4 ただいま

 ルナの体もすっかり良くなり、王都を立つことになった。王邸の衛兵として召し抱えられたヒューゴも、ビアンカを通して、ルナの帰路の無事を祈ってくれた。

 帰り支度を済ませ、王邸の前庭で待っていると、ゴンドラを乗せた空獣が目の前に下り立った。

「ビアンカ、元気で」

「ルナちゃんもね」

 ルナとビアンカは固く抱き合うと、名残惜しく微笑んだ。

 帰宅組の三人はゴンドラに乗り込み、見送り組のリーダーとビアンカに手を振った。リーダーはにやにや笑うだけだったが、ビアンカは手を振り続けた。

 三人が乗り込むとゴンドラの扉は閉まり、空獣はふわりと浮き上がった。

「みんな! 元気でね!」

 ビアンカの声が、ゴンドラの中にも響いた。

 空獣は翼をはためかせて空へと飛び上がった。

 お互いの姿が遠くなり、やがて見えなくなるまで、ビアンカとルナは手を振り続けた。

「あっという間の滞在でしたね」

 ゴンドラがしんとする前に、アルミスが呟いた。

「とんだ滞在だったよ」

 エンデルは疲れた溜め息をつくと、深々と椅子に凭れた。

 ルナは小さくなっていく王都を無言で見下ろした。凪いだ胸に、悲しいとも寂しいとも懐かしいとも言いがたい、混じり合った感情が満ちた。

 王都が欠片になって見えなくなるまで、ルナは窓の外を眺めていた。エンデルとアルミスは眠ってしまった。空獣が空を切る勇ましい音を聞きながら、ルナも瞼を閉じた。

 南の草原に着くと、木こりの棟梁夫婦と二人の弟子がルナの迎えに来ていた。降り立ってくる空獣に向かって、エクラが大きく手を振っている。

「みんなー! お帰りなさーい!」

 いつもの元気な声が草原に響いていた。

 ルナがゴンドラから降りると、エクラは一早くルナに抱きついた。

「お帰りなさい、ルナ」

「ただいま、エクラ」

 ノクスもエクラの背後から顔を出し、ルナが持っていた荷物を代わりに持った。

「ルナ、お帰り」

「ただいま、ノクス。みんなで迎えに来てくれたんだな、ありがとう」

 棟梁夫婦は荷車に凭れて、あっはっはと大声で笑った。

「どうしても待ち切れないって言うもんだからねぇ。連れてきてやったのさ」

「ありがとう、棟梁、おかみさん」

 エンデルとアルミスもゴンドラを降り、三人を送ってくれた空獣は王都へ引き返していった。帰ってきた三人はその後ろ姿を見送りながら、草原に立ち尽くした。

「今回は、色々ありすぎた」

 エンデルは静かに言った。

「疲れましたね」

 アルミスの言葉に、ルナも頷いた。

「今は何も考えられない。慣れた場所で体を休めたい」

「一旦、お開きにしましょう。僕も南の町にじいちゃんが迎えに来てくれてるんで、もう行きますね。みなさん、お疲れ様でした」

 アルミスは小さく手を振って、南の町に向かった。

「俺もそろそろ行くよ。猫を迎えに行かなきゃならないんでね。――もう護身の呪いもないんだし、無茶するなよ、ルナ」

「うん。用心するよ。色々ありがとう、エンデル」

「俺は何もしてないよ」

 ルナはエンデルの耳元に口を寄せて囁いた。

「私はエンデルが好きだよ。いつもありがとう」

 エンデルは涼しい顔に僅かに乾いた笑みを浮かべた。

「――お前の好きは信用ならないな。誰にでも言うんだから」

 エンデルはそう言いながらルナの頬を一撫でし、身を翻した。

 猫を迎えに町の方へ歩いていくエンデルを見送ると、ルナたちも自分の森へ帰っていった。

 長い旅が、ようやく終わろうとしていた。

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