第22章 真相

1 王室へ

 翌日の夕方になると、ルナの謁見の準備が始まった。服はルナが普段から着ているような黒服でよいというので、ビアンカが貸し出しのワンピースを見繕ってくれた。深化した護身の呪いの持ち主ということで、万が一のときのため、血の拡散を防ぐためのローブの着用も許された。ビアンカの手によって顔全体に粉をはたかれ、目元にも唇にも色付けをされ、いつもとは違うルナの顔が鏡に映っていた。長い黒髪も後頭部で団子に纏め、頭頂部から黒いベールを垂らした。

 全部仕上がるとビアンカはルナの肩に手を置き、満足そうに頷いた。

「綺麗よ、ルナちゃん」

「ありがとう、ビアンカ。私ではないようでびっくりするよ。上手く化けられて良かった」

「本当はヴァジエーニ様も普段通りのルナちゃんにお会いしたいのでしょうけれど、一応、礼儀ですからね」

「普段通りの姿など、みっともなくてお見せできないよ。これでいいんだ」

「ヴァジエーニ様にお会いするの、緊張する?」

「そうだな。どんな顔をしてお会いすればいいのか分からない」

「ヴァジエーニ様やセレティ様が上手く導いて下さるから大丈夫よ。さぁ、心の準備はいい? ヴァジエーニ様がお待ちだから、そろそろ行きますよ」

 ルナはいつも通り凛々しく微笑んで立ち上がった。

「よろしく頼むよ、ビアンカ」

「はい」

 王邸での所作に慣れたビアンカは、ドアノブの扱い方から廊下の歩き方まで、息をするように自然だった。ビアンカのように洗練された身のこなしは無理だが、謁見の体裁になり、ルナも知らず知らず強気で廊下を歩いた。客人棟から本館に渡り、三階の中央にある王の執務室を目指す。何度か踊り場で折り返しながら一段ずつ階段を上っていくと、ルナは三階の手前の踊り場で顔色を変えて立ち止まった。

「ビアンカ、待て」

「どうしたの?」

 ビアンカは穏やかな笑顔のまま振り返った。

「私の案内はどこまで任されている?」

「ルナちゃんをヴァジエーニ様に引き継ぐまでよ」

「ヴァジエーニ様のお部屋には入らない方がいい。妙な気配がする」

 ビアンカもさっと顔を曇らせた。

「それって、危険なことなの?」

「そうだな。こんなに禍々しい悪意は滅多にない。ビアンカはすぐにここを離れた方がいい」

「最後まで案内しなくて大丈夫?」

「平気だよ。何も問題ない」

「ヴァジエーニ様やセレティ様は大丈夫かしら」

「私がお守りする。大丈夫だよ。ビアンカはリーダーたちのところへ戻ってくれ。あとは私がやる」

「ルナちゃん、気を付けてね」

 ルナは微笑んで頷くと、階段を掛け上がった。図書館学校に通っていたころ、王族の私室がある上階は建前上立ち入り禁止だったが、幼かったルナたちは何度も禁止を破り、王邸中を探検した。そして、大人になり、護身の呪いを受けたときも、王の執務室で儀式を受けた。あれから随分時が流れたが、王邸の造りは今でもよく覚えている。

 ルナは三階中央の王の執務室の前まで来ると、特別華麗な意匠が施された分厚い扉の前で呼吸を整えた。この中に、ヴァジエーニ王とセレティ妃がいるのだ。ルナの感じ取った悪意は、息を潜めたように気配を消した。

 ルナは意を決して、扉をノックした。いつだったかビンテージヒューメルンのアザリアに、ノックの仕方を教えたことを思い出した。

『そうやってドアを叩くと、部屋の中にいる人が返事をしてくれる。もしくはドアを開けてくれる』

 アザリアに教えた通り、王の執務室の扉も重々しく開いた。そして、ヴァジエーニ王に付き添うセレティ妃が、ルナを出迎えた。

「よく来てくれましたね、ルナ」

 ルナは白いドレス姿のすらりとしたセレティ妃を見ると、思わずその肩に、何の遠慮もなく顔を押し付けた。

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