第23章 あの森へ

1 護身の呪い

 セレティ妃に抱えられながら、ルナもヴァジエーニ王の崩御を見守った。すっかり日が暮れ、月明かりの広がる夜空だった。弱った聖獣グリフォンは、もはや骨と皮だけになったも同然だった。青白く輝くしんとしたバルコニーで、ヴァジエーニ王に力なく頬を撫でられ、愛しげに目を細めている。人生を共にしてきた王と聖獣は一時寄り添うと、定められた運命をなぞるように向かい合い、グリフォンは大きく口を開けた。ヴァジエーニ王は導かれるようにグリフォンの口に呑まれ、姿が見えなくなった。ヴァジエーニ王を呑んだグリフォンは、折れそうな翼をばさばさとはためかせて僅かに浮き上がると、目指すべき上空を鋭く見上げた。夜空は果てしなく高い。そのどこまでも高い夜空を、グリフォンは光のように真っ直ぐ上へ、目にも止まらぬ早さで飛び去っていった。――二人揃って、この世ではないどこかへ、いってしまったのだ。

『みんな、幸せになるんだよ。私と、約束だからね』

 ヴァジエーニ王の最期の言葉が、セレティ妃とルナの胸に届いた。

 ――それからどれだけの時間が経ったのか、ルナには分からなかった。ふと目を覚ますと、そこは客人棟の自分の部屋だった。傍らには椅子に座ったエンデルがいた。いつものようにどこか冷めたような目でルナを見ている。

「起きたのか?」

 エンデルに呼び掛けられ、ルナは体を起こそうとした。途端に頭がふらついて、体は動かなかった。ルナは倒れたままエンデルを見た。

「私は一体どうしたんだ」

「ヴァジエーニ様のお部屋で倒れたんだよ」

「ヴァジエーニ様のお部屋で……」

「あれから三日経った」

 ルナは目を見張った。

「そんなに経ったのか?」

「そうだ。お前はずっと眠っていたよ」

「どうして私はそんなに眠っていたんだ」

 エンデルは何から話せばいいのか迷うように、耳の裏を掻いた。

「ヴァジエーニ様が崩御なさったことは覚えてるか?」

「あ、ああ……」

「ヴァジエーニ様が崩御なさったから、お前に掛かっていた護身の呪いが解けたんだよ」

「ええっ!?」

 ルナは驚いて、今度こそ飛び起きた。頭のふらつきは、跳ねたバネのようにどこかへ跳んでいった。

「私は護身の呪いを失ったのか?」

 エンデルはルナから視線を外して頷いた。

「……そうだよ……」

「……そうか……」

 ルナはそれ以上取り乱すこともエンデルに迫ることもせず、静かに手元に視線を落とした。

「リーダーも同じ理由で倒れたが、毒の強い向こうの方が、なぜか一晩で回復してぴんぴんしてる。化け物だよ、あいつは」

 エンデルの毒舌に、ルナはくすりと笑った。

「ヴァジエーニ様は崩御なさったが、俺たちはまだもう少し、この世を生きなきゃならない。ヴァジエーニ様も自ら授けた呪いで、リーダーやお前の人生を、これ以上縛りたくなかったんだろうな」

 ルナは静かに頷いた。

「お前の体もリーダーの体も毒に慣れていたから、急に毒を抜かれて体が驚き、倒れちまったんだよ。目を覚ましたってことは、お前の体も清浄な血に慣れてきたんだろうだな。呪い焼けも、跡は残っているが、まぁまぁ綺麗になってるそうだ」

「そうか……呪い焼けも跡だけになったか……」

 長年呪い焼けで黒かった右の脇腹を、ルナは労るように撫でた。

 エンデルはどこか虚ろなルナの腕を取ると、体を抱き寄せた。ルナの頭がちょうど首筋に収まり、エンデルはその頭を抱えた。

「ルナが無事に戻ってきてくれてよかった」

 ルナも腕を伸ばしてエンデルの背中を抱いた。

「ありがとう、エンデル」

 二人はそのまはま静かに体を寄せ合った。

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