけど」

「ーーすいませんでした!」


 目元にくまが出来ている克晴に睨まれて、晃は土下座して謝った。


◆ ◆ ◆ ◆



 克晴を見送った後、晃はエイリアンをリュックに押し込んだ。


「家に着くまでいい子にしてるんだぞ」

『……』


 エイリアンは晃をじっと見るが、すぐにそっぽを向いて体を丸めてしまう。

 大人しく言うことを聞いてくれて、晃は胸を撫で下ろす。


「とりあえず、ペットショップだな…」


 エイリアンのエサと備品、ついでに玩具を買うべく、晃は自転車を走らせた。



 『いちごワニ園』から自転車8分で到着する、五壱町に唯一あるペットショップ『マキバ』

 ペットのエサと備品、玩具さらにはアクセサリーまでの品揃えは豊富。また、トリミングやペットホテルのサービスまで充実している。

 そして、他店と違うのは犬猫や小動物などの生き物を商売として売っていない。命は買うものではない、というオーナーの取り決めたことだ。

 代わりに毎週日曜日は他店で売れ残ってしまった動物たちの譲渡会を開き、里親を募集している。


『マキバ』の店前で自転車を停めると、晃は入り口付近で掃除している定員に声をかけた。


「おはよう、ろくさん」

「おはよう、晃くん。夜のお勤めご苦労さま」


 陸と呼ばれた男性は、満面の笑顔で丹に挨拶を返す。

 薪代 陸まきてい ろくーー緑色の髪で後ろ髪を頭上で束ねているのが特徴。晃より小柄な体格だが、年齢は彼より年上である。


「朝から店に寄るなんて珍しいね。亀の餌を補充しにきたの?」

「いやぁ〜、まあ…仕事じゃなくて、個人として餌とか備品とか買いに来たんだけど…」


 晃の歯切れの悪い口調に、陸はこめかみに指をあて首を傾げた。


「んん〜? 個人としてーー。あっ! まさか、犬か猫を飼うつもり。寧ろ拾ってきたの! そうかそうか。そりゃあいいね! 癒やしは大事だよ。俺、犬猫大好き! そうとなれば、オーナーに餌と備品安くしてもらうよう交渉してみるよ」


 陸がひとり納得してはりきる一方、晃は苦笑いを浮かべる。


 リュックに入っている存在を、陸に話さなければーー。


 しかし、此処で問題がある。

 克晴は“地球外生命体エイリアンの存在を真剣に信じている”が、陸はその逆。“地球外生命体エイリアンの存在を信じていない”のだ。


(なんて言おうかなー。ワニもしくはトカゲって言っても無理だろうな。見た目からして違うし…。素直に言ったほうが無難か…)


