3 硝子のコップ

 翌日、ルナはセレティ妃に、再び王室へ招かれた。今度は畏まって着飾ることもなく、いつものワンピース姿でセレティ妃のもとへと向かった。セレティ妃は扉が開くなり、あのときと同じように、ルナを固く抱き止めた。

「ルナ、体はもういいのですか?」

 ルナもセレティ妃を抱き返しながら頷いた。

「私はもう大丈夫です、セレティ様」

「よかったわ。貴女にもしものことがあったら、あの人に――ヴァジエーニさんに、顔向けができませんからね」

 セレティ妃は親しげに微笑んだ。

「貴女には本当にご迷惑をお掛けしました。驚いたでしょう、目の前で王があんなことになるんですもの。余命幾ばくもないことは分かっていましたが、あんな最期を迎えることになるとは思いませんでした。まだ、実感が湧かないのですよ。もう少ししたら、想像もできない悲しみが襲ってくるのかしらね……。わたくしの胸は、不思議なほど静かなのに」

 セレティ妃は執務室のテーブルにルナを着かせると、自らもてなしのお茶を入れた。そして、テーブルの隅に置いてある硝子の瓶とコップを差し出した。

「これは、王が貴女の薬を飲むときに使っていた、薬瓶とコップです。体の痛みが酷かったヴァジエーニ王は、貴女の薬に本当に救われていました。このコップを使って薬をお飲みになる姿が、まだありありとわたくしの目に浮かびます。貴女の薬を飲むと、随分穏やかなお顔になられて、一時、痛みを忘れられるようでした。ルナ、わたくしたちは貴女には、感謝したくてもしきれません。わたくしたちを支えてくれて、ありがとう」

 ルナは畏まって深々と頭を下げた。そのルナの肩に手を置き、セレティ妃は硝子のコップをルナに差し出した。

「このコップを、もらっていただけないかしら」

 ルナは首を横に振った。

「いただけません」

 頑なな目をするルナの手を優しく取り、セレティ妃は硝子のコップをルナに握らせた。

「どうかお願いです。ヴァジエーニ王を救い続けた証として、貴女に持っていてもらいたいのです」

 ルナの手に握らされたコップは、ルナの体温が移って温かくなっていった。ルナはセレティ妃の肩に凭れた。

「ありがとう、セレティ様。大事にいたします」

 セレティ妃はルナの肩を抱いてにっこりと笑った。

「ヴァジエーニ王にとって、この王邸に開かれた図書館学校の子供たちとの交流は、人生の礎でした。王として即位してからも、あのときの子供たちが王やわたくしを助けてくれました。貴女方の支えがなければ、わたくしたちはここまでやっては来られなかったでしょう。感謝しています。本当にありがとう、ルナ」

ルナはセレティ妃の肩で首を左右に振った。

「割れないように、包んでおきましょう」

 セレティ妃は何枚か紙を持ってくると、硝子のコップを包み始めた。

「王は即位と共に、貴女方が授かったものと同じ呪いで身を守ります。ヴァジエーニ王は驚いたでしょうね。貴女とゴードンが――他にもちらほらいましたが、その王の秘密を握って、あろうことか自分たちにも呪いを授けてくれと頼みに来るんですもの。もうずっと昔に、民への護身の呪いは封じたはずなのに」

 セレティ妃はくすくすと笑った。

「ルナにもいたずらな一面があるということですね」

 そう言いながら、セレティ妃は紙に包んだコップを差し出した。ルナは決まり悪そうに苦笑いをすると、セレティ妃からコップを受け取った。

 セレティ妃はルナの手を握った。

「森へ帰っても、体に気を付けて下さいね。王の遺言通り、幸せになって下さい」

 ルナは頷くと、甘えるように、またセレティ妃の肩に凭れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る