 晃は腹を括ることにした。周りに自分たち以外に人がいないか確認してから、陸に声をかける。


「陸さん!」

「ん?」

「実は…飼うのは犬猫じゃなくてーーコイツです!」


 晃はリュックを下ろし、中身を相手に見せた。

 陸がなんだなんだと中を覗けば、そこにいたトカゲっぽい“何か”と目が合う。

 陸は晃に視線をやり、再び“それ”を見てから背を向けた。


「オーケー! エサは食用コオロギとミルワームをオススメするよ。ついでに冷凍マウスも買っておけ。安くしておく!」


 陸は早口で捲し立てながら、棚から品を手にとって晃に渡していく。

 商品を受け取るも、晃は困惑する。


「ろ、陸さん…?」

「あとは寝床だね。爬虫類用のケージなんてどうかな?」

「落ち着いて! 陸さん」

「これが落ち着いていられるかい!!」


 晃が宥めようとした矢先、陸は勢いよく振り返って叫ぶ。


「晃くん! それはいったいなんなの!? 彫刻なのに動いてるし! あ、ロボット。ロボットなんだよね? 最近のロボットは作りがいいからーー」

「残念ながらロボットじゃありません。正真正銘の“地球外生命体エイリアン”です!」

「そんなのが現実にいてたまるかー!!」


 エイリアンが目の前にいても、陸は今ある現実を認めない。

 これでは埒が明かないと思った晃は、リュックからエイリアンを出す。


「えーっと、寝てるところ悪いんだが、陸さんがお前のこと信じてくれないんだ」

『……』

「だから、お前が生きてるって証拠見せてくれないかな?」


 晃の頼みに、エイリアンは気怠い態度をとるも、仕方ないとばかりに近くにあった爬虫類用ケージを尻尾の剣で弾き飛ばし、さらに追撃で真っ二つにした。

 見えない速さ、一瞬の出来事に陸は言葉を失う。


「……」

「陸さん、これでも信じられない?」

「はははははは!」


 陸は大きな声で笑った直後、卒倒した。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 晃は倒れた陸をオーナーに託し、一通りの買い物をしてから家路についた。

 

 晃は克青・陸とシェアハウスをしている。3人で住んでいる家は中古ではあるが、内装は綺麗でしっかりしていた。周りに民家がないため騒いでも迷惑にはならず、何より空が広く見えるということが3人共に気に入った理由でもある。


 克青を起こさぬよう静かに自室に入った晃は、購入した“ドーム型 キャットハウス(L) 44×48㎝ 猫用ベッド”を自分のベッドの隣に置いた。


 入り口が広くて入りやすい。上下でセパレート可能。ファスナー式で取り外しも簡単。肌触りバツグンの柔らかクッション。後ろには猫の足跡型の小窓が付いている。色はグレー。税込価格2,780円。


(気に入ってもらえるといいんだが…)


 晃はリュックからエイリアンを出す。キャットハウスの目の前で下ろすと、エイリアンは晃とキャットハウスを交互に見た。


「お前の寝床だよ。ふかふかクッションだし、岩場より寝やすいと思う」

『……』


 エイリアンは警戒しながら、キャットハウスに入る。柔らかクッションの触り心地が良かったのか、あっという間に体を丸めてしまった。

 エイリアンが寝たのを確認し、晃は一安心する。


「さて、俺も一眠りしよう。おやすみ」


 ベッドで横になった途端、晃はすぐに眠ってしまった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 彼は蠍座にある“星”で生まれた。


 頑強で黒い体と尾に付いた“剣”が特徴的な種族だ。


 “剣”を鍛えるべく、日々強者を求めて戦いに明け暮れた。


 ある日、住処である領域に“敵”が侵入した。


 真っ白な毛並みを揺らし、金色の眼をギラギラさせ、炎と光を纏った十字架を尾に付けた“敵”。


 だが、その“敵”は、彼が今まで戦ってきたものとは比較できないほど“強者”だった。


 刃を数百回以上交えたところで、彼は理解してしまう。


 相手の振るう刃は“技”ではない。圧倒的な“暴”であるとーー。


 それでも彼は屈することなく激戦を繰り広げ、戦場いくさばは宇宙領域までいき、遂にそこで決着がついた。


 彼が大技を繰り出した瞬間、“敵”は紙一重て躱したのだ。そして、体中に光と炎を纏うと流星の如し速さで、彼に体当たりをする。


 彼は衝撃で勢いよく弾き飛ばされ、気づいた時には故郷である“星”が見えないほど離れてしまった。


 負傷し動くのがままならない彼は、重力に身を預けて移動するしか術がない。


 そんななかで、妙なものが彼の隣を横切った。


 青い羽が付いた四角い物体。いかにも怪しいものだが、一先ず彼はそれに乗って体を休めることにした。


 まさか、大気圏に突入するとは予想外だったであろうーー。


 降り立った地で見慣れない複数の生命体に囲われた彼だが、臆することなくそれらを撃退。


 しかし、傷はまだ癒えてはおらず、立つのもやっとな状態だったため、彼は岩場で休憩を取ることにした。


 目を閉じて浮かぶのは光と炎を纏った神々しい白。流星の如く飛ぶ姿は彗星のよう…。


ーー綺羅星きらぼし


 自らを負かした“敵”を、彼はこう呼ぶことに決めた。


 それから数時間後、彼は“人間”という種族の者に出会うのであった。

 

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